
元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第29回は、はるばる生観戦しにイタリアGPまで行ってきた様子の続きをお届けします。
●監修/写真:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:DUCATI, YAMAHA
電子制御スロットルにアナログなワイヤーを遣うベテラン勢
最近のMotoGPでちょっと話題になったのが、電子制御スロットルだ。電制スロットルは、もはやスイッチ。スロットルレバーの開け閉めを角度センサーが検知し、それを電気信号としてスロットルボディに送り、スロットル開度をコントロールしている。機械的なつながりはなく、あくまでも電気的に接続されているだけだ。
2006年、ヤマハの市販車で初めて電子制御スロットル“YCC-T”を採用したYZF-R6は、グリップからTPSまで機械式ワイヤーをあえて採用したことが一部マニアの間で話題になった。当時ヤマハはこれを「ワイヤーの引き摺り感がライダーの感性に合う。これが繊細なコントロールに必要なんです」と説明していた。年月が経ち機械は進化しても、人間の感性は大きく変わらないのだ。
ところがライダーからしてみればスロットルレバーの調整は命のようなものだ。スロットルレバーを微妙に開閉しながら微妙にトルクをコントロールし、自分が求めるだけのトラクションを得ている。そして「完全に電気的な電制スロットルはコントロールしにくい!」と、最近ではあえてワイヤー(配線のことではなく、針金的なワイヤー)巻き取り式にしているのだ。
完全に電気的な電制スロットルでも、スロットルレバーの開閉の重さを変えることはできる。だが、そうじゃない(笑)。リアル・ワイヤー巻き取り式にはスプリングが使われているし、ワイヤーそのものの摺動抵抗もある。それらの反力や引っかかり感が、実は微妙な操作をやりやすくしているのだ。
思いっ切り全開にするだけなら、そこまでシビアではない。だが、「スロットル開度20%ぐらいでホイールスピンをコントロールする」といった時には、スロットルレバー操作を止めやすくする要素として、ある程度の摩擦があった方が具合がいいのだ。
そう言えばマルク・マルケスがホンダ時代、油圧クラッチの操作性を嫌って、ワイヤー式にしたこともあった。MotoGPマシンの場合、クラッチ操作をするのはほぼスタートの時だけ。油圧クラッチは操作が軽くていいのだが、動き出すか出さないか、という微妙な半クラ操作時のフィーリングは、ワイヤー式に分があったようだ。これもワイヤー式ゆえの抵抗がいい具合だった、ということだ。
電子制御によってデジタル化が進んでいるものの、ライダーはやっぱりアナログのフィーリングから逃れられない。ここがバイクの面白さだ。フランチェスコ・バニャイアのフロントブレーキディスクもそう。「制動力」という単一のパフォーマンスだけ見れば大径の方がいいのに、フィーリングが関わってくると必ずしもそうとは言い切れなくなる。常に人間の感覚に寄り添いながらでしか進化できないのが、バイクというものなのだ。面白いですね。
「ドゥカティはホイールスピンしながらも前に進む」とは
さて、イタリアGPでは小椋藍くんと中上貴晶くんに話を聞くことができた。興味深かったのは、トラクションの話だ。藍くんは、「ドゥカティはホイールスピンをしながらでもマシンがめちゃくちゃ前に進んでいく」と言った。そして中上くんは、ホンダの課題を「リヤタイヤが引っかからない」と表現した。
どのメーカーのマシンも、リヤのトラクションを課題としている。ムジェロで観察したところ、ドゥカティと言えども十分なリヤグリップが得られず、スルスルと横に逃げていた。しかし、「……だからどうした?」という感じで、マシンはしっかりと前進しているのだ。中上くんの言う「引っかかり」があるのだろう。
ここにはライダー側とマシン側、ふたつの側面がある。ライダー側では、思い出すことがある。現役時代、私はモナコに住んでいたのだが、地元の友人たちとよく山でMTBに乗った。この友人たちがめちゃくちゃうまくて速い! コケが生えた岩の上を平気でガンガン駆け抜けて行くのだ。私などは「ムリムリムリムリ!」という感じで、着いていくのに必死だった。
友人たちは、グリップしないのが当たり前の世界に生きていた。そして私は、少なからずグリップを感じながらバランスを取ろうとしていたのだ。あくまでも私の個人的な経験であり、これをもって日本人ライダーとか欧州ライダーというくくり方はできない。しかし、グリップへの考え方に根本的な違いがあることを痛感した出来事だった。
