
元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第28回は、はるばる生観戦しにイタリアまで行ってきた様子をお届けします。
●監修/写真:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:Ducati
φ355mmとφ340mmのブレーキディスクで何が違ったのか
行ってまいりました、イタリア・ムジェロサーキット。第9戦イタリアGPの視察はもちろんだが、併催して行われるレッドブル・ルーキーズカップに参戦中の三谷 然の応援も目的だった。
三谷然(ミタニ・ゼン)の応援に。前途有望な18歳の動向を、ぜひフォローしてほしい
彼は私の「教え子」で、’24年のイデミツ・アジア・タレントカップでチャンピオンを獲得した有望株だ。今年はレッドブル・ルーキーズカップとFIMジュニアGPに参戦して腕を磨いている。ミタニ・ゼン、ぜひ覚えておいてください。
さて、イタリアGPで生チェックしたMotoGPだが、目に付いたのはフランチェスコ・バニャイアの苦戦ぶりだった。彼は第8戦アラゴンGPでφ355mmの大径フロントブレーキディスクを装着し、「問題解消!」とばかりに3位表彰台を獲得したが、イタリアGPではフリー走行でテストした結果、元のφ340mmに戻していた。
これはとてもバイクらしく興味深い事案なので、詳しく説明していこう。いつも以上にマニアックなので、頑張って着いてきてください。
皆さん、「ブレーキは車速を落とす装置」という認識ですよね? 基本的には正解です。そしてレースでは通常、制動力が高ければ高いほどよい、とされている。特に車重が重くスピードが高いMotoGPマシンではなおさらだ。そして、ブレーキディスクはデカければデカいほど制動力そのものは高まる。
繊細な悩める人、フランチェスコ・バニャイア。イタリアGP決勝は4位に終わった
しかし私は、バニャイアがφ355mmブレーキディスクにしたのは、制動力を高めるためではなかったと思う。恐らく狙いはふたつ。重さとコントロール性だ。このふたつには、密接な関わりがある。
さて、ここでいったん、バニャイアが抱えている問題点について整理したい。イタリアGP決勝レースの7周目、1コーナーにマルク・マルケスとバニャイアが並んで進入してくるシーンがあった。そしてふたりとも、シフトダウンしてブレーキをリリースし始めるのとほぼ同時に、「ウニョッ」という不安定な挙動を示した。
これはエンジンブレーキすなわちエンブレが安定していないことを意味する。バニャイアはこの「ウニョッ」という不安定な挙動を嫌っているのだ。ちなみにマルケスはまったく気にしていない様子だったが(笑)、繊細なバニャイアとしては無視できないのだろう。うまくマシンの体勢をコントロールできず、苦労しているのが見て取れた。
「今どき、エンブレなんて電子制御で何とでもなるんじゃないの?」とお思いのアナタ。何ともならないんです。現在使っている共通ECU並びに共通ソフトウエアはあまり賢くないので、できることがかなり限られているのだ。
そこで登場するのが、φ355mmブレーキディスクだ。そして第1の理由、「重さ」である。今、MotoGPマシンのフロントブレーキディスク径でスタンダードなのは、φ340mm。これに対しφ355mmは、ディスク1枚あたりで100gほども重い。「たかが100g!?」と思うかもしれないが、これが超高速回転するのだからかなりの慣性モーメントになり、まったくバカにはできない。
だが、ふと疑問に思うことだろう。「軽量化に血道を上げるのがレーシングマシンなのに、なぜわざわざ重いモノを付けるんだ?」と。ここが第2の理由、「コントロール性」につながってくる。重いディスクによって適度なフロント荷重がかかり、バニャイアが求めるだけのフロントのエッジグリップが得られるのだ。これによって、エンブレの悪サによるイヤな挙動を、どうにか打ち消そうとしているのだろう。
と、いうようにマシンそのもののコントロール性にも影響するフロントブレーキディスクだが、さらに「コントロール性」にはもうひとつの意味がある。それはブレーキをリリースする際のコントロール性だ。
リリース時のコントロール性に効いたφ355mm
多くの皆さんが「ブレーキング」という言葉からは、かける方、フロントブレーキならレバーを握る方をイメージすると思う。それはそれでもちろん大切だ。しかし走りのレベルが上がるにつれて、ブレーキをいかに高精度でリリースできるかがかなり重要になってくる。
サーキット走行では、コーナーの奥深くまでブレーキをかけ続けている。いわゆるブレーキングポイントでドンと強くブレーキをかけるのだが、そのすぐ後にパッと離すのではない。ブレーキはかけ続けており、クリッピングポイントと呼ばれるコーナーの頂点付近、マシンがもっとも深くバンクするあたりに向けて、徐々にブレーキを緩めていく。「引きずりブレーキ」とか「トレイルブレーキ」と呼ばれ、サーキット走行の基本ともいえるワザだ。
これが非常に重要。ブレンボのエンジニアに聞いたところでは、MotoGPマシンのフルブレーキング時のブレーキ液圧は15bar前後まで高まるが、徐々にリリースするにつれて、最終的にはわずか2barほどまで落ちているそうだ。
実際には、1.95barとか1.90barとか、指がかかっているかいないか、パッドがディスクを挟んでいるかいないか、という超微妙な領域で、ブレーキコントロールをしている。そしてこの領域で、アラゴンGPでのバニャイアには、φ355mmブレーキディスクがしっくりきたのだろう。
しかしイタリアGPの舞台であるムジェロでは、イマイチだった。だからφ340mmに戻したのだと思う。アラゴンでよかったからムジェロでもいいとは限らない。ダイナミックに見えるMotoGPだが、実はかなり繊細なのだ。
なぜこんなに繊細なのか。これはもう、「タイヤがふたつしかないバイクを、人間が操っているから」に尽きる。次回はさらに繊細かつマニアックな話を続けたい。
(つづく)
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
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