レース屋とは異なる大企業でのレース活動
日本メーカーと欧州メーカーというシンプルな対立図式でモトGPを俯瞰することは、容易ではない。そもそも日本メーカーと欧州メーカーは、その規模が違いすぎる。
ドゥカティが「過去最高益」として誇らしげに発表した’22年上半期の売上高は5億4200万ユーロ(約769億円)。営業利益は6800万ユーロ(約96億円)で、販売台数は3万3200台だ。
アプリリアを有するピアッジオグループは、売上高10億5310万ユーロ(約1495億円)で、営業利益にほど近いEBITは8530万ユーロ(約121億円)。販売台数は32万600台としている(いずれも現在の1ユーロ=142円で計算)。
一方、同じ期のヤマハ発動機は売上高1兆689億2700万円、営業利益1024億1900万円、二輪販売台数は230万6000台。ホンダに至っては売上高8兆853億円、営業利益4534億円、二輪販売台数634万3000台にも及ぶ。ドゥカティがフォルクスワーゲングループ傘下にあることを加味しても、文字通りのケタ違いである。
モトGP活動の意味も、かなり異なってくるだろう。「レース屋」と「企業活動」の違いは大きい。
日本メーカーのモトGP参戦は、勝つことを最大の使命としながらも、そこに企業活動としての意義を持たせている。スズキの佐原の説明が分かりやすい。
「モトGPの参戦意義は、3つあると思っています。ひとつは、ブランド力の強化。2輪に限らず、4輪、マリンを含めてすべてのフィールドでスズキのブランド力を高める。2つ目は技術開発ですね。これはもちろん、量産車へのフィードバックも含めての話です。
3つ目は人材育成です。最先端の開発やグローバルな活動の発信をしているからこそ、優秀なエンジニアやマーケターが育つ。そして優秀な新しい人材がスズキを選んでくれる。
この3つをやるためのモトGP活動だというのは、私と河内の共通認識でしたし、最後までブレずにやってこられたと思います」
佐原が話したモトGP参戦意義は、ヤマハ、ホンダからもほぼ同じ内容が聞かれた。日本企業が巨額を投じてレースに参戦するには、この3本柱が妥当な落としどころである。
「2輪の技術って、すごく難しいんですよ」とホンダの桒田が言う。そして、元4輪F1のエンジニアらしい解説を加えた。「分かりやすいところで言えば、4輪は足でエンジンをコントロールしますよね。でも2輪は、手を使う。
普通の人間の感覚だと、足でできること手でできることはだいぶ違います。感覚も違うし、繊細さも違う。だから4輪と2輪では、ケアしなければいけないところがかなり異なるんです。
モトGPはマシンの重要性が高まっているという話をしましたが、まだまだ人間の領域は大きい。そして人が感じることって、言葉でしか表現できないんですよ。
我々は、マシンに起きている現象を計測して、数値化することはできます。でも、どの現象が人にどういう感覚をもたらしているかは、言葉でしか把握できない。そこに2輪特有の難しさと面白さがある。簡単に言えば、ものすごく高い精度と、人と機械の関係性の深い理解が求められるんです。
我々は、今まさにそこに苦しんでいるわけですが、苦しんでいるからこそアイデアを絞り出しますし、チャレンジもします。そこから生まれることは多々あって、それはホンダという企業全体に確実に波及する。
……というより波及させなくちゃいけないんですよ。どんな製品でもいいから、レース活動から得た知見を生かして、少しでもお客さまにハッピーになっていただく。それが製造者である私たちの使命だと考えています」
巨大企業の看板を背負ってのモトGP活動とは、勝った・負けたというだけのシンプルな話では済まされない。例え負けたとしても、その中から確実に何事かを得て、確実に組織にフィードバックさせなければならないのだ。
マレーシア公式テストが行われているセパンサーキット。ホンダのピットにはスズキからやってきた河内の姿があり、長く現場にいた横山建男の姿はなかった。横山は日本に戻り、現場での経験を後進の技術者に伝え、育成する役割を担う。
「次につなげていかなければ意味がありませんから、会社としては」と、桒田が言った。
※文中敬称略
※ヤマハ、スズキへの取材は、’22年12月に行われたもの。河内健氏は’22年末をもってスズキを退社し、ホンダ・レーシングのテクニカルマネージャーに就任したが、取材時はスズキ社員。
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