そしてこれは、マシン側の話にも当てはまる。中上くんが「リヤタイヤが引っかからない」と表現したホンダのマシンは、今、どうにかリヤタイヤを引っかけようと必死になっている。しかしドゥカティは「引っかからないなら、しょうがないじゃーん」とあっけらかんとしているのだ。
かと言って、ドゥカティが何もしていないわけではないところがミソだ。……っていうか、かなりやってるっぽい(笑)。
イタリアGPの予選を走るマルク・マルケス。走らせるのはデスモセディチGP25だ。
今回、コースサイドで生のドゥカティ・デスモセディチのエンジン音をじっくりと聞き、つい思ってしまった。「ちゃんとトラコンのレギュレーション守ってる!?」と。いや、ちゃんと守っているのだと信じているが、他メーカーとは明らかに違う音がしていた。つまり、他とは違うやり方でトラコン的な働きをさせていることは間違いない。
複数のMotoGPライダーから聞いた話を総合すると、今のMotoGPマシンはほとんどトラコンを使っていない。先に書いたように、現在の共通ECU&ソフトウエアがあまりに頼りなく、トラコンを使うとかなりパワーロスしてしまうからだ。
では何をもってトラクションをコントロールしているかと言えば、主にはエンジンマッピングのセッティングである。スロットル開度やエンジン回転数に応じて点火時期や燃料噴射量を制御する、アレだ。
ところがドゥカティのエンジン音は、マッピングでは説明できないものだった。どうやら、あるタイミングで1気筒爆発していないようなのだ。いわゆる気筒休止のような独特な音を奏でているのだが、共通ECU&ソフトウエアにそんな高度な制御はできないはず。「あれれ〜?」「おやおや〜?」と、ちょっとモヤモヤが残る。
あくまでもエンジン音を聞いただけのことなので、ハッキリとは分からない。しかし、何かしら、ちょっと、何かを、やってそうな、感じは、する……んだよなぁ……。
日本人ライダーにも話を聞いてきました!
半年足らずですっかりしっかり“MotoGPライダー”になっていた小椋藍くん。
最後になりましたが、せっかく藍くん&中上くんに話を聞けたので、彼らについても触れておきたい。
藍くんは、肝が据わっていた。例えば、イタリアGP金曜日のプラクティス(PR)は22台中19位と下位に沈んだが、焦りはまったく感じられず、やるべきことを淡々とこなしていた。予選に至っては21台中21位。それでも決勝は10位でフィニッシュするのだから、どうすれば決勝でポジションを上げられるかがよく分かっている。MotoGPデビュー半年とは思えないレースIQの高さを見せてくれた。
中上くんは、初めてのファクトリーチームからの参戦。「セッションが終わって次のセッションまでの間に、『こんなにアイデアが出てくるの!?』とビックリしました」と笑っていた。ファクトリーチームとサテライトチームとの差は、パーツよりもマンパワーということだ。
レースをしていて、何も問題ナシということは、まずない。必ず何らかの問題を抱えながらウィークを進めていく。ファクトリーチームだと、問題を解消していくために、少ない走行時間の中でも「え〜っ!? こう来る!?」というようなトライをするそうだ。「ファクトリーチームは本当にすごい!」と感動していた。
以上、イタリアGP見聞録でした。改めて、人の感覚とテクノロジーを摺り合わせていくバイクレースの面白さを感じた旅だった。
ノブ青木の上毛グランプリ写真集@イタリアGP
中上くんが走らせたRC213Vはスイッチ式スロットルレバー。[HONDA]
KTMのファクトリーマシンは2台ともスイッチ式。これはペドロ・アコスタ車。[KTM]
KTMサテライトチームのマーベリック・ビニャーレスはワイヤー巻き取り式。[KTM]
ヤマハのペナペナフレーム。ピボットまわりはカミソリのような薄さ。[YAMAHA]
フレームにはやたらと穴が開いていた。何のためかは不明……。[YAMAHA]
ハンドルバーのすぐ脇にあるピンクと水色がライドハイトデバイスの操作レバー。[KTM]
ものすごい突き出し量に見えるが、狙いはフロントフォークそのもののボリュームを稼ぐこと。フォーク自体が長い。[KTM]
Moto2マシンのマフラーを覗くと、謎のデバイスが……。
以下は何となく撮っておいたMotoGPマシン。何かのご参考に……。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
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