57歳で自らの限界にチャレンジし続け、自己ベストを更新

2025年マン島TT、日本人ライダーの山中正之選手が決勝の2レースを完走!

2025年マン島TT、日本人ライダーの山中正之選手が決勝の2レースを完走!

世界一過酷といわれるロードレース(公道レース)のマン島TT(IOMTT)は、いよいよ終盤。スーパーツインTTに出場している山中正之選手は、6月3日のレース1、6月6日のレース2を完走。さらに自己ベストのラップタイムも記録した。


●文/写真:ヤングマシン編集部(山下剛)

7回目のTTで平均速度175km/h超え

2017年からマン島TTに参戦し、今年で7回目のTTを迎えた山中選手はスーパーツインTT(650~700cc2気筒)に出場。6月3日に行われたレース1(3周を2周に減周)では32位完走(総合タイム41分20秒867、平均速度109.500mph≒176.223km/h)、6月6日のレース2(3周)は25位完走(総合タイム1時間02分24秒672、平均速度108.817mph≒175.124km/h)で完走し、今年のマン島TTを無事に終えた。

しかも決勝レース2の3周目は、ラップタイムの自己ベスト更新となる110.377mph(177.635km/h)を叩き出したのだ。

「いつもはレースの1週間前にマン島入りして時差に慣れたり、コースの下見をしていました。それを今年は4月にマン島へ行ってコースの下見をして、予選ウィークの3日前にマン島に入るやり方に変えました。なぜかというと、TTの直前までバイクに身体を慣らしておきたかったからです」(山中選手・以下同)

例年どおりの方法だと、1週間以上バイクに乗れない日ができてしまう。それを避けるべく、今年は2回目のマン島入り直前までサーキットでバイクを走らせてレーシングスピードに対応した。

「これまでも車載カメラで走行動画を録っていたのですが、カメラが壊れたりでうまく録れなかったんです。なので今年は新しいカメラを買って取り付けました」

これによって予選や決勝レースの走行を見返すことができるようになった。さらにメカニックに元TTライダーのポール・オーウェンさんが加わったことで、走行動画を見ながら的確でわかりやすいアドバイスを受けることができた。

「こういうことがいい結果につながったんだと思います」

また、予選中にトランスミッションにトラブルが発生し、予備のマシンから載せ替えた。山中選手のマシンはカワサキ・ER-6fで、載せ替えたミッションは同じカワサキのエンジンながらレーシングチューンが施されたパトン・S1-Rのものだ。そのためギヤ比が異なり、とくに2~5速が最高速重視のクロスミッションのため、山中選手のマシンの最高速が上がった。

5月28日の予選走行1周目、序盤でマシントラブルが発生し、5速に入らなくなったためスピードを乗せられなかった。山中選手は1周走行後にピットに戻ったが、「マシントラブルが起きてスローダウンしていると後続車に追突される危険があるから、安全な場所で停止するように」と注意を受けたそうだ。

「ギヤ比がぜんぜん違うので、最初は戸惑いました。覚えていたシフトチェンジのタイミングと合わなくて、うまく走れなかったんです」

そのため、オーウェンさんとチーム監督のイアン・ロッカーさんのふたりが走行動画を見ながらシフトチェンジのタイミングを山中選手に細かくアドバイスした。

5月30日の予選。交換したトランスミッションに合わせられるよう調整しながらの走行だった。

とはいえ、今年のマン島TTは苦戦が続いた。昨年もそうだったが、今年のマン島も天候が悪く、雨が降らない日がまったくなかった。雨が上がっても路面は濡れたままなので、すぐに走行できるわけではない。そうしたことが続き、予選ウィークは中止が相次ぎ、本来の半分ほどしか走行できなかった。

条件はみんな同じですから仕方ないし、これがレースだ。しかし公道レースに慣れている地元のライダーたちと違い、1年に1回マン島に来るだけの山中選手にとって、TTコースを走る機会が減ることは大きなハンディキャップになる。

「条件が悪くても、今できることを全力でやるしかないです。そんな中、ポールさんのアドバイスはとても納得できるもので、シフトチェンジのタイミングだけじゃなくアクセルやブレーキのタイミングもわかりやすく、エンジンの回転を落とさない走り方がわかりました」

山中選手の大きなテーマは、全体的なスピードアップだ。全周およそ60km、コーナー数が200を超えるマン島TTのスネーフェルマウンテンコースでは、ひとつひとつのコーナーを攻略することよりも、そのほうがタイムアップにつながる、と山中選手は言う。

「コースをしっかり覚えることと、自分の走りに自信をもっとつけないといけないと思ってます。こういう部分がまだ残っているんです」

マン島TTは予選が1週間、決勝が1週間も続く長丁場のレースだ。悪天候などで走行が中止になっても、それを悔やんでばかりでは好結果につながらない。マシントラブルで走行できなくなったとしても、決勝レース前にトラブルを発見できたと前向きにとらえ、考え方や気持ちを切り替えることが重要になる。

