[伊藤由里絵 靴磨き日本一周バイク旅]青森、ガラガラだった靴磨き屋に行列を作ってくれた芸術家のおばあさんの話

●文:[クリエイターチャンネル] 伊藤由里絵
北海道からスタートさせた靴磨き日本一周のバイク旅。2県目の青森県では初めて『商店街』で靴磨きをする予定でした。路上で靴を磨くのは靴磨き職人になりたての時に新宿駅前で磨いた以来。全然知らない土地の商店街で靴を磨く不安と緊張でいっぱいだった私の気持ちを変えてくれたのは、あるおばあさんとの出会いでした。
初めて青森県に入って感じたことは・・・
函館と青森市を繋ぐ津軽海峡フェリーに乗り込んで、揺られることおよそ三時間半。夕暮れ時の空をバックに港の建物が見えてきて、いよいよ本州に突入! だったのですが・・・青森に入ってまず最初に感じたことは、意外なことに強烈な寂しさでした。日本一周はまだ始まったばかり。ひとつ県を越えただけなのに、ホームシックではないけれどこの町に誰も知り合いが居ないことに急に不安を覚えたんです。
翌日から靴磨きイベントを控えている私は、初めての土地のお散歩がてらイベントを開く商店街の下見に行くことにしました。青森駅前のメイン通り商店街で、18時頃にもなるとお店の明かりは消え始めて家に帰るサラリーマンの様子がぽつぽつ見られました。イベントを開く広場のすぐ前に居酒屋があったので、入ってみることに。
「青森らしいもの食べたいんですけどオススメはありますか?」
「『生姜味噌おでん』だね。どこから来たの?」
「今、日本一周をしていて。明日ここの広場で靴磨きをするんです。」
「あぁ~聞いたよ! 君なんだ! ・・・でもねぇ、お客さん来るかなぁ。前にアイドルの人たちが広場でライブしに来たけど、お客さんガラガラでね・・・。集まるといいね。」
店主の言葉にますます不安が募っていきましたが、郷土料理の生姜味噌おでんが美味しかったのと、地元の方とお話しすることが出来たことで少しずつ気持ちも前向きになってきました。
あるおばあさんのおかげでまさかの行列に・・・
久しぶりの路上靴磨きは、最初は正直やっぱり怖さが勝りました。靴磨き道具を広げて準備をしていると行き交う人が皆何をしているんだろうと注目してくれるのですが、その視線が全部冷たいものに見えてしまったんです。
しかし準備が終わるとまもなくして、「かっこいいバイクね!! あなたが乗ってるの?」と、ひとりのおばあさんが声をかけてくれました。そのおばあさんは会話上手で、私がなぜ靴磨きをしているのかや、前職が警察官であること、そして日本一周をはじめた動機や旅の思い出まで、どんどん話が盛り上がっていって。すっかり話し込んでしまいました。
おばあさんが履いていた靴を磨くと、喜んでくれたおばあさんは今度は私では無く行き交う人たちに声をかけ始めました。
「見て! この靴ピカピカでしょう? この子が磨いてくれたのよ! この子は凄いのよ! 東京からこのバイクに乗って靴磨きしながら日本を旅しているの。」
おばあさんに声をかけられた人たちは皆足を止めて、「へぇー! 凄いね!」とどんどん声をかけてくれて、気付けば靴磨きは待ち時間が発生するほど長蛇の列に・・・!! 準備をしていたときの不安な気持ちはもうすっかり無くなっていたんです。
私一人ではぜんぜん声かけ出来なかったのに、おばあさんの営業力、凄すぎる・・・!
