
ライディングスクール講師、モータージャーナリストとして業界に貢献してきた柏秀樹さん、実は無数の蔵書を持つカタログマニアというもう一つの顔を持っています。昭和~平成と熱き時代のカタログを眺ていると、ついつい時間が過ぎ去っていき……。そんな“あの時代”を共有する連載です。第30回は、250ccクラスで多くのライダーの心を掴んだヤマハFZ250&FZR250Rです。
●文/カタログ画像提供:柏秀樹 ●外部リンク:柏秀樹ライディングスクール(KRS)
加速する市場のニーズに支持された、レーサーレプリカの時代
生産量と信頼性と高性能で長きに渡り世界市場を席巻してきたのは、紛れもなく日本の4気筒バイク達でした。
そのパイオニアであり筆頭は、1969年登場のホンダCB750フォアであり、1972年のカワサキZ1でした。
世界の主流が4気筒の日本製バイクになり、時代が進むにつれ中型クラスの充実と大型車の高性能化が顕著になりました。一方、日本国内では400ccクラスと250ccクラスに至る充実ぶりも、バイク史で外すことのできない事象になったと思います。
その250ccクラスで量産車世界初の水冷4気筒バイクは、1983年登場のスズキGS250FWでした。
高性能ではあったもののGS400FWと同時開発のため、大柄で滑らかな走り味はツーリング向きと言えるものでした。
次に続いたのは、1985年登場のヤマハFZ250フェーザー。250cc専用の軽量コンパクトな車体に16,000回転からレッドゾーンという、前代未聞の超高回転型エンジンによるハイパワーを誇り、前後輪16インチという構成で比類のない操縦性を両立させていました。
超高回転型エンジンゆえにピーキーな出力特性かと思いきや、ビギナーにも乗りやすいエンジン特性と優れた足着き性によって、FZ250フェーザーは女性ライダーにも支持される大ヒット作になりました。
ヤマハ黄金時代を象徴する「ヒット連発」の1980年代後期
1980年代後期のヤマハはTZR250、SRX400、SRX600、セロー225、DT200R、輸出用としてVMAX、FJ1200などヒットモデルを連発していました。
とりわけこの時期に登場して世界的に注目を浴びたのは、1気筒あたり5バルブを採用したFZ750、およびFZR400とその弟分FZ250フェーザー。この3機種は、それまでのヤマハにはない新しい走りを生み出しました。
45度前傾シリンダーのダウンドラフト型吸気によるエンジンによって得られる高出力&前後輪50:50を狙う重量配分適正化と低重心化、そしてスリムなニーグリップなど複合要素を高次元でまとめるジェネシスコンセプトのメリットを、誰でもすぐに実感できる作り込みになっていました。
しかし、それ以上に当時のバイク市場の流れは早く、レーサーレプリカモデル一辺倒へにシフトしている最中でした。
ヤマハは、好評なFZ250フェーザーも販売を続行しながら、FZ250フェーザーをベースにフルカウル装備のFZR250(型式2KR)を、1986年12月に539,000円の価格で投入しました。
小型カウルとタンクが一体になったハイブリッド・シェイプカウル・デザインと呼ぶ個性的なスタイルのFZ250フェーザーに対して、FZR250は丸目2灯にフルカウルのレーシーな定番手法を採用。4ストローク250ccクラスでいち早くレプリカスタイルを導入したモデルでした。
ちなみにFZ250フェーザーのフロントブレーキはWディスクでしたが、FZR250は320mm大径シングルディスク+対向4ポッドキャリパーを採用。タンク容量はFZ250そのままの14L。乾燥重量はFZ250フェーザーにプラス2kgとなる、140kgという軽量性を確保していました。
ヤマハFZR250(1986)
ヤマハFZR250(1986)
ヤマハFZR250(1986)
FZR250になって乗り味が変化。フレームとエンジンの基本骨格をFZ250フェーザーから継承しつつ前後輪17インチ化による味付けの差が大きく作用しました。それはサーキット走行での限界性能向上とツーリング走行時の安心感向上など幅広いフィールドに対応できる作り込み。
とりわけブレーキングしながらコーナリングに入って行く時、前後サスに掛かる荷重が鮮明に実感できるFZ250フェーザーならではの接地感を継承しながら、高荷重が掛けられないライダーにも乗りやすいバイクへと進化しました。
ロードレース界のキングことケニー・ロバーツが、袋井のテストコースでの試走でゾッコン惚れてしまったFZ250フェーザーでしたが、ケニーはFZR250の評価にも積極的に関与。前後輪17インチ型ロードモデルへのシフトでも信頼の操縦性を確保していました。
しかも、レッドゾーンが16,000回転から17,000回転まで引き上げられたエンジンは、デジタル点火導入によってシュアな回転上昇を実現。高回転になるほど高周波サウンドを交えてパワーがイキイキと盛り上がってくる高揚感が印象的でした。
まさに軽快かつパワフルな印象を増したFZR250は、4ストのTZR250と呼べるものへ。エンジンとフレームをそのままに、ここまで走りも外観も華麗に切り替わって成功した事例は少ないとも言えます。
1987年7月にはFZR250リミテッドとして青×白のツートンカラーモデルをリリース。フロントフォークイニシャル調整機構を追加して価格は据え置きの539,000円でした。
しかも、当時のレプリカバイク系で多く導入されたタバコメーカーのボディ・グラフィックではなく、資生堂が男性用化粧品として発売した、淡いブルーのTECH-21カラーを導入。鈴鹿8耐で活躍したワークスマシンOW74と同じカラーの出現で、レプリカバイクブームを後押ししました。
