
元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第36回は、MotoGPライダーが普段やっている“真似厳禁”なトレーニングについて。
●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:Honda, KTM
ブレーキ以上の制動力を求める進入、スピンレートの黄金比を求める加速
ライディングにおけるスライドは、大きく分けて2種類ある。ひとつはコーナー進入でのスライド、もうひとつはコーナー立ち上がりでのスライドだ。まず、コーナー進入でのスライド。MotoGPではごく普通に見られるようになったが、何のために行っているのかと言えば、減速度を高めるため。簡単に言えば、できるだけ短い時間、できるだけ短い距離で、できるだけ速度を落としたいから、スライドさせている。
通常の前後ブレーキを使ってのブレーキングの場合、マシンに装着されているブレーキシステム以上の減速度は得られない。しかし意図的に横滑りさせれば、その摩擦抵抗が発生するので、ブレーキシステム+αの減速度が得られる。より短時間・短距離での減速が可能になる、というわけだ。
一方、立ち上がりのスライドはトラクションコントロールなどの制御が絡んでくるので、少しややこしい。基礎知識として知っておいていただきたいのは、後輪のスピンレートには黄金比というものがあって、それが概ね18%と言われている、ということだ。効率よくコーナーを立ち上がるためには、約18%後輪をスピニングさせた方がいいのだ。
各メーカーがオリジナルECUを開発できた頃のトラコンは非常に優秀だった。コーナー立ち上がりでライダーがスロットルをパカッと開けさえすれば、後輪は自動的に18%のスピンレートを保ったのだ。しかし共通ECUになって以降、MotoGPマシンのトラコンにそこまでの性能はない。今はトラコンを切って、エンジンのマッピングで制御するのが主流だ。
エンジンのマッピングによる制御は、ライダーのスロットルコントロールとの合わせ技だ。ライダーは、スタート〜序盤にはフルパワーのAモードを使い、周回を重ねるにつれてタイヤの消耗に合わせて徐々にパワーを落としたBモード、Cモードへとスイッチしていく。タイヤのグリップが低化しているのにエンジンがフルパワーのままでは、後輪がスピンしすぎてしまうからだ。それと合わせて、ライダーが絶妙にスロットルコントロールし、タイヤコンディションが変化してもできるだけ18%のスピンレートを維持しようとしているのだ。
ここが、昔の2ストマシンと今の4ストマシンの大きな違いだ。とにかくグリップ命だった2ストに対して、4ストは18%のスピンレートを要求する。そして今のMotoGPマシンは、自動的には18%を維持してくれない。だからライダーはいろんなバイクでかなりハードなライディングトレーニングをしているのだ。
写真は1997年の#7 岡田忠之と#1 ミック・ドゥーハン。攻めた結果スライドすることはあっても、積極的に滑らせていくことはなかったのが2ストマシンの時代だ。
「何かが得られるかも」のためにトライ&エラーを繰り返す
いろいろなバイクでオンロード、オフロード問わずズリズリしている動画が出回っているが、理想はバレンティーノ・ロッシが主宰のVR46のランチ(Ranch)で行われているダートトラックだろう。一般的なダートトラックは左回りのみで、マシンにはフロントブレーキがない仕様。しかしVR46のランチで設定されているコースは左右両方のコーナーがあり、マシンはフロントブレーキも装備。よりオンロードに近く、より滑りやすい状況でトレーニングできることになっている。
しかし、ダートコースは維持管理が想像以上に大変で、コストもかなりかかる。そこで多くのライダーたちは、オンロードでさまざまなバイクを使ってトレーニングしているのだが、今度は果たして「違うバイクでのトレーニングで成果は得られるのか」という問題が出てくる。
ここはなかなか難しい。今のMotoGPマシンは1000ccだが、じゃあ250ccの量産車を走らせれば1/4の速度域で同じような挙動が起こるのか、と言えば、そんなことはないからだ。バイクの挙動は、排気量や速度域の大小高低によってキレイに相似形になるわけではなく、それぞれに固有の挙動がある。つまり、MotoGPマシンのトレーニングをするには、MotoGPマシンに乗るしかない、というのが真実だ。
だが、別のバイクでトレーニングしていても、何かが得られる“かも”しれない。何か役に立つ“かも”しれない。その“かも”のためにさまざまなトライ&エラーを繰り返し、どんなに些細なテクニックでもいいから何かを見つけようとして懸命にトレーニングしているのが、今のMotoGPライダーたちだ。本当に大変だ……。
「ふうん。MotoGPライダーがやってるトレーニングなら、オレもやってみようかな」。絶対にやめてください。最近ライダーのトレーニング風景としてSNS等に出回っている映像の多くは、あまりにもレベルが高く、同時にリスクも高いので、あなたがMotoGPライダーではない限り、マネしようなんて思わない方がいい。事実として、トレーニング中のケガによる離脱や不調が、最近はかなり増えている。ハッキリ言って、危ないです。
そういえばマーベリック・ビニャーレスが8の字(とは言ってもめちゃくちゃハイレベル)の練習をしている動画もあった。ビニャーレスはトレールブレーキ(引きずりブレーキ)をあまり使わないタイプ。フロントブレーキをいち早くパッとリリースし、本来なら曲がらないところを後輪を滑らせることで回り込むライディングスタイルだ。
後輪のグリップが得られる状況なら速いけれど(ややこしい話だが、グリップが高いほどスライドはコントロールしやすい)、そうでなければすぐに調子を崩してしまう。コースや路面状況によって成績の波が大きいのは、このあたりが要因だ。
そこへきて8の字は、しっかり減速しないと次の旋回がキツくなる。ビニャーレスも頑張ってライディングスタイルを変えようとしているんだなぁ、と、感慨深い……。世界トップのMotoGPライダーたちが、それぞれに課題をどうにか克服しようとして行うトレーニング。それらを経て迎える2026シーズン。セパンテストでの各ライダーのライディングの見方が、少し変わる……かもしれない。
【動画 ビニャーレスの8の字ほか】BACK TO THE WINNING PATH | Jorge Lorenzo y Maverick Viñales | Cap.1: Tengo un plan
9分12秒あたりを参照
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