
「天才」と呼ばれた、ふたりのレーシングライダーがいた。原田哲也と、加藤大治郎。世界グランプリ250ccクラスを舞台に、常人には知り得ない領域で戦ったふたり。引き合うように、そして、寄せ合うように。近付いたふたつの才能が、彼らだけの戦いを創り上げていく。才能が交差した2001シーズンの激闘を、原田哲也が振り返る。※全3ページ(約1万文字)
●文:高橋剛 ●写真:竹内秀信 折原弘之
鮮やかに登場した“新人”を、世界王者が迎え撃つ
まばゆい光がふたつ、ぶつかり合おうとしている。
色、大きさ、形、動き。すべてが異なる。しかしふたつの光はどちらも極めて強力で、もう他に何も見えない。
ふたつの光は、何かに導かれるように、徐々に接近している。
光と、光。
猛烈なエネルギーを発散しながら、もちろん、お互いに気付いている。だいぶ昔から、はるか彼方から、お互いのことがしっかりと見えている。
進路を俯瞰する。完全に重なり合う。いや、“重なり合う”などという生易しいものではないだろう。
衝突し、激突し、凄まじい何かが起こりそうな予感をそれぞれに抱きながら、徐々に、しかし確実に、交差しようとしている…。
2001年の世界グランプリは、そのようなシーズンとして幕を開けようとしていた。250ccクラスは、1993年に世界王者となった原田哲也と、1997年に全日本王者となった加藤大治郎が、タイトル争いの最有力候補とされていた。
【左:原田哲也】1992年全日本ロードレース、および1993世界GPの250ccクラスで王者に。ステディな走りと冷静なレース運びから「クールデビル」と呼ばれ、常に上位につけた。2002年に現役引退。現在はツーリング/オフロードラン/ホビーレースなど、幅広くバイクを楽しんでいる。【右:加藤大治郎】1997全日本ロードレース250ccクラス王者。2001年、原田との激闘を制し、参戦2年目の世界GP250でタイトルを獲得する。2002年、MotoGPに昇格し、ルーキーオブザイヤー受賞。2003年、MotoGP第1戦日本GPレース決勝での事故により逝去。享年26歳。(写真は2001年Rd.9 ドイツGPにて)
加藤は、前年の2000年に世界グランプリにデビューした。5勝を挙げて、ランキング3位。新人賞を獲得するという、鮮やかな登場だった。
その年、原田はアプリリアで最高峰・500ccクラスを戦っていた。思うように走らないマシンに悩まされ、完走すらままならなかった。
「大ちゃんと話すようになったのは、この年、彼がグランプリに来てからだね」と原田は振り返る。
原田は最高峰の500ccクラス、そして加藤は250ccクラス。直接対決ではないこともあって、まだふたりの間の空気はのんびりしたものだった。
「パドックで『元気?』なんて、あいさつする程度だったけどね。ぼけーっとしてるな、と思った(笑)。まあ世代がちょっと違うからね。向こうとしては話しにくかったって面もあるんじゃないかな」
原田は1970年生まれ、加藤は1976年生まれだ。6歳年上の原田は、かなり前から加藤のことを知っていた。
「大ちゃんは、ちっちゃい頃から『すごく速い子がいる』と有名人だったからね。まだちびっ子で、アンダーボーンのバイクに乗っても座ることができないんだ。立ち乗りしてて、それでもすごく速い(笑)。評判だったよ」
加藤大治郎(2001年Rd.12 バレンシアGPにて)
2000シーズンの中頃、原田は翌年から250ccクラスにスイッチすることが決まった。アプリリアの500ccマシンが、あまりに不出来だった。
「ちょっとひどかったね(笑)。『こんなんじゃやってても意味ないよ!』って話をして、500から撤退することになった。契約があったから、他のチームに移籍して500に残るという選択肢はなかったんだ」
原田にとっては、最高峰クラスからのステップダウンということになる。
「あの500ccマシンに乗り続けるぐらいなら、250に戻った方がマシだった。すんなり心は決まったかな」
勝つために、レースをしている。勝てないレースなら、戦う意味がない。
原田のレース哲学は、参戦クラスのステップダウンという形になってまでも貫かれた。そしてその一本気が、2001年、世界グランプリ250ccクラスでの加藤大治郎との激戦を呼ぶことになる。
当時の原田は、しかし、まだ加藤のことをそれほど意識していなかった。「250ccになれば決勝レースが500ccより先に終わるから、早めに帰れるぞ」などと考えていた。
加藤のことを気にするより前に、原田にはクラスをスイッチするという自分自身の大きな課題があった。
「2000シーズンが終わってすぐに250のテストを始めたんだけど、乗り換えはそう簡単じゃなかったよ。500は、キッチリと減速して小さく曲がり、大きく加速するという大排気量の走り。一方の250は、極限までコーナリングスピードを高めなくちゃいけない」
アプリリアの250ccマシン・RS250の仕上がり自体はよかった。かつて自分が開発した好みのフレームに、最新型のエンジンを搭載している。
しかし原田は、250ならではの恐ろしく高いレーシングスピードにはなかなか馴染めずにいた。
「2000年までが本当にボロボロだったからね。僕自身の調子も落ちてた」
一方の加藤大治郎は、2000年に新人賞を獲得し、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。ホンダNSR250も、加速力を武器にかなり強力だ。
