
ライディングスクール講師、モータージャーナリストとして業界に貢献してきた柏秀樹さん、実は無数の蔵書を持つカタログマニアというもう一つの顔を持っています。昭和~平成と熱き時代のカタログを眺めていると、ついつい時間が過ぎ去っていき……。そんな“あの時代”を共有する連載です。第31回は、全国各地の12インチホイールレースで活躍した2台のレーサーレプリカを取り上げてみます。
●文/カタログ画像提供:柏秀樹 ●外部リンク:柏秀樹ライディングスクール(KRS)
ホンダNSR50が、12インチの景色を変えた
前後輪12インチの50ccロードスポーツバイクといえば、ホンダ「NSR50」「NSR80」を思い浮かべるバイクファンは多いことでしょう。それというのも、このモデルたちは1980年代後期から1990年代を最も熱く走り抜けてきた、ミニバイクレースのメインキャストだったからです。
1987年6月にデビューしたNSR50は、自主規制出力限度の7.2ps/10000回転を発生。熱ダレに強い水冷式エンジンは、低速からレッドゾーンまで扱いやすいパワー特性を誇っていました。
油圧式前後ディスクブレーキと高剛性フレームがもたらす自在な操縦性も評価が高く、腕利きの上級ライダーも満足させられる構成だったことも人気を集める理由でした。
1989年にサイレンサー取り付け位置が変更されたほか、グラフィックとカラーリングを一新。1993年には、キャストホイールが3本スポークから6本スポーク式に変更。1995年には、スピーディーに着脱できるワンタッチ式シートカウルが新採用されています。
そんなNSR50/80のファイナルモデルは、1999年に登場しています。1994~98年まで5年連続で世界GP500ccクラスのチャンピオンに輝いたマイケル・ドゥーハンのサインが、燃料タンク上面に入った貴重なモデルでした。
NSR50/80は、HRCのレース活動を連想させるカラーリングを施し、多くの改良を施しつつファンを魅了してきましたが、1999年をもって生産終了となっています。
1999年に登場したファイナルモデルには、1998年ロードレースワールドグランプリ500ccクラスでチャンピオンを獲得したNSR500のレプソルホンダカラーを採用されている。
ロスマンズスペシャルカラーが与えられたモデルも、当時人気を集めていた。
個人的にはNSR80の方が、ホンダらしいバイクと感じています。
2サイクル・単気筒の80ccエンジンは、エンジンストロークをNSR50の41.4mmのまま、ボアを10.5mmへ拡大。キャブレター型式PF70もそのままに、エンジン出力をNSR50の7.2psから12psへ向上させています。
また出力アップに連動して、2次減速比も変更。5速と6速の変速比をワイドレシオとせず、加速優先の設定にしていることにも、ホンダらしいコダワリを感じる部分です。
激戦区の50ccクラスと同様に、80ccクラスでも1000分の1秒でも速く走る設定にしていることは、当時のHRCスピリッツそのもの、だったと思っています。
ヤマハYSR50は、12インチ・レプリカブームを点火した「元祖」
本気で12インチホイールのレースに取り組むライダーを満足させるために生まれたNSR50/80ですが、その誕生のきっかけとなったヤマハ「YSR50」のことも、12インチレーサーレプリカを語る上で、外すことができないでしょう。
1986年5月に登場したYSR50こそ、12インチホイールのミニバイクレースを全国的に広げた元祖。ヤマハが火をつけ、ホンダが追走することで、12インチロードスポーツの世界は大きく広がったいうわけです。
1980年代後半、ヤマハは「他社とは違うヤマハらしさ」を追求する原点回帰を行い、「We make the difference.(ヤマハは違いを作る)」というスローガンのもと、独創的なニューモデルを次々と投入しました。
FZ750の5バルブエンジンやV-MAX、セローといった個性派揃いのラインナップが国内外で支持される中、そのヤマハ独自を象徴する新たな試みの一つとして、1986年5月にYSR50が、同年9月にYSR80が誕生したのです。
ビギナーが乗りやすい作りこみで新しいファン層を生み出そうとしたYSR50/80は、手慣れた今までの技術を組み合わせることで、ビギナーに乗りやすく、普段の移動のアシも兼ねて、レースをしても十分に楽しいバイクを作ろう!という想いから生まれています。
当時のヤマハ社内には、主役の座を降りた空冷エンジンが残っていて、これに見合った車体やサスやブレーキを組み合わせれば良い、となったのです。
「We make the difference.」は何も最先端の技術や部品で構成する必要はないという、まさに発想の転換によるものでした。
出来上がったYSR50/80は、高速コーナーだけではなく、急減速しながらタイトなコーナーを駆け抜ける時でも、終始穏やかな操縦性を保っていて、小径ホイール車にありがちなクイックなレスポンスはあえて抑えられています。
