
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第165回は、MotoGP第10戦オランダGPで待望の初優勝を遂げた小椋藍選手の快挙と今後の動きについて私見を述べたいと思います。
Text: Go TAKAHASHI Photo: Michelin
タイヤの負担を抑える、正統派ライディングスタイルで勝利を獲得
MotoGP第10戦オランダGPで、ついに小椋藍選手(SuperFile Trackhouse MotoGP Team)が優勝しましたね!
今シーズンはいつ勝ってもおかしくない調子のよさでしたが、アッセンでのレースは特に素晴らしい内容でした。1度はホルヘ・マルティン選手(Aprilia Racing)とラウル・フェルナンデス選手SuperFile Trackhouse MotoGP Team)に2秒以上離されましたが、そこから追い上げ、ふたりとも抜き、引き離しての勝利。これは相当に実力を備えていないとできないことです。
マルティン選手も驚きのコメントをしていましたが、小椋選手のレース終盤の強さは本当にすごい。これは彼のライディングスタイルによるところが大きそうです。小椋選手の走りの特徴は、向きを変えた後に「カクン」という音が聞こえるぐらいはっきりマシンを起こしてから大きくスロットルを開けることです。
MotoGP第10戦オランダGPで堂々の優勝を果たした小椋藍選手。マシンをすばやく起こしてトラクションを稼ぎ、タイヤ消費を抑える正統派のライディングスタイルで見事勝利を繰り寄せた。この揺るぎない走りと実力は、まさに王者の風格を感じさせる。
この走りができるのは、ブレーキングを終えて向きが変わる最中に、スロットルを開けるのを待てるから。待てずにスロットルを開けてしまうと、マシンが寝ている状態なので結局は十分に加速できません。ライダーは気が急くので少しでも早くスロットルを開けたくなるのですが、逆効果なんです。
小椋選手のようにスロットルオープンを待つことができれば、しっかりと向きが変わる。しっかりと向きが変わってからカクンとマシンを起こせば、大きくスロットルを開けることができ、加速につながります。「小椋選手はマシンをすごく寝かせている」という評もあるようですが、バンク角が深くても寝ている時間は必要最小限。すぐにマシンを起こしてフル加速態勢に入っています。
そしてこの走りの強みは、タイヤへの負担が少ないことです。レース終盤になってもタイヤのエッジグリップが残っているので、ライバルたちに比べていいペースを維持できる。レースが終わりに近付けば近付くほど強さを発揮する走りです。
ここまでは、主にリヤタイヤにまつわる話。実は小椋選手はフロントタイヤの使い方も非常にうまいんです。僕が見ていて分かる範囲でその秘密を言葉で表すと、「寝かし込みがマイルド」ということになると思います。
「マイルド」というとちょっと語弊があるかもしれません。あくまでも「鋭い倒し込みのMotoGPライダーたちの中では」という但し書きが必要です。そして僕の目には、小椋選手はブレーキングからの旋回で「バンッ!」と寝かせるのではなく、フロントタイヤにかかる荷重をうまく逃がしながらコーナーにエントリーしているように見えます。
ここでもポイントは、マシンが起きていること。ブレーキングからの旋回でフロントタイヤへの過荷重を防げるのは、マシンが起きている状態でほぼブレーキングを終えているからなんです。
ブレーキングはマシンが起きているうちに済ませて、旋回中はマシンを必要以上に寝かせず、できるだけ早く起こして大きく加速する。ベテランライダーならお分かりかと思いますが、この小椋選手の走り方は、実は昔ながらの正統的なスタイルです。
昔はタイヤのグリップ力が低く、タイヤ任せの走りができませんでした。タイヤに依存できないから、なるべくバイクを寝かさず、バイクが起きている状態でブレーキングを済ませ、バイクを起こしてからしかスロットルを開けられなかったんです。