6月1日は本来決勝レースだったが悪天候のため順延され、この日も予選が行われた。交換後のミッションにも馴染んできた。

「もう1周走りたかった」

そうして迎えた6月3日の決勝レース1は、悪天候によるスケジュール遅延のため、レース開始が何度も遅れた。さらに本来は3周のレースが2周に減った。しかも山中選手は交換したばかりのミッションにまだ順応しきれておらず、1周目の序盤こそ苦戦した。しかし、コーナーをクリアするたびに慣れていったという。

「1周目よりも2周目というふうに、だんだんと慣れてきてうまく乗れましたし、新しいミッションと走りが合うようになりました。もう1周走りたかったほどです」

決勝レース1でしっかりとマシンにアジャストできた山中選手は、決勝レース2に向けて自信をつけることができた。

「バイクも自分も調子がいいし、次のレースでタイムアップできそうな気がします。予選から走行が何度もディレイして、そのたびに走れるのか走れないのかで落ち着かない気持ちになっていて、決勝レース1もそうだったのですが、気持ちの切り替えができていました。最初のうちは、こうして気持ちを切り替えるのが難しいかなと思ってましたが、うまくできたんです」

ただ、次のレースまでの2日間という空白が長い、と山中選手は続ける。「本音を言えば毎日乗りたいですし、調子がいいときならよけいに翌日に走りたいです。違うクラスにも参戦できていればそういうこともできるのですが……」

決勝レース2までの2日間、山中選手は早朝のコース下見をし、ランニングや筋力トレーニングをし、走行動画を何度も見返し、いつもどおりのレースウィークを過ごした。

「他のレースを観たい気持ちもありますけど、やっぱり自分のレースに集中したい」

そうして迎えた6月6日の決勝レース2は、やはり悪天候のため予定より3時間ほど遅れた19時45分にスタート。トップライダーがスタートゲートを出てからおよそ5分後、山中選手がグランドスタンドを出ていった。

「レース前はいつも緊張するのですが、いろいろなことを考えれたし、ほどいい緊張だったと思います。シフトチェンジのタイミングやギヤの選択を考えながら走ってましたけど、レース前に試そうと考えていたことはできました」

1周目のピットインを済ませて2周目、山中選手は順調に走り続け、グランドスタンド前を全開で駆け抜けていく。

「バイクも自分も調子がよかったし、交換したミッションにも慣れていちばんいい走りができました」

そしてファイナルラップの3周目、山中選手は自己ベストを叩き出したのだ。しかもライダーの転倒によるイエローフラッグ、コース中盤と終盤には降雨のより路面がウェットになっている区間があった。そんな悪条件の中でも自己ベストを更新したことは、山中選手の7年間に及ぶマン島TTの経験と知識、何よりも完走してマシンを無事にピットに戻すという信念あってこそだ。

6月3日、決勝レース1をいいペースで走る山中選手。この日のレースは2周のみだったが、マシンの調子がよく、もう1周走りたいほどだったそうだ。

決勝レース1では2周目に入ると交換したミッションにもきっちりと順応でき、思うように走れたという。

「3周目は、微々たるものでしたけど、うまく乗れているという実感がありました。大きな目標にしている、全体的なスピードアップができたと思います。レース1のときもそうだったんですが、同じくらいのレベルの若いライダーに抜かれて、その後ずっと彼の後ろを走っていました。抜けそうな場面もあったのですが、彼がラインを譲る気配がなかったので、こっちは大人なので譲りました(笑)。でも彼のペースに引っ張られているのもたしかです。とにかく気持ちよく走れたレースでした」

3周のレースを終えてパルクフェルメにマシンを戻した山中選手を、チームクルーが全員で迎えてハグを交わした。

6月6日の決勝レース2、フルラップの3周を完走し、ピットロードを戻ってくる山中選手。観客やオフィシャルスタッフが完走者を称える拍手やサムアップを送り、それに応えて左手を上げる。

「リタイヤしたライダーが多かった中で、完走できたことは素直にうれしいです。点数をつけることはできませんが、自分にできることを出し切れたし、ベストを尽くしてうまくいっていい結果を出せました。みんなが喜んでくれることがいちばんうれしいです」

山中選手の今年のマン島TTはこうして好結果を残して終わった。しかし来年のTT出場も目指す山中選手にとって、すでに来年のTTはスタートを切っている。

「招待制のレースなので来年出られるかどうかはわかりませんが、帰国してひと段落したら来年に向けてまた準備をはじめます」

今年57歳になった山中選手だが、自分の限界を超えるべくまだまだ努力とチャレンジを続けていく。来年の山中選手の活躍にも期待したい。ともあれ、完走と自己ベスト更新おめでとう!

マシンをパルクフェルメに停めた後、ヘルメットを脱いだ山中選手は2レースを完走した歓びにあふれた笑顔を見せた。

パドックに掲示してある日の丸には、個人サポーターからの応援メッセージや彼らのチャレンジ目標が書かれている。サポーターたちに深く一礼する山中選手は、支援してくれている個人サポーターの思いにもしっかりと応え、すばらしいレースを見せてくれた。

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