「これはひどい差だな…」 2001年の開幕前テストで、すでに原田は厳しいシーズンになることを予感していた。
原田哲也(2001年Rd.12 バレンシアGPにて)
※本記事は2019年1月公開記事を再編集したものです(原典:『ビッグマシン』2016年8月号)。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事(原田哲也[ヤングマシン])
上田昇さんとダニと3人で、イタリア語でいろいろ聞いた 先日、ダイネーゼ大阪のオープニングセレモニーに行ってきました。ゲストライダーは、なんとダニ・ペドロサ。豪華ですよね! 今回は、ダニとの裏話をご紹介[…]
15番手からスタートして8位でフィニッシュした小椋藍 モナコでロリス(カピロッシ)と食事をしていたら、小椋藍くんの話題になりました。「彼は本当にすごいライダーだね!」と、ロリスは大絶賛。「ダイジロウ・[…]
マルケスがファクトリーマシンを手に入れたら…… MotoGP開幕戦・タイGPで優勝したマルク・マルケスは、圧巻の強さでしたね。7周目に、タイヤの内圧が下がりすぎないよう弟のアレックス・マルケスを先に行[…]
『状況によって』と予想はしたが── 前回のコラムで「状況によってはトップ5に入る」と予想していた、小椋藍くん。MotoGP開幕戦・タイGPで、本当にやってくれました! 土曜日のスプリントレースが4位、[…]
伸び伸びとテストできるサテライト、開発が大変なファクトリー 前回は、「自分に合ったマシンを作ってもらえるかどうか」という話からずいぶん脱線してしまいました(笑)。「自分に合ったマシンを作ってもらえるか[…]
最新の関連記事(レース)
アプリで『もてぎ2&4レース』決勝を予想してプレゼントをGETしよう! モーターサイクルロードレースの国内最高峰、全日本ロードレース選手権 Rd.1『もてぎ2&4レース』が、4月19日[…]
ホンダのVFやNRの影もカタチもない1977年の東京モーターショーにYZR1000デビュー! 1977年の第22回東京モーターショーのヤマハ・ブースに、白に赤ストライプのワークスマシンカラーの謎のマシ[…]
上田昇さんとダニと3人で、イタリア語でいろいろ聞いた 先日、ダイネーゼ大阪のオープニングセレモニーに行ってきました。ゲストライダーは、なんとダニ・ペドロサ。豪華ですよね! 今回は、ダニとの裏話をご紹介[…]
マシンの能力を超えた次元で走らせるマルケス、ゆえに…… 第2戦アルゼンチンGPでは、マルク・マルケス(兄)が意外にも全力だった。アレックス・マルケス(弟)が想像以上に速かったからだ。第1戦タイGPは、[…]
15番手からスタートして8位でフィニッシュした小椋藍 モナコでロリス(カピロッシ)と食事をしていたら、小椋藍くんの話題になりました。「彼は本当にすごいライダーだね!」と、ロリスは大絶賛。「ダイジロウ・[…]
人気記事ランキング(全体)
36年の“時間”を感じる仕上がり カウルが紫外線で退色し、くすんだトーンだが、じつは緑青を用いたペイント。擦れて色が剥げ落ちた箇所も塗装だ。車体右側のエンジンケースカバーやサイドカバー、マフラーには転[…]
フレーム/スタンドの別体構造と自在キャスター装備で自由に移動できる 向山鉄工のオリジナル製品である「ガレージREVO」は、バイクスタンドに自在キャスターを取り付けることで、スタンドアップしたバイクを前[…]
従来の理念をさらに深化させた「Emotional Black Solid」 今回注目したのは、新たなステップワゴン スパーダ専用に用意された、これまた新たなアクセサリー群です。その開発コンセプトは、従[…]
126~250ccスクーターは16歳から取得可能な“AT限定普通二輪免許”で運転できる 250ccクラス(軽二輪)のスクーターを運転できるのは「AT限定普通二輪免許」もしくは「普通二輪免許」以上だ。 […]
ヤマハXJ400:45馬力を快適サスペンションが支える カワサキのFXで火ぶたが切られた400cc4気筒ウォーズに、2番目に参入したのはヤマハだった。 FXに遅れること約1年、1980年6月に発売され[…]
最新の投稿記事(全体)
壮大な旅を追うドキュメンタリー映画:初夏より全国公開 ドキュメンタリー映画『タンデム・ロード』が、2025年初夏よりイオンシネマ系列で全国公開される。 本作は、映画作りで活躍してきた滑川将人とパートナ[…]
お祭りと競技、2つ同時に楽しめる無料イベント 『NAPS MOTO-FES/MOTOGYM関東(ナップスモトフェス/モトジム関東)』は、2輪用品小売/開発のナップスが主催するバイクイベント。他にない最[…]
ヤマハ トリッカー[2019] 試乗レビュー 軽い取り回しで市街地もダートも楽しい! ヤマハ セロー250とフレームとエンジンを共用しているトリッカー。“BMX感覚のサイズ感”を実現するために前19/[…]
マットの種類と選び方:寝心地で選ぶなら断然エアマット! マットの選択肢として、主にエアマット/銀マット/ウレタンマットの3種類がある。 エアマット もしあなたが寝心地を最優先に考えるならば、エアマット[…]
ホンダCBX400F:盛大に歓迎された新マルチ ヨンフォア(CB400Four)の生産終了後、2気筒のホークII、ホークIIIをリリースしてきたホンダだったが、ついに1981年11月、400cc4気筒[…]