あっという間に行列を作ってしまったおばあさんの正体は、現役の芸術家でした。普段関東に住んでいるおばあさんは陶器製の人形作品を作っていて、自分の個展を開いては全国を飛び回っていて、ちょうど青森を訪れたところだったそう。翌日からの個展の案内をすべく、ビラ配りに商店街に出てみたら、面白そうなことをしている私を見つけて思わず声をかけてくれたのだとか。
靴磨き屋の前に行列を作ると「じゃ頑張ってね~」と笑顔で行ってしまいました。もっとお話してたかった・・・。お礼も出来なくて後悔が残ったけれど、昨日の居酒屋店主の言葉が嘘だったかのように止まらないお客さんの波に、とにかく夢中で磨きました。
おばあさんと過ごした夜
おばあさんからもらった個展のビラを見てみるとその会場は有名な温泉宿の館内で、私がこれから通るルートの途中にあるみたいで。これは行くしか無い! と、温泉宿に向かってバイクを走らせました。
「えぇー!!! あなた来てくれたの!? また会えるなんて、本当に嬉しいわ!!」
こっそり行って驚かそうと思ったらおばあさんの方からすぐに気付いてくれて、無事に再会することが出来ました。
おばあさんの勧めで私も温泉宿に一泊することに。一緒に夜ご飯を食べながらも、おばあさんは絶えず周りのお客さんたちに私のことを紹介してくれました。
私は今まで初対面の人と話すとき、自分のことを語ることはしませんでした。人は私にあまり興味がないだろうと思い込んでいたからです。けれどおばあさんが私のことを話すと、皆はすぐに興味を持ってくれて。私が思っているよりもっと自分のことを開示して良いのかもしれない、おばあさんと出会ったおかげで気づけたことでした。
その日から私は少しずつ、初対面の人にも自分のことを話せるようになってきました。最後におばあさんは、これだけは言わせて。と言ってくれた言葉があります。
「貴方は若いから、これからもやりたいことが沢山出てくると思う。あれもこれもやりたいけど自分がブレてしまうのではないかと悩むときがくると思う。そんなときはとことんブレなさい。何でも良いからやってみるの。そうした先に本当の気持ちに気づけるから。今の時代だから出来る生き方をしなさいね。」
色んなことに興味が出る私は、時折自分の軸について悩んでしまうことがあります、でもそんな時はおばあさんのこの言葉を思い出して背中を押してもらっているのです。
※本記事の文責は当該執筆者(もしくはメディア)に属します。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
最新の関連記事(伊藤由里絵)
みなさん、こんにちは! 靴磨きしながら愛車のヤマハボルトで日本一周している、いとです! 「靴磨きを始めたいけど、どんなアイテムを用意すればいいのか分からない!」なんてお悩みをよく耳にします。昔はミンク[…]
みなさんこんにちは、靴磨きしながら愛車のヤマハボルトで日本一周中のいとです! まだ暑さが残る日も続いていますが、涼しい日も多くなり、ツーリングシーズン到来となりました。この時期のおすすめは、なんといっ[…]
こんにちは! 愛車のヤマハボルトで日本一周しながら靴磨きしている靴磨き職人のいとです! みなさん、靴磨きの応用技「鏡面磨き」ってご存知ですか?? あまり馴染みのない言葉かもしれませんが、文字通り鏡のよ[…]
1分でわかる記事ダイジェスト 北海道をバイクで走りたいと思う人も多いかもしれないが、本州から離れ、フェリーでないと行けないので、ハードルはちょっと高い。そんな方に向けて、筆者が日本一周旅の道中で走った[…]
皆さんこんにちは! 愛車のヤマハボルトで日本一周しながら靴磨き職人として働くいとです! 暑~いこの季節、皆さんいかがお過ごしですか~?? さてさて、この季節にお客様からよくこんな相談を受けます。夏の間[…]
最新の関連記事(ツーリング)
ツーリングの目的地としても楽しめる「日本の峠」たち ツーリングの醍醐味にはいろいろあるが、バイクならではの「五感で感じる風景」や「季節の移ろい」を楽しむことも大きな魅力。 山/海/川/田園風景など、走[…]
空気圧のチェック。「適正圧」には意味がある タイヤの空気圧管理、ちゃんとやってますか? この「ちゃんと」管理ってとこに、実は落とし穴があるんですよね~。たとえば、空気圧が低いとグリップ力が低下したり、[…]
