
テレビ中継などで目にする、国賓のパレードや皇室の行事。対象者を護りながら一糸乱れぬ隊列で進む漆黒のサイドカー(側車付きオートバイ)に、目を奪われた経験はないだろうか。その秘密に迫るかのように、ホンダが自社のオウンドメディアにて、皇宮警察本部で運用されている「特別仕様のゴールドウイング」と、それを操る隊員たちの知られざる舞台裏を公開した。そこにあるのは、単なるマシンのスペック解説ではない。圧倒的な重圧のなかで「究極の安全」を担保する、プロフェッショナルたちの熱き矜持だ。
●文:ヤングマシン編集部 ●写真/外部リンク:ホンダ
華やかなパレードの裏に隠された「究極の即応性」
皇宮警察は、天皇皇后両陛下をはじめとする皇室の護衛や、皇居などの警備を専門とする警察組織である。彼らの任務において、ひときわ異彩を放っているのが側車付きオートバイだ。
なぜ、四輪車や通常の白バイではなく、わざわざ操作の難しい側車付きオートバイが選ばれているのだろうか。それは、護衛という絶対に失敗の許されない任務において「機動性」と「即応性」を最高次元で両立できるからだ。
通常のバイクであれば、いざという時には車体を停車させ、スタンドをかけてから降りるというアクションが必要になる。しかし側車付きであれば、車体自体が自立しているため、異常事態が発生した瞬間に側衛官が飛び降りて即座に対応できるのだ。
車両を盾として使いながら、必要な装備をすぐ取り出せるという利点も、VIP警護という極限の状況下では生死を分ける重要な要素となる。我々がテレビで見るあの優雅な隊列は、いざという時に牙を剥く「究極の危機管理の形」といえよう。
市販モデルとは違う。プロ仕様ならではの「バックギア」の秘密
この特別な車両のベースとなっているのは、ホンダのフラッグシップモデル「ゴールドウイング」だ。1800ccの水平対向6気筒エンジンが生み出す圧倒的な安定感は、長時間の任務でも隊員の疲労を最小限に抑えてくれる。
しかし、市販モデルと皇宮警察仕様とでは、決定的に異なる部分がある。それが「バックギア」の仕組みだ。市販のゴールドウイングには、安全な駐車をサポートするための電動リバースシステム(低速・一定速度)が搭載されている。だが、危機的状況下においては、Uターンできない狭いスペースを瞬時に切り返して脱出するような、俊敏な動きが求められる。
そのため特別車両には、エンジンの動力を直接使うバックギアが搭載されている。これにより、隊員はスロットルとクラッチを巧みに操り、パワフルな低速トルクを活かして弾かれたように後退することが可能となるのだ。このマニアックとも言える仕様変更にこそ、いかなる状況でも護衛対象を安全圏へ逃がすという執念が透けて見える。
約400kgをねじ伏せながら「涼しい顔」を保つ神業
これほど特殊なマシンを乗りこなすには、当然ながら並外れた技術が必要だ。側車付きオートバイの運転者として現場に出るまでには、じつに約5年もの歳月を要するという。
側車付きオートバイは、通常のバイクのように「車体を倒して曲がる(体重移動)」ということができない。そのため、腕力だけで重いハンドルをこじ開けるように切る必要がある。しかも、片側にエンジンを持たない側車がついているため、カーブでは遠心力で容易に側車が浮き上がってしまう。
隊員たちは、ハイスピードで曲がっても側車を絶対に浮かせない技術を叩き込まれる。と同時に、狭い空間を抜ける際には「あえて意図した分だけ側車を浮かせてすり抜ける」という神業まで習得しているという。
さらに過酷なのは、彼らがこの約400kgもの暴れ馬をねじ伏せながらも、国民や世界中のメディアのカメラの前では「格式を保ち、平然とした姿勢」を貫かなければならない点だ。ヘルメットのシールドの奥では、常に有事に備え「いつでもスロットルを瞬時にひねって対応を取る緊張感」が張り詰めている。
「黒子」として生きるプロフェッショナルの矜持
ホンダが公開したこのコンテンツを通じて我々が受け取るのは、テクノロジーの凄みだけではない。「我々は目立つ存在ではありますが、黒子に徹する。静かにお護りするのが我々の職務だ」と語る隊員の言葉に集約される、揺るぎないプロフェッショナリズムだ。
彼らは、賞賛を浴びるためではなく、ただ「何も起きない日常」を守り抜くために、今日も厳しい修練を続けている。圧倒的な技術と、それをひけらかすことのない謙虚な精神。自分の仕事や日常の運転において、我々も彼らのその「備え」と「矜持」から学べることは決して少なくないはずだ。
皇宮警察 側車付きオートバイ訓練風景の動画はこちらから
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