新設計の水冷Vツインを積む大型アドベンチャー「パンアメリカ」のリリースに続き、同系統エンジンを搭載する「スポーツスターS」も登場、一気に水冷エンジンのラインナップ拡充を進めるハーレーダビッドソン。100年以上も拘り続けてきた空冷45度Vツインのイメージが強烈な同社ではあるが、実は過去に何度も水冷エンジンにトライしている。その真打ちとなりそうな“レボリューション・マックス”が登場した今、その歴史を振り返ってみよう。
●文:ヤングマシン編集部
水冷H-Dその① V4搭載! ノバ・ツーリング[1981]
世界GPに参戦していた’70年代の250cc/350ccレーサー(伊アエルマッキ製の水冷2ストを搭載)などを除けば、“水冷ハーレー”として現存する最古の車両は1981年に作られたプロトタイプ車「ノバ・ツーリング」だ。日本製高性能車への対抗策として進められていた「ノバ・プロジェクト」から生み出された1台で、1000ccの水冷V4エンジンを搭載していた。
エンジン設計は西ドイツ(当時)のポルシェが担当しており、このV4を2分割したV2や、+2気筒のV6といったモジュラー化を想定していたと言われる。今見ると、空冷と見紛う立派な冷却フィンや、シート下に置かれて見えないラジエター(冷却風はフロントカウルのダクトから取り入れる)など、水冷であることを極力隠すような仕立てとされている点が興味深い。
当時、ハーレーのエンジンは通称ショベルヘッドの時代。この後、1984年に新世代の空冷45度Vツイン“エボリューション”が発表されるのだが、少し歴史の歯車がズレていれば、ハーレーはここで水冷化されていたのかもしれない!?
水冷H-Dその② 打倒ドカ! ホモロゲモデルVR1000[1994]
エボリューションの発表からちょうど10年後の1994年。ハーレーは4気筒750cc以下、2気筒1000cc以下というレギュレーションで争われていたスーパーバイク選手権への参戦を発表、そのホモロゲーションモデルとして発表されたのがVR1000。ノバに続く2代目の水冷ハーレーだ。
エンジンはDOHC4バルブヘッドを備えた995ccの水冷60度V2で、キャブレターが主流の時代に燃料噴射を採用して135hpを発揮。これを見るからに頑強なアルミツインスパーフレームに搭載する。当時、排気量の利を生かしてスーパーバイクレースを席巻していたドゥカティLツイン、851/888系を標的に据えた完全なレーシングマシンだった。
まずレースバージョンを発表したVR1000はその後、AMAスーパーバイク選手権のホモロゲーションに必要な50台のストリート仕様を生産。これを諸規制の緩かったポーランドで販売したとされる(実際に販売されたかどうかは諸説あるが、公道仕様のVR1000は現存する)。市販車と言うにはやや苦しい台数であり、そういう意味ではノバ・ツーリングに近い立場かもしれない。
「高性能車と渡り合えるハーレー」への再挑戦だったVR1000は、1994年から2001年までAMAスーパーバイク選手権に都合8シーズン参戦。ドゥカティLツインや国産4気筒勢を相手に戦ったものの、結果的には一度も勝利を収めることはできなかった。しかし、ここで培われた技術が次なる水冷ハーレーに生かされることになる。
水冷H-Dその③ 初の水冷エンジン市販車・V-ROD[2001]
ノバ・プロジェクトから20年を経た2001年に発売されたのが、水冷ハーレーとして初の一般市販モデルとなるVRSCA V-ROD。当時、パフォーマンスを追求してエンジンにまで手を入れたハーレーカスタムが増殖していたことを受けて開発された、ドラッグレーサーイメージの高性能クルーザーだ。
そして、このV-RODが搭載していた新エンジン“レボリューション”こそ、基本設計をVR1000から引き継いだものだった。DOHC4バルブヘッドを持つ水冷60度Vツインというアウトラインは同一で、排気量はVR1000の955cc(ボア✕ストロークは98✕66mm)から1131cc(同100✕72mm)へと拡大、当時のクルーザーとしてはかなりの高出力となる115psを8500rpmで発生していた。
ハーレーは1999年に、エボリューションの後継となる空冷エンジン“ツインカム88”を登場させたばかり。その2年後に現れた水冷のレボリューションは、20年来の宿願だった「高性能ハーレー」がついに形になったものと言える。空冷系ほどの人気は得られないまま2017年に生産を終了してしまったものの、高回転域の豪快極まりない加速力とハーレーらしい低中回転の鼓動感を併せ持った、非常に痛快なエンジンだった。
水冷H-Dその④ 空冷にしか見えない! ツインクールド[2014]
アメリカ国内での制限速度の上昇や排気ガス規制への対応策として、年々排気量を増大させていた空冷ビッグツイン系。その弊害としてエンジンの放熱量も増え続けており、1689ccに達した“ツインカム103”では、夏場のライディングなどには少々厳しいレベルにまで達していた。
