「聞いてないよ~」でドタバタに

山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.49「2008年の日本GPは例年以上に慌ただしい幕開け」

ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、そのタイヤ開発やレースの舞台裏を振り返ります。2008年、ブリヂストンはMotoGPクラス連覇に王手をかけて日本に凱旋。しかしその裏側では、翌年のワンメイク化に対する問題も深刻化して……。

TEXT:Toru TAMIYA PHOTO:MOBILITYLAND

前年に続き、日本GPでタイトル決定の可能性が!

2008年のシーズン後半、ロードレース世界選手権の最高峰となるMotoGPクラスのワークスチームとしては異例中の異例とも言える、シーズン途中でのタイヤメーカーチェンジを敢行したホンダワークスチームのダニ・ペドロサ選手は、シーズンも残り5戦となった第14戦インディアナポリスGPで、初めてブリヂストンタイヤを履いてレースに臨みました。このときの決勝は、ハリケーンの影響で非常にコンディションが厳しく、当然ながらブリヂストンのレインタイヤなんて一度もテストしたことがなかったペドロサ選手は決勝8位。また、ドゥカティワークスチームのケーシー・ストーナー選手もトップ3にはついていけず、4位に終わりました。レースは、残り8ラップでセーフティフェンスが強風で破損して舞い上がったことから赤旗が提示され、そのまま終了。そして勝利を収めたのは、ランキングトップでこのレースに臨んだヤマハワークスチームのバレンティーノ・ロッシ選手でした。

2008年第15戦日本GPに臨むバレンティーノ・ロッシ選手。 [写真タップで拡大]

これにより、ロッシ選手は2番手のストーナー選手に対して87点、3番手のペドロサ選手に対して94点のポイントリード。残りは4戦なので、次のレースで例えばストーナー選手が優勝してもロッシ選手が3位になれば(ロッシ選手が2番手以下を76点以上引き離してゴールすれば)、ロッシ選手のチャンピオンが決まるという状況になりました。そしてその次戦とは、日本GPだったのです!

前年、ストーナー選手のライディングによってブリヂストンがMotoGPで初めてチャンピオンに輝いたときも、タイトル獲得が決定したのは日本GPでした。しかし2008年は、ロッシ選手もシーズン序盤は優勝がなかったし、ストーナー選手も成績にムラがあったので、我々が再びチャンピオンになるとしても、日本でそれが決まることはないだろうと考えていました。ところが、第11戦アメリカGPからロッシ選手が4連勝し、逆にストーナー選手やペドロサ選手がポイントを大きく取りこぼしたことで、ロッシ選手のリードが一気に拡大。「可能性がある」を飛び越して「ほぼ間違いなく決まる」という状況で、ホームグランプリを迎えることになったのです。

HRC社長が会見でとんでもないことを……

日本GPはインディアナポリスGPの2週間後。そこで我々は、慌ててチャンピオンTシャツやキャップなどを製作することになりました。とはいえ、これは昨年もやっていますから、それほどドタバタすることもナシ。シーズン中盤では、ロッシ選手かストーナー選手のどちらかがチャンピオンだろうという感じになっていましたし、開催地が日本なので発送の日数もかなり短く済みますしね。

ところが、レースウィークに入ってからはとにかく大変なこと続きでした。まず、走行初日を翌日に控えた木曜日の特別な記者会見で、HRCの社長が「本人の希望があれば、来年はニッキー・ヘイデン選手にもブリヂストンタイヤを履かせたい」と発言。私はその会見会場にいなかったのですが、ホンダの広報関係者が走って我々のプレハブ事務所にやって来て、「我々も想定外だったのですが、ウチの社長がこんなことを……」と報告を受けました。そしてそれとほぼ同時に、今度は海外のメディアがどっと我々の事務所に押し寄せてきたのです。

