
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第99回は、開幕直前となったMotoGPにおける『自己主張』の大切さについて。
TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: MICHELIN, Red Bull
今年はシーズン前テストから快調なバニャイア
ポルトガル・ポルティマオサーキットでのMotoGP公式テストが行われました。これで開幕前のテストは終了。昨年末のバレンシア、今年2月のマレーシア、そして今回のポルトガルと3回しか行われないとは、なかなか厳しい制約ですよね……。
いつも言っていることですが、いくらテストでも実力の片鱗は見えてしまうものです。そして今回のポルティマオテストでは、トップ10にドゥカティが7台! アプリリアが1台、KTMが1台、そしてヤマハが1台となっています。ドゥカティは初日に転倒したファビオ・ディ・ジャンアントニオが脳震盪のため2日目は欠場し、初日のタイムのみで21番手に留まっていますが、彼以外は全員がトップ10入りですから、もう圧巻の結果です。
トップタイムは昨年のチャンピオン、ドゥカティのフランチェスコ・バニャイアです。思い返せば昨2022年、バニャイアは2022年型エンジンの特性に苦しみ、テストから不調。開幕から数戦の間はかなり苦しでいました。でも、序盤戦の「借金」を背負いながらもタイトルを獲ったわけですから、最初から好調の今シーズンはどうなってしまうのか……。空恐ろしくなります。
アプリリアは10番手にアレイシ・エスパルガロ、11番手にミゲール・オリベイラ、12番手にマーベリック・ビニャーレスがつけていますから、だいたい揃っていますよね。逆にヤマハはファビオ・クアルタラロが3番手の好タイムをマークして可能性を示したものの、チームメイトのフランコ・モルビデリは19番手に沈みました。
そしてホンダ……。13〜15番手を、ジョアン・ミル、マルク・マルケス、アレックス・リンスが占めています。中上貴晶くんの20番手も含めて、全体的に低調と言わざるを得ません。こうなると、さすがに「大丈夫か? 日本メーカー」と言いたくなりますよね。
おとなしくしていたら不利になる
欧州vs日本という図式は、かなり前からグランプリの大きな、そして根強いトピックスです。ヨーロッパメーカーはやはり「グランプリはオレたちのものだ」というプライドを持っています。「コンチネンタルサーカス」と言われる通り、「ヨーロッパが本場だ」という意識は今も昔も変わりません。日本メーカーはそこを技術力で突き崩してきました。
「では最近はどうしたんだ? 日本メーカーの技術力は落ちてしまったのか?」という議論になりがちですが、話はそう簡単ではありません。僕は、レギュレーション策定の際に、日本メーカーが主張をしなさすぎるのが不調の要因のひとつではないかと考えています。日本人には「黙っていることが美徳」という意識がありますが、それが災いしているような気がしてなりません。
逆に、ヨーロッパの人たちはゴリゴリに自己主張します。今のMotoGPレギュレーションが決まるまでの間に、ドゥカティが何度「オレたちの言うことを聞かないなら、MotoGPを辞める!」と言ったことか(笑)。主催団体であるドルナにとっては、人気メーカーの撤退は大きな痛手になります。全体のバランスを取らなければならない立場ではありますが、主張する側に引っ張られるのは、ある意味で当然でしょう。
モナコに25年住んでいる僕から言わせてもらえれば、日本人ももっと自己主張するべきです。僕は現役時代、誰に対しても「ああしてくれ、こうしてくれ」とはっきり主張するタイプでした。そして「原田はワガママだ」と言われたものです(笑)。でもなぜ僕が主張したかと言えば、それはもう、結果を出すためでしかありません。決してワガママではなく、そうした方がいい結果が望めることが分かっているから、それを口に出すだけのことです。
もちろん、自己主張するからには、主張したなりの結果を出さなければなりません。そんなのは当然のこと。僕たちはプロのレーシングライダー。結果を出すことで報酬を得ているんですから、結果至上主義は当たり前です。逆に、自己主張しないライダーは、そのことを結果が出ない言い訳にしていないか、と思うことはあります。
メーカーもまったく同じです。ガンガン主張していかないと、ヨーロッパメーカーはどんどん自分たちに有利なレギュレーションを組み上げてしまいます。僕はそれがずるいことだとはまったく思いません。メーカーだって莫大なコストをかけてレースをしているんですから、勝つために少しでも有利な立場を築こうとするのは、むしろ当然のことです。日本メーカーがおとなしくしていたら、不利になる一方でしょう。