その放熱量を抑えてライダーの快適性を高めるために投入されたのが、シリンダーヘッドだけを水冷化した「ツインクールド」という新機構。「プロジェクト・ラッシュモア」と命名された、2014モデル(登場は2013年)のツーリングファミリー大改良における目玉メカニズムだった。採用されたのは同ファミリーの最上位機種・ウルトラリミテッドと次点グレードのエレクトラグライド・ウルトラクラシック、さらにファクトリーカスタムであるCVOリミテッドで、左右のロアフェアリング内にラジエターを分割して配置する。
そのため、ラジエターは外から全く視認できず、しかもシリンダーヘッドには冷却フィンが残されているため、外観上は空冷エンジン車と区別がつかない点も興味深い。このツインクールド機構は2016年に登場した4バルブの新エンジン“ミルウォーキーエイト”にも引き継がれ、現在もツーリング系のトップモデルに採用されている。
水冷H-Dその⑤ 若者向けクルーザー・ストリート500/750[2015]
高級車ゆえの悩みとして、購入者の平均年齢が年々上昇していたハーレーダビッドソン。その状況を打破すべく、30代以下のライダーの嗜好を徹底的にリサーチした結果「足着きがよく、市街地を軽快にキビキビ走れる」新世代のハーレーとして2014年に登場、2015モデルとして発売されたのがストリート500/750だ。
エンジンは新開発の“レボリューションX(エックス)”で、その名称からも分かるように、V-RODのレボリューション系と同じ60度のバンク角を持つVツイン。排気量は69✕66mmのボア✕ストロークを持つ494cc版(日本へは未導入)と、ストロークはそのままボアを85mmまで拡大した749cc版の2本立て。「渋滞した市街地でも安定した性能を発揮するため、水冷機構を導入した」とハーレーはアナウンスしている。
このレボリューションXはハーレーらしい鼓動感こそ薄いものの、低〜中回転域で発揮される鋭いアクセルレスポンスが自慢で、小柄な車体とも相まって市街地でのダッシュ力は思わず目を見張るほど。“街中最速のハーレー”を名乗るに相応しい出来だった。2016年には倒立フォークを採用し、出力特性を高回転寄りとした「ストリートロッド」も登場するなどバリエーションを拡大するが、2020年モデルを最後に、わずか6年でレボリューションX系はラインナップから消滅している。
水冷H-Dその⑥電動だけど水冷! ライブワイヤー[2019]
メジャーな2輪メーカーとしては世界初の市販電動スポーツバイクとなるライブワイヤー。リッターバイクに匹敵する0-100km/h加速3.0秒という速さも注目だが、リチウムイオンバッテリー下に配されるモーターをあえて縦置きして、出力軸の向きを90度変換するベベルギヤを設け、独特のメカニカル音を聞かせるなどハーレーらしいフィーリングの作り込みも特徴だ。
“レベレーション(Revelation)”と名付けられ、最高出力105hp、最高回転数15000rpmを発揮するライブワイヤーのモーターだが、実はウォータージャケットを持つ水冷で、車体前面には小型ラジエターも備えられている。エンジン車でこそないものの、実は水冷ハーレーの仲間なのだ。
水冷H-Dその⑦ 真打ち!? パンアメリカ/スポーツスターS[2021]
ハーレーが初のビッグアドベンチャーに挑んだのが発売されたばかりのパンアメリカ1250。“レボリューション・マックス”と名付けられたDOHC4バルブの60度Vツインはストレスメンバーとして車体の一部を兼ねる構造で、クランクピンを30度位相させて90度V2と同じ爆発間隔を得るほか、吸排気両側の可変バルタイ機構や1次/2次のバランサー機構など、ハーレーのエンジンとは思えないようなメカニズムが投入されている。
さらに7月、ハーレーはこのレボリューション・マックスを搭載したボバータイプのクルーザーを「スポーツスターS」の名称で発表した。1957年の登場以来、4本のカムシャフトを持つ空冷45度Vツインとイコールの存在だったスポーツスター系はここ数年、生産終了がまことしやかに噂されてきた。しかしスポーツスターSの登場により、水冷へと世代交代することが確定的になったと言えよう。
この2台の新世代ハーレーは“ついに水冷の真打ち登場か!”と感じさせる、高い完成度や凝ったメカニズム、そして魅力的なルックスを有している。歴代の水冷ハーレーは、その実力に反してどうしてもマイナーなイメージがつきまとってしまう存在だが、レボリューション・マックスはそうした風評を吹き飛ばしてくれそうな勢いが感じられる。今後はどんな展開が控えているのか、ハーレーの“真・水冷“の今後を楽しみにしたい。
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