重箱の隅をつつくミクロさに大いなる意味が隠されている
ホンダはいったいどうしてしまったのか──。強い日本メーカーの象徴だったホンダの存在感は、’20
年以降、すっかり影を潜めている。’22年、ホンダのコンストラクターズランキングは6メーカー中6位。まさにどん底まで堕ちたシーズンとなった。
「迷走した、と言っていいと思います」と、ホンダ・レーシング開発室長の桒田。’22年型ホンダRC213V開発責任者を務めた山口洋正が、具体的に説明する。
「(ワンメイクの)ミシュランタイヤに変更があったので、その攻略を狙ってパフォーマンスを最大限に発揮するために、エンジンを含めてコンポーネントを大きく変えました。
中間加速性能が高まった、という点では正しい方向だったと思いますが、それだけでは勝てない。’22シーズン前テストの課題として旋回中のフィーリングがあり、シーズンを通して解決をめざしましたが、やり切れませんでしたね」
’16年からワンメイクタイヤとなったミシュランタイヤへの適応は、ホンダが抱える大きな課題だ。’15年までのブリヂストンタイヤは、フロントに強みがあるとされていた。ホンダのマシンも、当然、その強みを最大限に引き出すように造られる。そしてその仕様は、マルク・マルケスという希代のライダーのライディングスタイルとも合致し、極めて高いパフォーマンスを発揮した。
しかしミシュランは、ブリヂストンとは正反対で、リヤタイヤに強みがあるという特性だった。マシン造りの方向性をシフトする必要があったが、ホンダはそこに対応し切れなかった。
実際のところは、ミシュランに変わった’16年から’19年まではマルケスがチャンピオンを獲得しており、順風満帆だったかのようにも見える。しかし、マシンを作るエンジニアの立場からすると必ずしもそうとは言い切れなかったようだ。
’20年7月、マルケスが転倒による骨折で戦線を離脱すると、内包していた問題点が一気にあからさまになった。ホンダライダー全体が低迷し、ホンダの優位性が失われていることが浮き彫りになったのである。
「今のモトGPマシンには、さまざまなデバイスが採用されています。ライバルがそれらを投入し、そこに優位性が見られるようなら、我々としてもフォローせざるを得ない。レースとは、もともとそういう場ですからね」と桒田。
山口が「やり切れなかった」と言ったように、ホンダの開発はすっかり後手に回ってしまったのだ。
「自分たちの強みはなんだったのか、自分たちが今、本当にやるべきことが何なのかを見失っていたことは否めません。
もちろん自分たちとしては、全体を見渡しながらそのつど最大限にやってきたつもりです。でも、それが本当に足りていたのか、優先順位が正しかったのか、という部分では、反省すべき点がありました」
自分たちの、強み。
レース専用車両のプロトタイプモデルで争われるモトGPは、各メーカーが技術的な独自性を発揮できる場──のはずだった。
かつて、独自性が分かりやすく目に見えたこともあった。2スト500cc時代でいえば、「パワーのホンダ」「コーナリングのヤマハ」と言われ、その特性をきれいになぞったレース展開が見られた。
4ストのモトGPになってからも、ストレートが速いドゥカティ、立ち上がり加速に強いホンダ、そしてコーナリングスピードが武器のヤマハ、といった図式がしばらく続いた。
しかし、タイヤとECUが共通化されて年月が過ぎれば過ぎるほど、それらの使いこなしにしのぎを削ることになる。特に、路面に接地しているタイヤの特性は想像以上に支配的だ。ミシュランタイヤのパフォーマンスを最大限に引き出すことが勝利の条件になると、いきおい、どのメーカーのマシン作りも概ね同じ方向に向かうことになる。しかも、その差はどんどん少なくなっていく。
ヤマハの関は、「我々のマシンが大きな問題点を抱えていたというよりも、ドゥカティが(ミシュランの)リヤタイヤからエクストラグリップを引き出すことができたんだろうな、と考えています」と語った。
’22シーズンを振り返った関の「ものすごく悲惨だったというわけでもない」という言葉は、決して負け惜しみではなく、率直な実感だろう。
ホンダの桒田も、「我々の感覚としては、マシンの差はほんのちょっと」と言う。「ですが、それが最終的には非常に大きな結果の差となって表れる。今のモトGPは、そういう戦いの場です」と付け加えた。
「アベレージを高めることを考えると、どこか1点が秀でていれば勝てる、ということではなくなります。
混戦となるレースを考えれば、抜きどころはブレーキングなので、そこは大きなカギです。でも、レースのトータルタイムを考えれば、コーナリングスピードも、立ち上がり加速も、そして最高速も、すべてが必要不可欠になる。
これだけマシンの重要度が非常に高いと、相対的に、ほんのわずかな差が大きな差になるんですよ。我々はそこを掴み切れなかった」
スズキの佐原は、「GSX-RRでは、重箱の隅をつつくような開発をしていました」と言った。「重箱の隅をつつく」は、数年前からモトGPエンジニアたちがこぞって口にするようになった言葉だ。
ホンダの桒田が、こう解説する。「我々は常に、その時点でのベストを尽くしてレースに挑んでいます。いつだって『これ以上はない』『これが限界だ』と思っているわけです。
でも、レースは相手がいますから、進化を続けなければならない。常に手立てを探し続けなければいけない。そうやって重箱の隅をつつくと、必ず新しい何かが出てくるんですよ」
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