今のMotoGP用タイヤは、昔とは比べものにならないほど高いグリップ力を発揮しています。だから完全にタイヤ任せ、タイヤ依存の走りがいくらでもできてしまう。現にそういうライダーがほとんどです。そんな中でも“あえて”タイヤを頼り過ぎず、正統的な乗り方をすることが、小椋選手の強さにつながっている。バイクは本当に面白い乗り物だとつくづく思います。
小椋選手は第11戦ドイツGPでも2位表彰台を獲得しました。以前からこのコラムで何度も書いていますが、「1度勝つと勝ち方が分かり、それが自信につながり、好成績を呼ぶ」という好循環のまっただ中に、今まさに小椋選手はいます。今シーズンはこの後も勝利を重ねるのではないでしょうか。
オランダGPの表彰台で、優勝トロフィーを頭上に掲げて輝かしい笑顔を見せる小椋藍選手。1度は引き離されたライバルたちを猛追して仕留めた走りは見事の一言。勝利を重ねて好循環に入った今、チャンピオン獲得への期待はますます膨らむばかり。
チャンピオン獲得の秘訣は欲を出さず自分の走りに徹底すること
そして、周囲がなんだかドタバタして落ち着かない今シーズンは、チャンピオン獲得のチャンスです。実は僕自身もそうでした。’93年、参戦初年度の世界GP250ccクラスでチャンピオンを取れたのは、周りが勝手につぶれていったという面が大きかった。だから僕は自分のミスをなくすことに徹して、王座を引き寄せました。
できないことをやろうとする必要はありません。欲を出さず、できることを淡々とやり続けていれば、王座は向こうからやってくるんです。僕が参戦初年度にチャンピオンになれたのは、あまりにも何も分かっていなくて欲のかきようがなかったから。2年目以降チャンピオンになれなかったのは、いろいろ不運もありましたが、それ以上に自分が2度目のチャンピオンを狙い、欲張ってしまったからだと思っています。
もちろん、レーシングライダーたるもの、欲は絶対に必要です。欲とは、目標のようなものですからね。問題は、自分の中にある欲をどうコントロールするか。小椋選手は今、どんなにクールなように見えても、絶対にチャンピオンへの欲を抱えているはず。だからこそ今の彼に必要なのは、欲をうまく押さえ込める強い精神力です。もっとも小椋選手はMoto2チャンピオンですから、メンタルコントロールもしっかりできるでしょう。
オランダGP優勝を果たし、1位のボードを掲げてチームとともに歓喜に沸く小椋藍選手。飾らない人柄でチームスタッフやファンから愛される彼を中心に、日章旗がたなびくパルクフェルメは最高の笑顔と熱気に包まれた。さらなる飛躍へ期待が高まる一瞬だ。
ライバル視され始めてからが本番!コース外の心理戦をかわす強さ
それよりも僕が心配しているのは、今後のライバルの出方です。今でこそマルティンやマルク・マルケス選手(Ducati Lenovo Team)らチャンピオン候補たちは、小椋選手の勝利を喜び、表彰台を歓迎しています。小椋選手らしい飾らない「愛されキャラ」も受け入れられていますよね。ですが、小椋選手のことを本気でライバル視し始めると、話は急に変わってきます。
小椋選手が本当に王座に手を掛けるようになると、コース外の駆け引きが始まるでしょう。例えば、僕が現役の頃は、イタリアのチームにいてライバルがバレンティーノ・ロッシやロリス・カピロッシというイタリア人だったこともあって、イタリア人ジャーナリストから揺さぶりをかけられました。バレやロリスは、イタリア人ジャーナリストをうまく使って、「バレやロリスはこう言ってるけど、テツヤはどう思うか」などと言わせて、プレッシャーをかけてきたんです。
これは一例ですが、ライバルたちはあの手この手で精神戦を仕掛けてきます。僕自身はあまり気にするタイプではありませんでしたが、先ほど言った「欲」が自分の中で高まっている時ほど、ライバルの精神戦が効いてしまうものです。相手が何を仕掛けてきても、「ふーん、そうなんだ」「あっそ」とかわせる強さを、いや、でも、小椋選手なら備えていそうですね。現在ランキングは2位。やっぱり期待するしかありません!
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