1970年代は単なる鉄の丸棒だったスイングアーム。しかし操縦安定性の理論が進化するとともに、角形やアルミ、そして異型へと素材や形状は変化を続け、2024年に登場したドゥカティの新型パニガーレV4では“なんじゃこりゃ!”と声が出そうな穴開きの超斬新形態に…。操安だけでなく、デザインにも大きな影響を与えるこのパーツを、バイク開発のプロの解説で学んでみよう。
●文:ヤングマシン編集部 ●写真:YM Archives
剛性を求め丸から角へ。そしてしなり重視の時代に
そもそもスイングアームとは、後輪を懸架し路面のショックを吸収するサスペンションの構成部品。しかし、この部品がどう変形するかでバイクの操縦性は大きく変化する。タイトル写真のカワサキZ1のように、1970年代には単なる鉄の丸棒だったものが、1980年代には角形となり、軽量なアルミ製が登場し、さらにはへの字や片持ちといった異形態へと進化していった。
その裏にあったのは高出力化していくエンジンに対応する剛性(=安定性)の確保だが、近年ではフレーム同様、スイングアームを適切にしならせることで旋回性を両立させるという考え方が主流になっている。それを奇抜なデザインも絡めて訴求してきたのが新型パニガーレというわけだが、スイングアームの変形=剛性をいかにコントロールするかは、バイクの操縦性でとても重要なポイントなのだ。
このスイングアームの考え方だが、今回お話を尋ねたプロによると、まずはショックユニットをしっかりと作動させる「縦剛性」が重要。ショックに入力が伝わる前にスイングアームが変形してしまうと、高価なショックユニットを装備しても正確に作動させられず、文字通り宝の持ち腐れとなってしまうのだ。
続いて「横剛性」だが、近年はこれを下げ、バンク中の衝撃吸収性を高める考え方が主流(モトGPマシンのスイングアームもかなり薄い)。プロはこの横剛性の理想的なイメージを“強めのプリロードをかけた、レートの低いバネ”と表現する。初期の入力に対しては硬くシャープに反応しつつ、入力が増えるほど柔らかくしなる…そんなバランスが望ましいのだという。
では、それらによってコーナリング時の遠心力や、タイヤのグリップによる反力を受けた車体にはどんな挙動が起きるのか。”あくまでも僕のイメージ”とプロは前置きしつつ、”車体前半、フレーム側のバンク角に対し、リヤアクスルシャフト側が起きているはず”と語る。
つまりスイングアームがねじれ、後輪操舵のような状況が起きていると考えられるのだ。この車体前後でのバンク角のズレ、その大小がスイングアームの「ねじり剛性」の大小と表現できるとプロは語る。
スイングアームの「剛性」とは?
つまりスイングアームの理想的なねじり剛性は、速度域やライダーの技量によって変わってくるもの…とも捉えられる。だからこそメーカーも試行錯誤を重ねているわけだが、プロは”ねじり剛性が可変できるスイングアームがあったら、さまざまな速度域、さまざまな技量のライダーに最適化できて面白いかも”と語る。
そんな能力面での追求に加え、スイングアームは外観的にも大きな面積を占めるため、バイクのデザインを構成する要素としての要求も高い。性能や歴史、デザインなどなど、なにげに見どころが満載なパーツなのだ。
剛性の調整方法
[形状]カタチの違いで剛性が変化する
スイングアーム剛性の高低やバランスを左右する、大きな要素が”形状”だ。車両によって求める剛性が異なるうえ、デザイン的な要素も含むため、その種類はまさに千差万別。異論はあるかもしれないが、ここでは4種類に大別してみた。
①丸パイプ型:スイングアームの基本的な形状
②楕円パイプ型:丸パイプにちょっと味付け
③角パイプ型:全方位に対して剛性アップ
④変形型:剛性を有機的にコントロール
スイングアームが別の機能を兼ねる例も
片持ちスイングアームの強みは…今となってはカッコよさ?!