これは技術力とはまったく別次元の、政治力ともいうべきものです。でも、今の日本メーカーはここが決定的に欠けているように僕は思います。内部的にはいろいろな頑張りがあるのでしょうが、もうひとつそれが成果として表れない。もっともっと主張してしかるべきだし、なんならかつてのドゥカティのように撤退をちらつかせてもいい段階ではないでしょうか。
もちろんこれはあくまでも政治的な駆け引きのためのツールであって、本当に撤退されてしまうと困ります(笑)。でも、それぐらいのプレッシャーをかけて、少しでも自分たちが有利なようにレギュレーションなどを変えていかないと、このままではいいように利用されるだけです。
空力パーツでゴテゴテのマシンは本当に魅力的? そして安全性は……
つい先日も、スペインで食事していたら、ウエイターのおじさんに「オレはホンダのバイクに乗ってる。ホンダはナンバーワンだ!」と声をかけられました。ヨーロッパでは日本製のバイクがたくさん走っていますし、日本メーカーの技術力の高さは間違いなく一目置かれています。僕もひとりの日本人レースファンとして、日本メーカーの技術力が劣っているとは思いません。ただ、それを生かすための政治力を含めたマネージメントが足りないんです。
ゼネラルマネージャーとしてドゥカティを率いているジジ・ダッリーリャも、かつては「ワガママ放題だな」と言われていました。日本メーカーに太刀打ちできなかった時代も長かった。でも自己主張を続けることで、今のドゥカティの強さを手に入れたんです。
日本メーカーも、かつては名物監督のような人がいました。ちょっと強面で睨みを利かせながら、少しでも自分たちが有利になるようにことを運んでいたんです。そういう、グランプリ界で幅を利かせるツワモノが、日本メーカーにもっといてもいいのかな、と思うのですが……。
ところで、僕個人としては、今の空力パーツオンパレードのMotoGPマシンはちょっと……(笑)。あまりにも突起物が多くて、バイクとしての魅力を損ねてしまっているように思います。そして何よりも心配しているのが、安全性です。
どのメーカーの空力パーツも、薄くて軽いカーボン素材で作られていますし、レギュレーションで寸法も細かく規定されています。でもあれだけいろんなものが突起していると、万一の際に何が起こるか分かりません。カーボンは割れるとささくれ立つこともありますから、転倒して破損したら思いがけない凶器になってしまう可能性もあります。
ですから、あくまでも例え話ですが、安全性を盾にしてレギュレーション変更を主張する、ということだってできるはずなんです。実際に水面下でそういう取り組みが行われているのかもしれませんが、レギュレーション策定には時間がかかるものです。ドゥカティが長い時間をかけて今の立場を築いたように、日本メーカーも本気で結果を出そうとするなら、時間をかけた自己主張が必要になるでしょうね。
それにしても、空力パーツを見ていると本当に怖い。何かおおごとが起きた時にはすぐレギュレーションも変わるものですが、その「何かおおごと」が起きてからでは遅いんです……。
と、ちょっとシビアな話になってしまいましたが、僕自身は日本メーカーの復活を楽しみにしているひとり。そして間もなく、3月24日ポルトガルGPでの開幕が待ち遠しくて仕方ありません。
※本記事の文責は当該執筆者(もしくはメディア)に属します。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
あなたにおすすめの関連記事
原田哲也(はらだ・てつや)/1970年生まれ。16歳でロードレースにデビューし、1989年からヤマハファクトリーで250ccクラスに参戦し、1992年に全日本チャンピオンを獲得。翌1993年WGP25[…]
老いてからも乗り続けられる1台を:ホンダ スーパーカブ 僕の場合、「最後に所有していたいバイク」と、「最後まで乗っていたいバイク」がある。 所有していたいのは、僕が世界グランプリ250ccクラスでチャ[…]
クアルタラロがHJCと巨額契約! アレイシはカブトのユーザーに スズキの撤退もあって、活発だった2023年に向けてのMotoGPストーブリーグ。それに呼応してか、チームの移籍に加え、被るヘルメットを変[…]
知られざるアライヘルメットの中身 Vol.1【人の目と手に委ねられている、モノづくり】はこちら いくら剛いヘルメットでも重かったら仕方がない 工場内を見学していて驚くのは、いたるところに量りがあり、重[…]
20代後半、好奇心と勢いだけでは進めなかったバイク免許 やりたいと思ったらやっておかないと人生なにがあるか分からない 無になったと思っていた気持ちがわずかに残っていることに気づいたのは、30代後半のこ[…]
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