「ETC専用化等のロードマップ」の現状 2020年に国土交通省が発表した「ETC専用化等のロードマップ」。その名の通り、高速道路の料金所をETC専用化にするための計画書だ。これによると、ETC専用化は[…]
房総半島の意外な魅力「素掘りトンネル」 東京から小一時間で行けるのに意外と秘境感あふれる千葉・房総半島。ここには味わい深い素掘りのトンネルが多数存在する。そんな異次元空間を求めて、半日だけショートツー[…]
2年に一度、世界各国から勝ちぬいたGSライダーが競う祭典への道 BMWモトラッドは、「インターナショナルGSトロフィー2026」に出場する日本代表選手を決定する国内選考会を2025年10月11日(土)[…]
最新の関連記事(ヤマハ [YAMAHA])
16歳から取得可能な普通二輪免許で乗れる最大排気量が400cc 400ccクラスは、普通二輪免許を取ってから間もないビギナーも選ぶことができる排気量帯で、16歳から乗ることができる。 そんな400cc[…]
マイナーチェンジを実施し、ヘリテイジカラー追加 並列3気筒845ccエンジンを搭載する“ネオレトロ(Neo Retro)”ロードスポーツバイク「XSR900 ABS」。独特のサウンドも魅力の並列3気筒[…]
総合力を高めたスポーツツーリング 欧州でのみ販売される「TRACER 7」および「TRACER 7 GT」の2025年モデルが登場した。マイナーチェンジを受け、心臓部を共有する最新MT-07と同様に電[…]
RZ誕生の契機は「北米から欧州市場への転換」 ──1979年にプロトタイプが公開され、1980/1981年から発売が始まったRZ250/350は、当時としては非常にエポックメイキングな車両だった。まず[…]
“Neo Retro”ロードスポーツ:2016年モデル 発売は2016年4月15日。現代的ストリートファイターのMT-09をベースに、アルミタンクカバーなど金属の質感を活かした専用外装などでネオレトロ[…]
人気記事ランキング(全体)
ネットで注文できる1サイズ&1プライスガレージ。完成状態で運搬されてクレーンで据え置きされる サンデーメカニックなら誰もが知る工具ショップ・アストロプロダクツのホームページ上に「BIKE小屋」という商[…]
バイクライフを変えるスマートナビ「AIO-6シリーズ」 「AIO-6シリーズ」は、従来のバイク用ナビゲーションシステムが「道案内」や「車載モニター」に限定されていたのに対し、4G通信技術を搭載している[…]
昔の日本で大型輸入車に乗れるのは非常に限られた人だけ 現在の日本では様々な輸入車が当たり前のように走っているけど、昔は世界で1番厳しいとされた認証型式の取得や車検制度という高い壁があり、日本を走る外車[…]
完全に消える? それとも復活する? ホンダの名車CB400スーパーフォアが生産終了になって今年ではや3年目。入れ替わるようにカワサキから直列4気筒を搭載する「Ninja ZX-4R」が登場し、唯一無二[…]
バイクは性能だけじゃない。大胆に温故知新を貫いた 1馬力でも高く、0.1秒でも速く…。1980年代後半、そんな熱狂にライダーは身を焦がしていた。レースでの勝利を至上命題にしたレーサーレプリカが世に溢れ[…]
最新の投稿記事(全体)
※写真はMotoAmerica Mission King of the Baggers ハーレーダビッドソン「ロードグライド」のワンメイクレース! ツーリング装備をサイドバッグに絞った仕様の“バガー”[…]
昔の日本で大型輸入車に乗れるのは非常に限られた人だけ 現在の日本では様々な輸入車が当たり前のように走っているけど、昔は世界で1番厳しいとされた認証型式の取得や車検制度という高い壁があり、日本を走る外車[…]
バイク同様に開放感を楽しめるオープンカー、屋根を開けた状態での雨対策はどうなっている? ごく一部の特別なモデルやカスタムされたマシンを除くと、バイクは雨の中を走ったからといってトラブルが起きないように[…]
1948年の本田技研工業設立から77年で達成 1948年に創業したホンダは、「技術で多くの人々の生活をより便利にしたい」というブレないコンセプトで多くの国や地域のユーザーニーズに合った製品やサービスを[…]
ビヨンド・ザ・タイム(時を超えて) 「かわす性能」でライダーの頭を護り続けるアライヘルメットが、オールラウンドフルフェイス「アストロGX」の新グラフィックモデル「アストロGXビヨンド」を発売する。 ア[…]
- 1
- 2