[製法]性能だけでなくコストにも影響
国産の量産機種でスイングアームに用いられる製法はおもに3種類。バイクの構成部品でもサイズの大きい(=コストの高い)部品なだけに、性能やルックスはもちろん、コストパフォーマンスの高さも必要となる。
①パイプ:今も多用されるスタンダード
②鋳造:性能もコストも満足できる万能型
③プレス:性能も見た目も伸びしろ大
[素材]基本的には鉄かアルミ
量産車では基本的に鉄とアルミの二者択一で、前者は「安いが重い」、後者は「軽いが高い」が一般的な特性。限定生産車ではマグネシウムやカーボンなどの軽量素材を使う例もあるが、製作に手間がかかって高価なうえ、経年劣化のしやすさは鉄やアルミに劣る方向。一部の高級車にはスイングアームをまるごとアルミから削り出すというとても贅沢なものも。
[デザイン]現行機種に見る外観あれこれ
操縦安定性はもちろん、バイクの外観にも大きく影響を与えるスイングアーム。特徴的なデザインを有した国内外の製品を見比べてみよう。
ヤマハ YZF-R7:鉄ながらグッドルッキン
カワサキ Z650RS:徐々に細くなるへの字型
ホンダ CB1300SF:無骨な迫力の極太アルミ
ヤマハ MT-09 SP:妖しく光る美麗バフかけ
スズキ ハヤブサ:現行で唯一のパイプスタビ
ホンダ レブル1100:不利な丸を太さでカバー
ハーレーダビッドソン スポーツスターS:唯我独尊のひし形アーム
KTM 390デューク:鋳造リブをデザインに転化
レーサーレプリカはお宝ネタの宝庫!
[統計]日本初?! 素材や形状でスイングアームを仕分け
国産4社の現行機種に使用されているスイングアームを「素材」と「形状」で仕分けしたのが右のグラフ。編集部調べのため見解の相違はあると思われ、大まかな傾向と捉えてほしい。素材別では、高級パーツの印象があるアルミ製スイングアームの割合が、統計的には鉄と同等。意外と普及している? 形状別だと変形型(片持ちも含む)が約6割を占めて主流派となっている。以下ではメーカー別の統計値も見てみよう。(※原付二種以上の国内向け・公道用MT車を集計。スクーターなどのユニットスイング車は除く。編集部調べ)
【HONDA】さまざまな手法を使い分け
【YAMAHA】変形しか使わない!
【SUZUKI】排気量でスパッと区別
【KAWASAKI】漢はやっぱり鉄だぜ!
[最新]しなりをいかにコントロールするか
お次は最新スーパースポーツのスイングアームを見てみよう。ある程度コスト度外視で走行性能を追ったその形状&製法からは、スイングアームの最新理論が見えてくる!
ドゥカティ パニガーレV4/S:37%の剛性ダウンで路面に追従
両サイドの大穴が特徴の新型パニガーレV4用スイングアーム。製法は鋳造だが、肉厚はとても薄く、しかもアーム裏側(=タイヤ側)は開放断面といかにも良くしなりそうだ。実際に従来型の片持ちスイングアームに対して横剛性を37%も下げたと公表されており、これはドゥカティのレース部門・ドゥカティコルセからの要望を受けたもの。同じく横剛性を従来比で40%も下げた新フレームとの相乗効果で、バイクがバンクした、サスペンションでは衝撃を吸収できない状況での路面追従性を大きく向上させているという。これを見たプロは…。
「ホンダのガルアームのように、湾曲して上からアクスルシャフトを掴むスイングアームはアクスルよりも上の部分が硬いので、ねじれるとアクスルとスイングアームピボットの変位が大きい。極論すると、ピボットの後ろにアクスルがいないような状況が起きる。対して新型パニガーレのスイングアームはアクスルを上下から掴みに行く形なので、ピボットに対してアクスルがズレない状態で、素直にスイングアームがねじれそう。また、縦剛性が上下方向の高さでしっかり確保されているのも、綺麗にしならせたいという意図を強く感じるもので、穴の上下でアームが2本に分かれた部分と、エキゾーストパイプが通るくびれ部分でよくしなってくれそう。ただしこの穴は…正直、デザインアピールという側面が大きいのでは?」
ホンダCBR1000RR-R:現行唯一のオールアルミプレス!!
ヤマハYZF-R1:プレス部の“薄さ”がピカイチ!
レーサー“下ヤグラ化”の狙いとは?
[変種]奇想天外!! こりゃスゲエ
モーターサイクルの歴史の中では、現在の目で見ると奇想天外とも思える個性的なスイングアームも存在する。ここではそのいくつかを紹介してみよう。
KAWASAKI H2R FUBAR:衝撃のダブルスイングアーム
2010年代にも採用例が
MORIWAKI ZERO X-7:リヤショックがアームを貫く
市販車にも採用された
[歴史]1980年代に一挙に進化
市販された日本製公道オンロード車における、スイングアームの形状/製法の変化を年代順に並べてみた(編集部調べのため諸説あると思われます)。1970年代までは多くが丸パイプ型だったが、水冷化などでエンジンが高出力を発揮し、ハイスピード化が進んだ1980年代に一挙に進化。現在に繋がる“ネタ”がほぼ出尽くしたことが分かる。
1970年代は丸パイプが主流
1980年:アルミ&角形化
1981年:アルミ鋳造
1987年:片持ち式
1988年:パイプ補強
1989年:アルミプレス
1990年:変形型
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