この件に関しては、当事者である我々にとっても寝耳に水。メディアに対して何と答えるかなど、当然ながらまったく考えていません。そこでとりあえず事務所を締め切り、対応策を検討。もちろん、事実に対して正しい答えは「聞いてないよ」なわけですが、イタリアやスペインのメディアというのは根掘り葉掘りしつこく質問した挙句、尾ひれも背びれも付けて記事にするような連中です。ほとほと困り果て、ホンダの広報を交えて随分と協議しました。

チームで判断してもらうしかないが、ワンメイクは回避したい

この段階では、まだ翌年のタイヤワンメイク化が決定的だったわけではありませんでした。とはいえ、MotoGPを運営するドルナスポーツのカルメロ・エスペレータ会長としては、かなりその方向に気持ちが傾いている状況。ミシュラン勢のチームには、スポンサーのほうから「どうして勝てないんだ?」とか「タイヤが悪いならブリヂストンを使え」といったプレッシャーがかなりかかっていたようで、その不満がエスペレータ会長のほうにも上がっていたようです。これを受けてエスペレータ会長はミシュランに対して、「来年にミシュランを使用するチームを最低〇チーム確保しなければ、ワンメイクにする」と通告していたようです。

実際、2008年にブリヂストンを使用していたとあるワークスチームの代表から、「山田さん、ミシュランからこんなこと言われちゃったんですけど、どうしましょう?」と相談も受けました。ミシュランとしては、とにかくサポートチームを確保するために、多くのブリヂストン使用チームに翌年のオファーをしていたのです。エスペレータ会長からのプレッシャーにより、そうやってチームを獲得するしかないし、私が逆の立場だったら同じ行動を取ったと思いますが、非常に厳しい状況だったと思います。私に「どうしましょう?」と聞かれても、それはチームで判断してもらうしかありません。当然ながら我々としては「どうぞどうぞ、来年はミシュランで」とも言えませんし、「断ってください」と言えば我々が望まないワンメイクへの可能性が高まるわけですから……。心情的には、一緒に戦ってきたチームとは信頼関係もできていたので、離脱してほしくはないと思う反面、ワンメイクを回避するにはミシュラン陣営に移るチームがいないとまずいという状況で、本当に困ったのです。まあとにかく、そんなこんなでエスペレータ会長がかなりワンメイク化に本気であることや、ミシュランが苦しい状況にあることは知っていました。そこに加えて、HRC社長の発言。走行がスタートする前から、かなり難しい対応を迫られるグランプリになりました。

日本GPの裏側では波乱含みの中、チャンピオン獲得へ向けたレースがスタートする。 [写真タップで拡大]

そうでなくても、日本GPというのはブリヂストンの役員などもたくさん応援に駆けつけてくれましたから、その応対だけでもかなり大変です。日本GPではホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキのお偉いさんも会場にいらっしゃるのが普通なので、こちら側の役員を連れて各メーカーやドルナスポーツへご挨拶に出向くのですが、そのための時間を調整するため先方の秘書室などに連絡するのは私の仕事でした。時間と場所を分単位で調整しなければならず、もちろんブリヂストンサイドもある程度のところは秘書などに任せるのですが、件数が多いためこれもなかなか大変な業務でした。

この頃、もう私はタイヤ開発に関する実務(走行後のライダーからコメントを取得してタイヤ開発につなげるなどの仕事)にはノータッチでした。もちろん、現場でライダーやチーム関係者と話をすることは多々ありましたし、問題が生じた場合には私が率先してライダーやチームと話していましたが、チームの代表やマネージャーとのコミュニケーションづくり、記者会見や作成されたリリースのチェック、そしてプロモーション関連などが主な業務。さらにホームグランプリとなる日本GPでは、イベントブースでのライダートークショーなどの企画や、VIPホスピタリティの運営、社員応援席の企画など、とにかくやることが満載。そのため“レースなんてやっている場合ではない”ほど多忙なのですが、この年はさらに、ロッシ選手がブリヂストンで走る初年度ということで、さらに忙しさが増したのです。この話は、また次回に!


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