コロナ禍によって起きたバイクバブルが終わり、新車・中古車や用品の販売状況もコロナ前に戻りつつあるいま、せっかく増えた新規ライダーを含む多くのライダーに、バイク業界側は何を提供しないといけないのか。誰もがバイクの楽しさを享受できる持続可能なバイクライフをこの先も継続するための考えを聞いていく。今回ご登場いただくのは、7月19~21日に開催された2024FIM世界耐久選手権第3戦・鈴鹿8時間耐久レースに、サステナブル素材を使用して挑んだ「チームスズキCNチャレンジ」のプロジェクトリーダーを務めた佐原さん。レースへのファクトリー参戦を終了したスズキが、再びサーキットに帰ってくると大きな話題を集め、決勝レースでも上位での完走を果たした。今回のチャレンジについて詳しく語っていただいた。
●取材/文:ヤングマシン編集部(Nom) ●写真:箱崎太輔、スズキ、編集部 ●取材協力:スズキ
1年前の鈴鹿でのFIM会長とスズキ首脳陣との面談がチャレンジのきっかけ
2024年3月22日、東京モーターサイクルショー(以下東京MCショー)のプレスデイで突如発表された「チームスズキCNチャレンジ」。2022年シーズンをもって、サステナビリティの実現に経営資源を集中するという理由で、モトGPおよびEWCから撤退したスズキが、再びサーキットに戻ってくる。それも、鈴鹿8時間耐久レースという大舞台にということで、スズキファン、レースファンは歓喜の声を挙げた。
それからわずか4か月後、再びサーキットに戻ってきたブルーのGSX-R1000Rは、7月21日の決勝レースで見事に8位完走を果たし、多くの感動と将来への展望を我々に与えてくれた。
「2023年の8耐のときに、FIM会長とスズキの首脳が面談した際に、サステナブルな燃料で参戦する考えがスズキにあればFIMは全面的に応援するという話があり、サステナビリティとカーボンニュートラル(以下CN)に取り組んでいるスズキとしてはこれを好機と判断し、2024年の8耐参戦の可能性について検討するよう指示がありました。その時点で自分としてはどうすればやれるかという観点で検討を始めました。とはいえ、レース撤退に伴ってレースグループは解散していたので、スタッフもいないし、機材もバイクもない。そこで、ヨシムラジャパンの加藤社長に相談したら、協力しますと二つ返事で引き受けてくれて、ベースマシンは確保できたので何とかなると思いました」
ヨシムラがEWCで使用しているマシンを貸与してもらうことが決まり、そこから具体的に話が進みだした。
「燃料は、今年からWSBKでも使用されている40%バイオ由来の燃料に決まりましたが、レースに出るためにはタイヤやオイルなども協力してくれるサプライヤーさんが必要です。サプライヤーさんやヨシムラさんに相談すると、サステナビリティや環境性能のための開発品をいくつも紹介いただき、今回、8耐で使用したアイテムが集まってきました」
スズキが最初にやるから意味がある、だからプロジェクトの社外秘を徹底した
燃料だけではなく、ほかのパーツにもサステナブルなアイテムを使用する。これには経営陣も諸手を挙げて賛同してくれ、東京MCショーでの発表になるのだが、佐原さんは発表までは社外秘を徹底したそうだ。
「こういう取り組みを、スズキが最初にやるということに大きな意味があるので、発表までは情報管理に気を遣いました。また、モトGPを担当していた私がこの取り組みに関わることも、前述のようなモトGPを撤退した理由に鑑みると、分かりやく話がつながると思いました」
そして迎えた鈴鹿8時間耐久レースの予選・決勝。多くの方がすでにご存じのように、予選を16番手(2分8秒077)で通過した「チームスズキCNチャレンジ」は、決勝レースもノントラブルで216周を走り抜き、8位でチェッカーを受けた。レース中は常に10位前後で周回し、転倒を含む大きなトラブルは一切なし。スズキ・ファクトリーの底力を見せつけた。
「燃料をはじめ、サステナブルアイテムを多数採用していましたから、一番の目的は完走してデータをちゃんと採取して、そのデータを検証して成果をまとめること。だから、ゆっくり走って完走しても意味がない。速さにもこだわって、しっかり負荷をかけた状態で8時間走り切るのが目標でしたから、決勝に関してはパーフェクトでしたね」
気になるのが各所に採用していたサステナブルアイテムが、ちゃんと機能していたかということ。特に、性能/タイムに直接関係してくる燃料、オイル、タイヤはどうだったのか。テクニカルマネージャーを担当した田村さんに聞いた。
「燃料についてはすでにいろいろなところで使用されて実績がありましたが、オイルは今回、初めて使うものでした。ですから、走行前にベンチテストを繰り返して、油圧低下がないか、オイル消費はどうかをしっかり確認したうえで、メカロスも含めてレースで使用できるという判断をして走行に入りました。CN燃料ということで、多少なりとも燃料が混入してオイルを希釈する可能性も考えられたので、あの暑い中でのレースで油圧保持がどこまでできるかが懸念事項のひとつでしたが、問題はありませんでした」
