バニャイアを抜かなかった『プロ意識』

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.110「今でも超速い“小柄なおじさん”を応援せずにはいられない!」

Dani Pedrosa, San Marino MotoGP

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第110回は、速すぎる1000ccのマシンとペドロサ選手の活躍について。


TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Honda, Michelin, Red Bull

ミシュラン パワーGP2

最高峰のライダーたちだから、今ぐらいのクラッシュで済んでいるが……

第11戦カタルニアGPは、ショッキングなオープニングラップになりましたね。エネア・バスティアニーニ(ドゥカティ)が複数台を巻き込んで転倒し、その直後、トップを走っていたフランチェスコ・バニャイア(ドゥカティ)がハイサイドで転倒し、すぐ後ろにいたブラッド・ビンダー(KTM)に轢かれてしまいました。

バスティアニーニの多重クラッシュで後列がばらけ、この直後に先頭のバニャイアがハイサイド転倒を喫する。

バニャイアはもろに足を轢かれてしまいましたが、奇跡的に骨折はなし。ブーツが進化してプロテクションがしっかりしていることと、バスティアニーニの多重クラッシュにより後続がばらけていたため、ビンダーにしか轢かれなかったことが奇跡を呼びました。

でも、これは本当に奇跡。あとほんの少しタイミングがずれていたら、足の骨折どころか、命に関わる大変な事態になっていたと思います。このコラムでも何度か指摘していますが、最近のMotoGPはなんだかギリギリのところにいる感じがします。

今の4スト1000ccマシンは、さすがに速すぎます。メーカーの理屈としては、量産車とのイメージ連携もあるでしょうから、1000ccという排気量は維持したいのかもしれません。だったら、リストリクターを付けてパワーを絞るなどして、スピードを落とした方がいいと思います。

排気量ダウンというアイデアも出ているようですね。MotoGPも一時期800cc化しましたが、車重が軽くなったこともあってコーナリングスピードが上がり、それ以前の990ccマシンよりタイムは上がりました。765ccのMoto2マシンだって、ストレートスピードは300km/hを越えています。そのあたりを考えると、リストリクターによるパワーダウンがもっとも現実的かな、と僕は思います。

また、空力デバイスの見直しも必要でしょう。ライダーたちは「操作性が重くなった」と口を揃えています。空気の力でマシンを押さえつけるダウンフォースを発生させているんですから、当然ですよね。ライダーが正しく反応して正しく操作しても、マシンが空気で押さえつけられていると、「避けられるはずなのに、避けられなかった」という具合に、ライダーのイメージと違う結果を招いてしまいます。

世界最高峰のテクニックを持っているライダーたちでさえ、避けられない。言い方を変えれば、「世界最高峰のライダーたちだからこそ、今ぐらいのクラッシュで済んでいる」とも言えます。マシンのあり方について、今のうちにしっかりと考え直すべきではないでしょうか。

写真は1998年のミック・ドゥーハン。脊椎パッドなどは内蔵している時代だが、もちろんエアバッグも胸部プロテクターもない。

僕たちが現役の頃は、ライディングギアのプロテクションなんてあってないようなものでした。今の人たちが当時のグローブやブーツを見たら、あまりのペラペラさにビックリされると思います。今の街乗り用のギアの方がよっぽど安全性が高い。胸部プロテクターやエアバッグなんて、想像すらできない時代でした。

でも、ギアはどんどん進化しているのに、バイクそのものはあまり進化していません。レーシングマシンで言えば、せいぜいレバーガードが付いたくらいでしょうか。ギアの進化に追いついていないのが現状です。僕にはパワーダウンさせることぐらいしか思いつきませんが、MotoGPマシンそのものにも何らかの安全策があってもいいのではないかと思います。

それぐらいバニャイアのクラッシュは恐ろしかった。そして、非常に痛ましいことに、この夏はふたりの若い日本人ライダーが命を落としています。プロトタイプのMotoGPマシンと量産車ベースのスーパーバイクでは意味合いは違いますが、「速すぎる1000cc」という点では無関係ではないように思えます。

アプリリアとKTMも話題に事欠かない!

1-2フィニッシュを飾り、チームメイト同士の仲の良さも見せつけたアプリリアの2名。

さて、カタルニアGPではアプリリアのアレイシ・エスパルガロとマーベリック・ビニャーレスが1-2フィニッシュを飾りました。ロリス(カピロッシ)とは「ビニャーレスはスタートがなぁ……」なんて話をしましたが(笑)、レース後半にはふたりが激しいトップ争いを見せ、盛り上げてくれました。

シーズン序盤は、昨シーズンの勢いのまま波に乗るのかと思っていましたが、意外にも苦戦していたアプリリア。ここへきてかなりまとまってきているようで、アプリリアのサテライトチームであるミゲール・オリベイラやラウル・フェルナンデスも調子を上げてきました。

