
元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第32回からは、数回に分けてMotoGPの2025年シーズンを総括していく。
●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:KTM
KTMの進化ポイントを推測する
第17戦日本GPでマルク・マルケスがチャンピオンを獲得した。ウイニングランとセレブレーションは感動的で、場内放送で解説をしていたワタシも言葉が出なかった。何度もタイトルを獲っている彼だが、今までで1番喜んでいたと思う。素晴らしい復活劇でした……。
マルケスが第18戦インドネシアGPでの負傷により離脱すると、第18〜第22戦までの5レースで入れ替わり立ち替わり4人の勝者が出る始末……。超天才のマルケスが不在になると、途端に普通の天才による群雄割拠のMotoGPなのである。
それはさておき、上毛GP新聞的には安定のマニアックネタを投入していきたい。
チャンピオンを取ったマルケスも含め、今シーズンのMotoGPの傾向として、フロントタイヤがあまり機能していなかったように思う。フロントブレーキをかけている最中は問題ないものの、リリースしてスロットルを開けようとした瞬間にスコッと転ぶ、というシーンをたびたび見かけた。
これを防ぐために、レーシングライダーはいろいろなコトをしている。
KTMは復調気味だ。ペドロ・アコスタは、残念ながら勝ち星は挙げられなかったものの、今シーズン表彰台5回でランキング4位の大殊勲である。何らかのアップデートが成功したことは間違いないが、それが何かが表に出てくることは、当然、ない。
表から見えるライディングから推測するに、恐らくKTM RC16はリヤ周りの改良がうまく行ったのだろう。ちなみにアコスタは、電子制御全抜きで走っていた。確かに共通ECUになってからというもの、トラクションコントロールシステムなどは武器として使えるシロモノではなくなっており、完全にエマージェンシー用。むしろ速く走ることを邪魔する存在にまで堕ちていた。
そこへきてKTMは、リヤ次第でタイムが大きく変わってしまうマシンだ。少しでも速く走ろうとリヤを流している最中にバババッと雑な制御が入ってしまうのだから、邪魔に決まっている。「いっそトラコンなしで」と思い切った決定が、終盤戦のアコスタの好調に結びついている。もちろん、細心のスロットルワークが求められる神業であり、レースディスタンスを通してそれをやり遂げるのはとてつもないコトなのだが……。
最終戦バレンシアGPを走るペドロ・アコスタ。
マシンの話に戻ると、KTMのゴテゴテしていたテールカウル後端の通称サラダボックスやウイング類がスッキリして、洗練されたまとまりを見せていた。最終的に、ある程度の正解に辿り着いたということだと思う。
KTMはもともとリヤありきのマシンだったが、ある時からその強みが失われていた。それがようやく機能し始め、まだコースは選ぶものの、だいぶリヤタイヤのグリップを生かせるようになってきている。いろんなモノが変わっているようだが、大きく影響しているのは間違いなく空力パーツだ。KTMは、前後の空力バランスがうまく取れたのだと思う。
以前、あるエンジニアに「二輪における空力の前後バランス取りは非常に難しい」という話を聞いたことがある。考えてみれば、(基本的に)ダウンフォース命の四輪に比べて、二輪の前後空気バランスは確かに非常に繊細だ。
フロントウイングは基本的に前輪のウイリーを抑えるためのものだが、最近はリヤウイングによって後輪のグリップ向上を狙っている。ところが、リヤのダウンフォースを利かせすぎると、加速で前輪がウイリーしてしまうのだ。全般的にフロント荷重が不足するので、旋回力が低下したりブレーキングが不安定になったりもする。
ダウンフォースにライドハイトデバイスなども加わるのだから、本当に繊細なバランスを追求しなければならないのである。
まさに「アチラを立てればコチラが立たず」。それでもKTMを始めとした各メーカーは二輪における空力をだいぶモノにしてきたようで、全般的に非常に速くなっている。最近は、転倒するとものすごい勢いでクラッシュパッドまで行ってしまうシーンが増えた。四輪レースのニーズでランオフエリアが砂利からアスファルトになった箇所が増えたことも関係していると思うが、それ以上にコーナリングスピードが高まったからだろう。
そして、あまりにも速くなりすぎたことから、2027年にはレギュレーションが大きく改定されることになった。
(つづく)
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事(モトGP)
バニャイアにとって「新しいモノはいいモノ」じゃなかった MotoGPマシンがあまりにも速くなりすぎたこともあって、再来年にはレギュレーションが大きく改定されることになった。 エンジンは850ccに、空[…]
