
●文: Nom(埜邑博道) ●外部リンク:豊田合成
なぜ二輪用エアバッグをテスト?
相変わらずバイクの事故は減っていなくて、死亡事故の件数もまだまだ多い。先日、取材に伺った日本二輪車普及安全協会でもそんな話が出て、二輪の死傷者数は減少してはいるものの、2021年は減少から現状維持、または増加傾向にあって、とくに50代の事故が増えているようです。
業界団体はバイクの事故、中でも死亡事故をどうやって減らすのかに頭を悩ませているのが現状です。そんな時、ネットのニュースか何かで「二輪用エアバッグの開発を推進」という記事が目に入りました。ホンダ・ゴールドウイングが2007年に採用して以来、久しく聞いていなかった二輪用エアバッグの話題だったのでとても興味を持ちました。
しかも、開発しているのは二輪の車両メーカーではなく、四輪用エアバッグなどを開発・販売している愛知県の豊田合成というメーカー。元々はトヨタのゴム研究の一部門としてスタートして、1949年に独立しゴム製品と樹脂部品(エアバッグも含まれます)の製造メーカーとして発展してきて、四輪用エアバッグ事業は1989年にスタートして、現在、国内ではトップシェアだと言います。
そんな四輪用パーツメーカーの豊田合成が、なぜ二輪用エアバッグ開発に着手したのか、開発はどこまで進んでいるのか、市場投入の目標はいつ頃なのかなど疑問が湧き、取材させていただくことにしました。
お話をお聞きしたのは、セーフティシステム開発部 室長の切手肇さん。
「弊社は、四輪だけではなく二輪も含めて交通死傷者数を減らしていきたいという目標を掲げていて、エアバッグという安全部品を扱っている会社として、将来のモビリティ社会を見据えたとき、四輪、二輪に加えて、さまざまな新しいモビリティへの安全デバイスが必要だと捉えています。四輪車はエアバッグをはじめとする安全装置の進化もあって、年々、先進国を中心に乗車中の死者数が減ってきているなか、二輪乗車中と歩行者の死者数は横ばいです。今後のモビリティ社会の中で、ひとりでも多くの人の命を救うという社会的課題の解決のため、二輪車用のエアバッグの開発を行っています」
シミュレーションデータと実機でのテストデータの整合性のために衝突試験を行った
豊田合成では関連するカンファエレンスに出席したり、WHOが発表する事故の形態や人数などといったデータを収集したりして、それを基にしたシミュレーションを繰り返して課題出しを行ってきたそうです。今回行った実車による衝突試験は、蓄積してきたシミュレーションでのデータと実車での試験の結果に整合性があるかどうかを確かめ、実車試験で得たデータを今後の開発に生かす目的で行われたそうです。
豊田合成が行ったエアバッグの衝突試験は、車輪の付いた治具の上にバイク(ホンダのフォルツァのように見える)を固定して衝突する試験車両に向かって走行させ、途中でバイクのみ治具から外してそのまま試験車両にまっすぐに衝突させてエアバッグを展開させた。エアバッグはハンドル周辺に収納されていたという。
こちらは衝突試験の準備をしているシーン。
「今回、試験で使用したエアバッグはそのまま量産できるものかというと、まだそこまで完成されてはいません。シミュレーションとの整合性を取るために行った試験で、今回得られたデータとシミュレーション技術を使って、今後、完成度を上げていきます。また、二輪車には特有の難しさがあり、衝突事故の形態が四輪とは比べ物にならないくらい多岐にわたっています。四輪とは違って、二輪の場合は乗員がシートベルトで拘束されていませんから、衝突事故で乗員が飛び出してしまいます。その飛び出す角度や速度などをいろいろ設定して再現しなければいけないという難しさがあるのですが、今回のデータを有用に活用して難しい部分を埋めていきたいと思っています」と切手さん。
クルマというがっしりした箱の中に乗っていて、さらにシートベルトで体を拘束されているクルマの乗員に対し、二輪車の乗員=ライダーは身体をむき出しで乗車しています。多くの場合、何かに衝突した瞬間、ライダーは前方に投げ出される格好になってしまいます。
豊田合成のウエブサイトに掲載されている「360°フルカバーエアバッグ」の搭載イメージ図を見ると、見たことのないような部分にもエアバッグが配置されているのが分かります。このように長年にわたって培ってきた安全技術を、二輪を含めた新たなモビリティに適応させていこうという考えのようです。
豊田合成では、室内にいる人間を守るために運転席と助手席だけでなく、クルマのサイドや後方、さらに足元にもニーエアバッグやシートクッションエアバッグを用意。さらに、人が車に衝突した時の衝撃を緩和するためにボンネットの中や硬い窓枠部分にもエアバッグを配置している。
二輪用のエアバッグの完成時期や価格などはまだまだ未定とのこと。しかし、交通死傷者ゼロを実現することを現在よりも強く求められる時代が来たときのため、豊田合成は安全部品メーカーの責務として二輪車用エアバッグに取り組んでいくそうです。
実際、今回、衝突試験を行ったというリリースやニュースを見た業界関係者からも問い合わせがあったとのこと。最近は、着用型のエアバッグも普及してきていますから、用品メーカーも注目するのでしょう。
実用化のハードルは高い。開発の進展に期待!
バイクにどんな衝撃が伝わったらエアバッグが開くようにするのか、いわゆるセンシングがもっとも重要だと言います。前輪にエアバッグ用のセンサーを付けたとき、ちょっとした段差を乗り越えたらエアバッグが開いちゃったなんてことになったら笑い事ではすみません。
クルマよりもはるかに小さいバイクは、エアバッグをどこに収納しておくかも大きな問題です。ゴールドウイングのような大柄なツーリングモデルや広い収納スペースがあるスクーターなどは、どうにかスタイルを壊さずに積載できそうですが、ネイキッドやスポーツモデルはとても難しそうです。
実際、バイク業界では二輪用エアバッグに対して慎重な見方が支配的です。以前、筆者が車両メーカーのエンジニアに「なぜ、二輪用エアバッグはゴールドウイング以外に広まらないのか」と聞いたことがありますが、「膨大な開発費用が必要でビジネスにならない」「エアバッグを適切に展開させるための開発テストに途方もない時間が必要」「効果が不明確」といった点が大きな理由とのことでした。
バイクで走行中にクルマなどに衝突した際に、エアバッグが適切に作動すればケガを軽減する可能性はあります。しかし、二輪に特有の複雑な事故形態において、どの程度の保護効果があるかは未知数です。エアバッグ専業メーカーの技術力に期待は集まるものの、二輪車用エアバッグがライダーをどこまで守れるかは現時点ではまったく分かっておらず、実用化への道のりは想像以上に遠いというのが現実です。バイクの安全性向上は急務である一方で、エアバッグだけですべての課題が解決できるかは分かっていません。
豊田合成での二輪車用エアバッグも研究開発の段階であり、実用化には技術的なハードルをいくつも乗り越える必要があります。四輪だけではなく二輪も含めて交通死傷者数を減らしていくことを目指す同社。バイクをより安全な乗り物にするためにも、エアバッグの開発の進捗に今後も注目していきたいと思います。
2007年にホンダのゴールドウイング(旧型)が採用したエアバッグは、実際に何人もの人命を救っているという。現行モデルもエアバッグ装備車を用意しているが、他の機種、他メーカーにはエアバッグは広がっていない。それだけ二輪用のエアバッグは難しいのだと推察する。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
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