1988年4月になるとFZR250(型式3HX)は排気デバイスEXUP(エグザップ)を装着。
エンジン回転数の信号をマイクロ・コンピュータで拾ってサイレンサー前部に配置した可変バルブで、排気圧を最適化する手法でした。超高回転型エンジンの宿命となるアイドル回転時での不安定な回転と、低中速回転域でのトルク不足を充実化。これによって滑らかな回転上昇とフラットなトルク獲得に成功しました。
吸気系では多量の空気を取り入れるためにF.A.I(フレッシュ・エア・インテーク)採用と、キャブレターのリセッティングを敢行。マフラーもレーシングマシンに採用したステンレス製のオーバル断面形状とするなど、走りと外観の質感アップを図ったのです。
ケニーを虜にした、スムーズなエンジン特性
1989年になると、ヤマハはFZR250からFZR250R(型式3LN)の名称へ変更。フレームをスチール製のダブルクレードルタイプからアルミデルタボックスと呼ぶツインチューブタイプへ刷新しました。
発売日直前の3月1日にケニーが袋井のテストコースへ。
「ウエット路面だったけれど一気に10周も走ってしまった。スムーズなエンジンと剛性の高いフレームで実に楽しく走れた」「250ccのベーシックマシンとしての仕上がりが良い。これからバイクの乗り方を学ぼうとするユーザーにとっても、またレースを始めようというユーザーにとっても最適なモデルのひとつだ」と述べています。
FZR250Rは乾燥重量がプラス5kgの146kgとなりましたが、大幅な車体剛性アップによる運動性能向上でむしろ軽量になった印象でした。フロントブレーキはWディスク化。異径ピストン4ポッドキャリパーを装備。価格は599,000円へ。
ヤマハに限らず各社は、2スト250のレーサーレプリカモデルと同様にライバル他社との熾烈な販売合戦の末、1年毎にモデルチェンジを重ねた結果、高価格化を招いたのも事実です。
【YAMAHA FZR250R 1989】
主要諸元■車重141kg(乾)■45ps/16000rpm 2.5kg-m/12000rpm ※諸元は’89
ヤマハFZR250R(1989)
ヤマハFZR250R(1989)
1990年2月発売のFZR250Rは、キャブのスロー系をリファイン。板厚を2.3から3.9mmに変更したフレームは化学研磨&アルマイト処理され、丸目2灯式ライトは空力特性も優れる精悍なプロジェクター型ヘッドライト装備しながら、FZR400と外装パーツの共用化を進めました。マフラーはブラックのクロムメッキタイプ。車体色はシルキーホワイト/アップルレッド、ニューブラックブルーの2色を設定しました。
1991年5月には白/赤、白/青の2種のカラー設定へ。599,000円の価格も変更なしでした。
そして1993年1月。バイクの出力制限により250ccクラスは45psから40psへ。型式3LNのFZR250Rは45ps/16,000回転から40ps/14,000回転へ。しかし、トルク値は2.5kg-m/14,000回転から2.6kg-m/10,000回転へアップ。
ストリートやワインディング走行などを実際に走って、パワー不足などマイナスを感じることは一切ありませんでした。車体色はブルーイッシュホワイトカクテル1とニューブラックブルーの2色。ちなみにマフラーはブラックからシルバークロムへ。
ヤマハFZR250R(1993)
ヤマハFZR250R(1993)
絶滅させてはいけない。FZR250Rが象徴する「バイクの本質」
そして1994年3月発売のFZR250Rが、ファイナルモデルとなりました。車体色は1色のみ。ブルーイッシュホワイトカクテル1に当時流行したブラッシュのグラフィックを組み合わせたもの。紫色のホイールが大胆でした。
FZR250R最終型
FZR250R最終型
FZR250R最終型
4気筒スーパースポーツの最小排気量となる250ccクラスの中で、FZR250RはルーツとなるFZ250フェーザーのDNAを引き継いだ、トータルバランスに優れる秀作だったと思います。
今、街ゆくクルマを見ればエンジンと電気のハイブリット車が世の大半になり、電気モーターだけで走るクルマも多く見かける時代になりました。そんな中、4気筒の250ccバイクは不要と考えるか、なくてはならない存在と思うか。
ガソリンを燃やして前に進む内燃機関をもっとも肌で感じるあの緊迫した響き。搾り出すようなパワー感。速さの絶対値よりもまずは250ccだからこそ、超高回転までブチ回して得られる快感。
今の時代だからこそ絶滅させてはいけない乗り物。
FZR250Rは、そんな立ち位置にいる典型的な一例と思います。
しかし、一方でこんな見方もできます。
FZR250はFZR250Rとともにレーサーレプリカ全盛に向けて生まれてきたバイク。言うなればマーケットインによるモデルたち。しかし、その原点となったFZ250フェーザーは新たな需要の創出に大きく貢献したバイクともいえます。
レーサー風のスタイルも良いのですが、今だからこそあえて今までにないスタイルの250cc4気筒を。
FZR250Rまでを振り返って、次なるニュー250フェーザーが生まれて欲しいと願うのは、きっと私だけではないと思います。
FZR250Rはスペイン圏でも発売
FZR250R スペイン圏(1989)
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