
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第146回は、もの凄い才能を目の前にしたライダーがどうすべきかを考えます。
Text: Go TAKAHASHI Photo: Ducati, YM Archive
決勝で100%の走りはしない
前回、僕が現役時代にもっとも意識していたのは転ばないこと、100%の走りをすることで転倒のリスクが高まるなら、90%の走りで転倒のリスクをできるだけ抑えたいと考えていたことをお伝えしました。今回はその続きです。
「ライバルが100%で走っているのに自分が90%の走りをしていたら、いつまで経っても勝てないじゃないか」と思いますよね? そうではなくて、自分が90%で走っていても、それがライバルの100%と同じレベルになるように、しっかりと準備をするんです。転倒が多いライダーは、逆のパターン。普段の練習では90%の走りしかできていないのに、決勝で無理して100%、110%の走りをしようとするから転ぶんです。
今年もNCXX RACING with RIDERS CLUBの監督として鈴鹿8耐に参戦しますが、若手ライダーには「レースは準備のスポーツだよ」と口を酸っぱくして言い聞かせています。「準備してきた以上のことは、本番では絶対にできないんだよ」と。
マルケスのようなド級もド級の才能を持ったライダーは別です。彼なんか転んだところで大して気にもせず、すぐ立ち直り、また同じ所で転んで、それでも平気な顔をしている(笑)。そういう超スペシャルなライダーは別として、普通は転倒は大きく後退するだけ。意味がないんです。
契約上も意味がありません。最近は複数年契約のライダーも増えてきましたが、この仕事には基本的に「来年」というものがない。今、この年にしっかりと成績を残さなければ、レースを続けることができません。そしてどのライダーを採用するか決める人は、フリー走行や予選の結果など確認しない。見るのは決勝のリザルトだけです。
転倒してリタイヤしてしまえば、そこまでどんなにいい走りをしていても、0点ですからね。準備がいかに大事か、転ばないことがいかに大事か、1点でも多く獲得するのがいかに大事か、ということです。これがまた、若い時には気付かないものなんですよ……(笑)。
全日本までは勢いでチャンピオンを取れた
現役時代の自分を振り返ると、つくづく思います。「僕のライディングスキルは、そんなに高くなかったな」と。全日本ロードではそんなことは思いませんでした。岡田忠之さんと激しいチャンピオン争いをしながら、「オレの方が速い」「オレが絶対に勝つ」と信じて疑わなかった。若かったんですね(笑)。
1992年、全日本ロードレース第3戦の菅生では岡田忠之が優勝。最後のストレート加速で逆転された。この年は第6戦 鈴鹿で伝説となった完全同着優勝など激戦を繰り広げ、原田哲也が念願のチャンピオンをもぎ取った。そして翌年WGPへ。
ところがいざ全日本でチャンピオンを獲って世界に打って出てみたら、とんでもなくクレイジーなライダーだらけでした(笑)。速い、うまい、強いの三拍子が揃っていて、「こりゃあとてもじゃないけどライディングスキルでは敵わんぞ」と思ったものです。そりゃそうですよね。各国のトップがズラリと揃っていて、その中でさらにトップ争いをしようというのですから、ハンパではありません。
「とんでもない所に来てしまった……」とちょっとだけ後悔しましたが、自分で選んだ道だから仕方ありません。プロのレーシングライダーとして翌年以降の契約も懸かっているわけですから、何とかしなくちゃいけない。
だから僕の場合、世界に行ってからいろいろ考えるようになりました。トップライダーたちがあまりにもクレイジーなので、スキルで勝てる気はまったくしない。今だからハッキリ言いますが、無理(笑)。でも、1セッション、1レースでは勝てなくても、シーズンを通してのチャンピオンシップなら何とかなるかもしれない。だからポイントを取ることを徹底的に優先しました。それなら自分にもチャンスがある、と思ったんです。
全日本までは、あまり考えず、さほど計算もせずに勢いでチャンピオンを取ることができましたが、世界の舞台では到底無理。シーズンを通していかにポイントを取るかを戦略立てて考えるしか、生き残りの方法がなかった。そして実際、そうやって’93年にはチャンピオンを取ったし、計10シーズンを戦うことができました。
でも、そんなことよりさらに上の次元のライダーがいるわけですよ。例えば大ちゃん(編註:故 加藤大治郎さん)がそうです。僕は大ちゃんとの勝負で心を折られて引退を決めましたが、そういう、「絶対勝てそうにない、とんでもないド級のライバル」が出てくるのが、世界の舞台というものなんです。
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そして、マルケスはド級の中でもド級。今、彼と戦っているライダーの皆さんは本当に気の毒ですが、マルケスという嵐が過ぎ去るのをじっと耐え忍ぶしかありません。
もちろん、マルケスだって今年全勝しているわけではありませんし、転倒だってあります。まだシーズンは長いので、何が起こるかは分かりません。ですが、マルケスに何かが起こるのを待つしかないのが実情です。だからこそ今は無理せず、転ばず、粛々とポイントを稼いでおく……。すごく消極的に思えるかもしれませんが、世界のド級ライダーの凄まじさを知っている凡人の僕としては、そう考えます。
オランダGPでのマルク・マルケス。
マルケスはチャンピオンシップのことなど何も考えずに、ふと気付けばポイントが貯まっている、という状態でしょう。振り向けば後ろに誰もいなくて、ビックリしているのではないでしょうか(笑)。
唯一気がかりなのは、何でも乗りこなしてしまうド級もド級ライダーがいることで、ドゥカティが開発の方向性を見失うこと。’27年にはMotoGPマシンのエンジンが850cc化しますが、そういう大きなレギュレーション変更の時にどうなるか注目したい……ものの、当分はマルケスの嵐が続きそうです。
オランダGPでのマルク・マルケス。
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