ブレーキディスクやブレーキパッド、もちろんエンジンもだが、性能で比較すると、通常使用しているものと同等レベル。ただ、エンジン、ブレーキともに特性やフィーリングが異なり、ライダーがその特性に合わせて乗り方を変える必要があったそうだ。しかし、タイムが証明しているように、サステナブルアイテムのせいでパフォーマンスが低下することはなかったという。
そして、多くのレース関係者がもっとも驚いたのが、リサイクル技術で生成したカーボンブラックを使用したブリヂストンタイヤだ。
「タイヤのことは、あまり深く語れないんですが、ブリヂストンさんなので品質面は最初からまったく心配していませんでしたし、ブリヂストンさん自身でサーキット走行を含むテストを繰り返していて、そのデータもいただいていました。タイヤも他のサステナブルアイテムと同じで、パフォーマンスの優劣ではなく特性に違いがありましたが、そこはライダーが適応してくれました。タイムが性能を証明していて、スティントの後半でのタイムの落ち方含め、他のブリヂストンタイヤ勢とまったくそん色なかったです」
今後、CNの実現のために、バイクメーカーは素材も含めさまざまな変化、転換を求められていくことだろう。今回のスズキのCNチャレンジは、その変化、転換の道筋に大きな明かりを示したに違いない。
今回使用されたCN/サステナブルパーツ
二輪部門だけのプロジェクトではなく全社プロジェクトの形で行った
さて、今回のチャレンジではどうしても参戦マシンに注目が集まりがちだが、スズキとしてはもうひとつ大きな挑戦があった。それは、バイクを使用したプロジェクトながら、二輪・四輪・マリンなど、スズキ全社での取り組みとしたことだ。
「モトGPをやっていたときも、情報発信だったり交流や共有が全社的にできているか疑問を感じていました。レースは技術開発の場でもあるので、そこで生まれたものは二輪だけじゃなく、四輪、マリンなどスズキが持つすべての商品にフィードバックしなくちゃいけない。今回は、CNというスズキという企業の大きな目標へのチャレンジでしたから、なおさら全社を挙げてやらないといけないと思いました」
具体的にとった手段は、チーム運営スタッフを全社から公募することだった。そもそもスズキのレースグループは解散したままだから、運営チームを作らないといけない。もちろん、レーシングマシンを走らせるのだから、モトGPなどの経験があるスタッフが必要で、コアメンバーと呼ばれる専門スタッフ約10名のほか、ヘルパーやサインマンといったピット周りのスタッフは社内公募を行ったそうだ。
「とても多くの方々が応募してくれました。その中から選ぶのは体力的にも、精神的にもつらい仕事でしたが、こんなに多くの人が応援してくれるんだとありがたかったです」
そうやって選ばれ、実際、鈴鹿で8時間耐久レースを一緒に戦った公募メンバーが、自分の職場に戻って今回の経験を仕事に生かし、さらに周りの人にも伝えて欲しいと佐原さんは言う。
過酷なレースの現場は、人材育成の格好の場所とよく言われるが、CNという自動車メーカーが直面している難題の旗の下、強い共通意識が生まれ、それが今回のチャレンジ成功の大きな一因になったとも言えるだろう。
最後に、次のCNチャレンジについて聞いた。
「8耐に関しては、自分たちでハードルを上げちゃいましたから、さらに上位での完走が目標です。当然、新しいサステナブルアイテムも加わっていくでしょうし、スズキとしてはそれを機能させるためのハードウエアの開発も行う必要があります。今年はヨシムラさんのマシンでしたが、エンジン、車体、制御まで含めスズキとして動きたいですね。そして今度はそれをヨシムラさんにフィードバックする。そうなると、本当にWIN WINの関係になれますよね」
世界中のスズキファン、レースファンに勇気と感動を与えた全社一丸となった「チームスズキCNチャレンジ」。その挑戦はまだ始まったばかりだ。
「正直言うとできすぎです」
昨年のFIM会長との面談後、鈴木社長から「出てみなさい」と言われ、どういうやり方がいいか考えて今回の全社を巻き込んだ活動を決定したのが、二輪事業本部長の田中強さん(写真左)だ。「できすぎですけど、私がイメージしていたことが形になって嬉しい。今回はレースに参加することが目的ではなく、あくまでサステナブルアイテムの開発を促進させるために、過酷な環境のレースを利用したのです。レースは走る実験室ですからね」
佐原さんの提言
- 新たなサステナブルパーツも取り入れていく
- CNに全社を挙げて取り組んでいく
- 次はエンジン、車体、制御を含めた開発を行う
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
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