1度しか獲れなかったチャンピオン、でも得たものは大きかった 前回の続きです。これは僕の失敗談ですが、’95年、オランダGPの予選でのこと。すでにいいタイムを出していた僕に対して、監督のウェイン・レイニ[…]
ときには諦めるしかないことも ドゥカティのファクトリーチームであるDucati Lenovo Teamのマルク・マルケスがチャンピオンを取り、チームメイトのフランチェスコ・バニャイアがランキング5位に[…]
今のマルケスは身体能力で勝っているのではなく── 最強マシンを手にしてしまった最強の男、マルク・マルケス。今シーズンのチャンピオン獲得はほぼ間違いなく、あとは「いつ獲るのか」だけが注目されている──と[…]
本物のMotoGPパーツに触れ、スペシャリストの話を聞く 「MOTUL日本GPテクニカルパドックトーク」と名付けられるこの企画は、青木宣篤さんがナビゲーターを務め、日本GP開催期間にパドック内で、Mo[…]
最新の関連記事(レース)
売上げ増大のためにあえて小型マシンを発売 ハーレーダビッドソンは1969年に経営難から株式を公開し、AMFという機械メーカーの傘下に入ったことがあります。ハーレー/AMF時代が1984年まで続いたこと[…]
バニャイアにとって「新しいモノはいいモノ」じゃなかった MotoGPマシンがあまりにも速くなりすぎたこともあって、再来年にはレギュレーションが大きく改定されることになった。 エンジンは850ccに、空[…]
ワールド経験者と全日本ホープが加入! FIM世界耐久選手権(EWC)を戦っているTeam Étoile(チーム・エトワール)が2026年のライダーラインナップを12月12日(金)に発表しました。 2[…]
BLESS CREATIONのカーボン外装をまとう カーボン外装メーカー・ブレスクリエイションの高い質感と造形の美しさのX350専用外装に惚れ、編集部号にも装着することにした。フロントフェンダー/ラジ[…]
1度しか獲れなかったチャンピオン、でも得たものは大きかった 前回の続きです。これは僕の失敗談ですが、’95年、オランダGPの予選でのこと。すでにいいタイムを出していた僕に対して、監督のウェイン・レイニ[…]
人気記事ランキング(全体)
火の玉「SE」と「ブラックボールエディション」、ビキニカウルの「カフェ」が登場 カワサキモータースジャパンは、ジャパンモビリティショー2025で世界初公開した新型「Z900RS」シリーズについてスペッ[…]
16日間で211万着の「メディヒール」が物量攻勢で復活 ワークマンが展開するPBリカバリーウェア「MEDIHEAL(メディヒール)」シリーズが、いま爆発的なヒットを記録している。2026年、秋冬商戦に[…]
ライバルを突き放す90°Vツインと高剛性に低重心の新次元を構築! ヤマハRZ250の切り開いた2スト復活劇から、レーシングマシンのレプリカブームへとエスカレートさせたのは、1983年のスズキRG250[…]
経済性と耐久性に優れた素性はそのままに、ブレーキ性能を向上 ホンダはタイで、日本仕様のキャストホイール+ABSとは別ラインになっているスーパーカブ110(現地名:スーパーカブ)をマイナーチェンジ。新た[…]
アドベンチャールックは伊達じゃない! 大型バイザーの恩恵 まず目を引くのが、オフロードテイストを感じさせる大型ピークバイザーだ。これは単なるファッションではない。 直射日光を遮る“ひさし”としての機能[…]
最新の投稿記事(全体)
オフ走行の質を高める「ピボットレバー」と「アドベンチャーフットペグ」 オフロード走行において、転倒時のレバー破損リスクを軽減し、操作性を高めるパーツは必須レベル。それに応えるかのように設定されたのが「[…]
レジェンド:フレディ・スペンサー視点「軽さと許容範囲の広さが新時代のCBの証だ」 私は長年、新しいバイクのテストをしてきたが、その際に意識するのはバイクから伝わる感覚、アジリティ(軽快性)、そして安定[…]
日本発のトランスフォーマブル・バイク「タタメルバイク」 タタメルバイクは、日本のものづくりの精神と、自由な発想が融合して生まれた「持ち運べるパーソナルモビリティ」だ。最大の特徴は、その名の通りの折り畳[…]
〈1978年3月〉SR400[2H6]/500[2J3]:ロードスポーツの原点 1976年に発売したオフロードモデルのXT500のエンジンとフレームをベースに、トラディショナルなロードスポーツとして登[…]
何でもありルールに世界のメーカーが飛びついた WRCグループBカテゴリーは1982〜86年まで続いたラリー競技。レース好きならご存じの通り、レギュレーションはほぼ「何でもあり」的なニュアンスでした。レ[…]
- 1
- 2



