ホンダのマシンでリンスが勝ってしまうという面白さ MotoGP第3戦アメリカズGPは、アレックス・リンス(ホンダ)が優勝しました。あまり調子のよくないホンダでの優勝は意外と言えば意外ですが、リンスはこ[…]
雨で1-2-3フィニッシュはかなりのマシン差を感じさせるが── MotoGP第2戦アルゼンチンGP決勝は、淡々とした展開でしたね。対照的に激しかったのがスプリントレース。周回数が少ないこと、燃料が少な[…]
何戦か出場停止にしてもいいレベルのクラッシュだった MotoGP・2023シーズンがついにポルトガルで開幕しましたね! いちレースファンとしては、期待と興奮でわくわくしながらの観戦となりました。……が[…]
ドゥカティのジジ・ダッリーニャはライダーの意見を分け隔てなく聞く マレーシア・セパンサーキットでモトGP公式テストが行われましたね。いよいよ’23シーズンのキックオフという感じで、いちレースファンとし[…]
11年ぶりにトップカテゴリーでゼッケン1が走る MotoGPは、各チームが発表会を行っています。新しいマシン、新しいカラーリング、そしてチームによっては新しいライダー……。いよいよ23シーズンの開幕が[…]
最新の関連記事(バイクレース)
オーストラリアから復元プロジェクトのため空輸 このバイクは、1970年代にチームスズキに加入し、バリー・シーンのメカニックも務めたMartyn Ogborne氏によってレストアされた。ちなみにOgbo[…]
元GPテクニシャンの手で復活した伝説のバイク このバイクはスズキの“ビンテージパーツプログラム”の助けを借りて、元グランプリの技術者であるNigel Everettの手によって正常に動作するまでに修復[…]
鉄パイプか、アルミの板か 超マニアックなネタをお届けするのが上毛グランプリ新聞。今回はいつにも増してウルトラマニアック全開でブッ飛ばすので、いったい何人の方が最後までお付き合いいただけるか分からない…[…]
練習走行/模擬レース/オフミーティング…。キャブレターやサスペンションのセッティングにも使える貴重な機会 全国各地のサーキットで走行会やイベントが開催されている中で、このアストライドならではの魅力は、[…]
駒井俊之(こまい・としゆき)/1963年生まれ。バイクレース専門サイト「Racing Heroes」の運営者。撮影から原稿製作まで1人で行う。“バイクレースはヒューマンスポーツ”を信条に、レースの人間[…]
人気記事ランキング(全体)
’80年代、80ccであることのメリットに、金欠ライダーは着目した 高校生が自動二輪中型免許(当時)を取ったはいいけれど、愛車をすぐ手に入れられるかは別問題。資金の問題が立ちはだかるのだ。2年ごとの車[…]
WEBで検索すると洗車の裏技と称するものが色々と出てきます。 「カーシャンプーの代わりに○○を使おう」「こんな汚れには○○が効く」など、身の回りのものを使ったお手軽な洗車指南記事が溢れています。しかし[…]
世界最速機としてデビュー、特に日本で人気絶大だった 空冷直4のZ1系に代わる次世代の旗艦として、カワサキが総力を結集したマシンこそGPZ900Rだ。 同社初のDOHC4バルブ水冷直4とダイヤモンドフレ[…]
少し前にアストンの実勢価格8800円のフルフェイスヘルメットをご紹介しました。 海外から安価なヘルメットが入ってくるようになり選択肢が広がったのは良い事だと思っています。 筆者ががバイクの免許を取得し[…]
ライトは8Sを転用?! カウルはハーフかフルか 新開発の775cc並列2気筒エンジンを搭載し、3つのモード切替でビギナーからベテランまで幅広く対応する走りを実現した、スズキ入魂の新作ミドルネイキッド・[…]
最新の投稿記事(全体)
頑張ってね、オトーサン! ●我家はごく平凡な4人家族です。自分は、オートバイに跨って生まれ出たと思い込んでるような亭主1人と、良くも悪くもそんな父親の影響を受けて育ちつつある男児2人、そんな3人を持て[…]
現在、日本を含む多くの国で“2050年カーボンニュートラル達成”という目標が掲げられており、活動の一助として、走行時に二酸化炭素を排出しない電気自動車の普及が世界的に進んでいます。2輪業界もその影響を[…]
時代とブームを象徴する3台が上位ゲット ネイキッドブームが最盛期を迎えた’90年代。このブームを代表し、現代まで続くロングセラーとなったCB400SFが見事1位に輝いた。また’90年代後半は最高速競争[…]
オーストラリアから復元プロジェクトのため空輸 このバイクは、1970年代にチームスズキに加入し、バリー・シーンのメカニックも務めたMartyn Ogborne氏によってレストアされた。ちなみにOgbo[…]
アライヘルメット アストロGX ロック アライヘルメット RX-7Xオグラ ヨシムラジャパン CT125(20-22/23)機械曲Tacticalサイクロン 政府認証 フリュガン ジェットD3O 青島[…]
- 1
- 2