ただ、まだちょっと成績にムラがありますね。続く第12戦サンマリノGPはビニャーレスが5位でエスパルガロが12位。コースによる相性がハッキリしているようで、そこがドゥカティ勢との差になっています。

サンマリノGPと言えば、KTMのテストライダー、ダニ・ペドロサの活躍でしょう! 個人的には超応援しちゃいました(笑)。’18年に現役を引退した彼は、’21年のスティリアGPにスポット参戦して10位。今年は第4戦スペインGPに参戦して、各走行セッションで必ず上位につけ、スプリントレースは6位、決勝は7位と大健闘しました。

そして今回も見せる魅せる! 予選5位、スプリントレース4位、決勝も4位ですからね。盛り上げてくれました。しかも3位のバニャイアに迫る勢いで、もう1歩で表彰台という大活躍! 正直、もうちょっとだけ頑張ればバニャイアを抜くこともできたでしょう。でも僕は、バニャイアを抜かずに4位でチェッカーを受けたところに、彼のプロ根性を見ます。

3位のバニャイアに追いすがったペドロサ。

僅差の戦いですから、バニャイアへのアタックはかなりのリスクがあります。そしてバニャイアは2度目のチャンピオンを懸けて戦っているライダーで、ペドロサはスポット参戦のテストライダー。ペドロサがやるべき仕事はリスクを冒してまで表彰台を獲得することではなく、完走してデータを持ち帰ることなんです。

あれだけの速さで走れたんですから、表彰台に立ちたい気持ちもあったと思います。でも状況をしっかり判断して自分の思いをキッチリと抑え、テストライダーの職務をまっとうした。まさにプロですよね。

ペドロサのライディングフォームは、体のオフセット量も少なく、今となってはオールドスタイルです。しかも速くて重いMotoGPマシンを、あの小柄な体で操るんですから、本当にスゴイ! カーボンフレームをテストしたとも言われていますが、そういうことじゃない(笑)。「ブレーキングでしっかりと荷重をかける」という基本を押さえれば、年齢も体格もあまり関係なく、十分に速く走れることを見せてくれました。

逆に、「小柄なおじさん」であるペドロサがテストライダーを務めているから、KTMはスタンダードなマシン造りが求められ、それが功を奏しているのでしょう。特殊なマシンではペドロサには扱い切れませんからね。ペドロサがテストライダーになったことは、KTMにとって本当に大きなアドバンテージになりました。

誰からも愛されるペドロサ。兄マルケスに頭を撫でられる場面も。

サンマリノGPで優勝したのはホルヘ・マルティン(ドゥカティ)。今かなり勢いに乗ってますね。彼のことはMoto2時代から注目してましたが、MotoGPに上がってからはだいぶ走り方を変えています。Moto3からMoto2にステップアップした時はベッタベタに寝かせる走りでした。MotoGPの今も寝かせる方ですが、しっかりと早めに起こしている。適応している感じがします。

一方のマルコ・ベゼッキ(ドゥカティ)がちょっと伸び悩んでいるようにも見えます。彼が所属しているVR46は旧型マシンを使っており、ファクトリーマシンを使うプラマックのマルティンと差が付いているのかもしれません。いずれにしても、ドゥカティはライダーの層が厚いし、型落ちマシンでも十分なパフォーマンスを発揮しています。アプリリア、KTMも追い上げていますが、「ドゥカティ時代」はまだまだ続きそうです。

新しい環境では人とのコミュニケーションが一番大事

小椋藍くん、来季はMTヘルメット-MSiに移籍ですね。報道によると、ホンダとも契約を交わす“レンタル移籍”で、アライヘルメットとの契約もそのまま維持してアライを被るとのことですが、チームが変われば環境もだいぶ変わるはずです。

’19年のMoto3デビューから今年で5年、ずっとホンダチームアジアで戦ってきた藍くんですが、新しいチームに身を置くことは彼にとってすごく有益だと思います。チームが変われば、セッティングに関する引き出しも変わり、レースウィークの組み立ても変わります。

今までとは違うやり方に最初は戸惑うかもしれません。でも、このゼロからのスタートはライダーにとって非常に重要です。新しいスタッフとのコミュニケーションを密に取り、スタッフを自分の味方に付けることは、ライディングと同じぐらい大事なことなんです。

人とのやりとりこそ、環境を変えるうえでもっとも大きなウエイトを占めていると僕は思います。慣れ親しんだ環境から、新しい環境へのチェンジは、もちろん多少のリスクを伴います。それでもチャレンジするという藍くんの選択は、長い目で見れば正解だと思うし、僕は応援しています。

MTヘルメット-MSiはチーム・ポンスが母体。シト・ポンスさんは元世界GPチャンピオンで経験も豊富です。チームの考え方と、藍くんのこれまでの経験、そして速さがうまく重なり合えば、かなりの力を発揮してくれるはず。今から楽しみですね!

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