「いくらなんでも大げさ過ぎ…」BMWに嘲笑された“190 E 2.5-16 エボⅡ”。オークションでは意外な価格に。おじさん達が少年だった頃の憧れのクルマを深堀り

「いくらなんでも大げさ過ぎ…」BMWに嘲笑された“190 E 2.5-16 エボⅡ”。オークションでは意外な価格に。おじさん達が少年だった頃の憧れのクルマを深堀り

ホモロゲーションモデル、西の横綱はランチア・デルタ・インテグラーレ、東はといえばエボⅡことメルセデスベンツ190 E 2.5-16 エボリューションIIにとどめを刺すのではないでしょうか。なにしろ、あのメルセデスベンツが本気でスポーツカーメーカーを目指したリーサルウェポンですから、カッコ悪いはずがない。もっとも、入念な開発期間のおかげでレースを完全制覇したのはたったの1年に過ぎません。が、クルマ好きの胸にはこの先100年だって生き残ること間違いなし。永遠の憧れ、エボⅡを振り返りましょう。


●文:石橋 寛(ヤングマシン編集部) ●写真:RM Sotherbys

打倒BMWを掲げ、レース仕様の190Eの開発がスタート

1980年代、ハコ車のレースでヨーロッパを席巻していたのはM3を投入したBMWでした。2.3リッターの直4から2.5リッターへと進化させるなど「バイエルンのエンジン屋」はそれなりの根性を見せていたのです。が、ここに挑戦状をたたきつけたのがシュツットガルトの巨人、メルセデスベンツでした。W201型「190E」にコスワースと共同開発した2.3リッター直4DOHC16バルブを搭載する「190E 2.3-16」を1983年にリリースし、BMWに劣らぬスポーツイメージを追求し始めたのです。

しかし、グループAルールに沿って260ps程度までチューンナップしたものの、DTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)ではBMWの後塵を拝することしきり。パワー不足というより、競り合いに弱いエンジン、トリッキーなコースでの運動性能といった弱点が指摘され、メルセデスベンツはそれまで休止していたワークスチームを立ち上げることに。そうして、1989年に誕生したホモロゲーションモデルが190 E 2.5-16エボリューションⅠでした。車名にあるとおり、エンジンの排気量が2.5リッターへと拡大されたほか、シャシーや足回りが刷新され、ワークスドライバーだったクルト・ティームは「やっと闘えるクルマになった」などと喜びのコメントを残しています。

190Eを勝たせたくて仕方がなかったメルセデスベンツが、1990年に投入した過激なホモロゲーションモデル。

とはいえ、エボⅠが「高級セダンのスポーツ版」だったのに対し、M3は「レースに勝つためのクルマを公道用に仕立て直した」と言われただけあって、またしても勝利の女神はBMWに微笑みっぱなし。エボⅠは先のティームが2勝、エースのクラウス・ルドヴィッヒが終盤にようやく4勝をあげるにとどまってしまったのです。噂によると、この時点で社内ではレース活動休止の意見も上がっていたとのことですが、文句を並べていた重役たちが秘密裏に開発していたエボⅡを内見してどうにか継続がオーケーになったのだとか。

破竹の勢いで優勝街道をひた走るエボⅡ

それもそのはずで、エボⅡはそれまでの190Eにウィングが生えたくらいのスタイルだったのが、トランスフォーマーばりに変身していたのですから。これぞ、ホモロゲマシンといったスタイリングで、BMWは初見で「いくらなんでも大げさ過ぎ」だと嘲笑したのだとか。ですが、メルセデスベンツは風洞実験を繰り返し、ダウンフォースと空気抵抗のバランスを徹底していました。結果、あのゴテゴテながらCd値0.29を達成するという快挙を成し遂げています。BMWもひそかにエボⅡを研究して、同様の結論を得ると、すぐさまM3の空力改善に乗り出したほど。が、時すでに遅しというやつで、1990年の中盤に導入されたエボⅡは破竹の勢いで優勝街道まっしぐら。

大型で、かつ複雑な形状のリヤウィング。ルーフ後端からリヤウィンドウにかかるスポイラーも整流効果を担っています。

17インチホイールを収める大きなアーチ。オーバーフェンダーは効率的にダウンフォースを使うためのボルテックスジェネレーターの役割も。

無論、スタイルだけでなくエンジンチューンを担ったコスワースも意地を見せました。彼らの真骨頂ともいえるシリンダーヘッドの再設計をはじめ、ショートストローク化やピストン&コンロッドの軽量化でさらなる高回転化を実現。クランクシャフトに至ってはカウンターウェイトを8個から4個へと減らし、回転マスの軽減、すなわち高回転時のスムースネスを追求する荒業まで。ここに、メルセデスベンツのエンジンを知り尽くしたAMGがハイカムや大口径スロットルを追加、さらにECUのリセッティングをしたのですから、速いエンジンにならないわけがありません。その結果、ホモロゲ用市販モデルで235馬力(エボⅠ+40馬力)レース仕様では370から380馬力を発生するに至っています。

コスワースとAMGのコラボによるエンジンは市販車で235馬力、レースでは最高380馬力まで絞り出していました。

市販台数は502台。サンプル車両は5900万円

そして、1991年にメルセデスベンツは念願のDTMマニュファクチャラーズチャンピオンを獲得するのですが、この頃にはグループA規定でなくDTM独自のルールが採用されており、BMWは戦意喪失、V8エンジンをバリバリに仕上げてきたアウディも同じく冷めているといった状況。エボⅡはそれこそ天下をとったかのように見えたのですが、横やりをいれてきたのがお隣のイタリアからのこのこやってきたアルファロメオ155 V6 TIでした。1993年に参戦した全輪駆動の155は、それまでのエボⅡ対M3の闘いを虎視眈々と眺めていただけに、両車のいいとこ取りのようなレーシングカー。エボⅡといえどもあっけなく王座を譲り渡してしまうことになったのでした。

フルレザーのバケットシート、190Eと同じデザインのステアリングホイール(ただし380mmの小径、かつグリップは太めに変更)

シフトノブにはシリアルナンバー入り。グループA規定をわずかに上回る502台が生産されています。

だからといって、エボⅡの輝きがくすんでしまうものでもありません。打倒M3を旗印に、ワークス活動を再開させる原動力となり、それまでの殻を破るような取り組み方、スタイルを生み出した功績は誰もが認めるもの。律儀に規定を守った結果、502台とされる市販台数もイタリア勢のようなインチキは一切なし(笑)それゆえ、オークションに出品される数もさほど少なくはありません。ご紹介しているサンプルは27万5000 ポンド(約5900万円)とエボⅡの中では平均的な価格。妙なハイパーカーを買うより、よほど価値あるクルマだと信じているのは決して筆者だけではないでしょう。

190Eは5人乗りですが、エボⅡや2.3-16スポーツラインは後席をセパレートした4人乗りに変更されています。

502台すべてがブルーブラック、レザーインテリアという共通の仕様で出荷。違う色があったとしたら、後からカスタムした可能性があります。

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