裏返しに言えば「ゆったり」です。
だからこそバイク初心者にはフレンドリーな乗りやすさになり、積極的に体を動かさなくても走れ、ガチで動かしても楽しい。まさに誰が乗っても自由にラインが選べるバイクに仕立てられていたのです。
余計な力を入れなければバイクは自然に曲がっていく、という実にオーソドックスな曲がり方に主眼を置いた作りともいえます。
フロントブレーキタッチもじんわりと効き始めていくタイプ。
ブレーキの入力初期からガツンと効くタイプは、上級者にとっては扱いやすいですが、初級から中級ライダーにとっては、ミスを誘発しやすい。それに比べるとYSR50/80のブレーキの効き方はスキルを問わず扱いやすいので、安心して走らせることができる。
こんなブレーキ設定を含めたヤマハ流の操縦安定性のDNAは、エントリークラスのYSR50/80にも組み込まれていたわけです。
当時のヤマハが持っていた空冷エンジンなどの既存技術を上手に活用することで、比較的安価な価格でデリバリーできたことも、成功を収めた理由。
12インチレプリカの二極化は、当時のカタログにも表れている
時系列で言えば、楽しさ重視のヤマハYSR50/80に対して、レースに勝つことに主眼の置いたホンダNSR50/80という流れになるのですが、その個性の違いは製品カタログにも表れています。
YSRシリーズのカタログは「楽しさ」が全面に打ち出されています。国内向けも、北米市場向けも、12インチホイールのミニバイクYSRでバイクライフをエンジョイしているたくさんの男女がカタログに登場しています。モデルさんのウエアもファッショナブル。いかついバイク専用ではなくストリートを歩くカジュアルな着こなしです。
一方、ホンダNSRのカタログは登場人物がゼロ。GPライダーのマイケル・ドゥーハンや全日本で活躍した小林大選手が、少し映り込んでいるカタログも少しありますが、全体的にガチで勝ちを狙うストイックな表現が目立ちます。
もちろん、これが良い悪いという話ではなく、それだけモノづくりの背景が異なっていたことを象徴していた、ということです。
1980年代後期から1990年代前期にかけて、あの時代はわずか1年でバイク市場環境が大きく変わっていました。
とりわけ1年ごとに生まれ変わるレーサーレプリカモデルの激変ぶりは、世界的に見ても尋常ではない状況でした。
NSRのカタログは、メカニズム&装備類の記述が多め。硬派なイメージを強く感じる。
YSRはフルモデルチェンジで、「戦うバイク」へと進化
そうした流れの中、1993年2月にヤマハはNSR50に劣らぬ戦闘力の高い12インチマシンを市場投入しました。やや遅いとも取れるタイミングのフルモデルチェンジです。
車名が「TZM50R」となったこのバイクには、1軸式バランサーを装備したケースリードバルブ式単気筒水冷・2ストロークエンジンを搭載。スペック的にはNSR50と大差はないけれど、エンジンはロングストローク型のNSRに対して、TZM50Rは、YSRそのままの40×39.7mmのショートストローク型を踏襲。燃料タンクも9.3L容量のYSR用をそのまま流用しています。
YSR50の後継として送り出されたTZM50Rは、エンジンが水冷化されたほか、シャシーフレームなども強化。ホンダNSRと同じ土俵の「戦うマシン」に進化を遂げた。
フレームの基本構成も変わっていないものの、ねじれ剛性が50%ほどアップ。緩めのタッチだったフロントディスクブレーキは、きっちりと効く2ポッド型になり、リヤもディスク式へ変更。鉄製のプレスホイールは、さすがに姿を消して、鋳造アルミ3本中空スポーク型キャストホイールになっています。
フロントサスもYSRでは片側のみオイルダンパーが入ったタイプでしたが、TZM50Rでは、左右ともにオイルダンパー入りフォークを採用しています。
そして、NSR系のカタログと同様に、TZM50Rのカタログは登場人物ゼロになりました。人ではなくバイクという完全にモノに寄せたカタログというわけです。ちなみにTZM50Rには、兄貴分の80Rは存在していません。
「カタログは時代を映すバックミラー」という名言を、某バイクメーカーの広報マンが残していますが、カタログはリアルにメーカーのココロ模様(事情や都合)まで映し出すものと実感させてくれます。
こうしてNSR50とTZM50Rは、水冷2ストロークエンジンとガッチリした車体とサス&ブレーキを使う、真っ向から闘うバイクになりました。
1990年代末期まで、この2台がミニバイクレースの主役となったのですが、その一方でYSR50が持っていた「緩いキャラクターでそこそこ走りを楽しむ!」というスタンスは、やはり大切な気がしてなりません。
空冷単気筒2ストロークエンジンならではの、排気煙や匂い、そしてサウンドが好ましく感じて、YSR50を、今なお散歩やツーリングの相棒として大事に走らせているオーナーもいるのではないでしょうか。
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