
奥様にクルマをプレゼントというのは時折耳にする話ですが、クルマがフェラーリだとするとまあまあニュースになるもの。イングリッド・バーグマンが夫のロッセリーニ監督から贈られたフェラーリ375MMなどは今でも話題に上るかと。また、北米随一のフェラーリ・ディーラーにして、エンツォとも親しかったルイジ・キネッティも奥様にフェラーリをプレゼントしています。しかも、貴重なデイトナ・スパイダーをミケロッティに仕立て直させたという逸品です。
●文:石橋 寛(ヤングマシン編集部) ●写真:RM Sotheby’s
エンツォの親友と呼ばれた男がオーダー
ルイジ・キネッティは生粋のイタリア人で、そもそもはルマンで3回も優勝を決めたプロレーサー。第二次大戦後、アメリカにわたりフェラーリのディーラーを立ち上げることに。敗戦後のイタリアで落胆していたエンツォに、レーシングカー作りを続けるよう励ましたエピソードも有名です。
もちろん、キネッティはディーラーだけでなく、NART(North American Racing Team)を立ち上げて、フェラーリやコルベットといったクルマでのレース活動にも精力的に取り組んでいました。
とにかく、イタリア人気質とでもいうのでしょうか、情熱的で派手好き、とりわけレースシーンでの話題には事欠かない人物でした。
そんな彼が奥様のマリオンにフェラーリをプレゼントしたのは、1977年のこと。この頃はキネッティの最盛期ともいえるタイミングで、ビジネスとレース活動ともに大成功を収めていたのかと。
それまで、キネッティは何台かのクルマをマリオンに贈っていたためか、普通のプレゼントでは事足りないと考えたようです。そこで、レーシングカーの製作で懇意にしていたミケロッティに「マリオン用にスペチアーレなフェラーリを」とオーダーしたのでした。
ルイジ・キネッティが奥様のマリオンのためにミケロッティに作らせたのが、デイトナ・スパイダーをベースにしたオリジナルモデル。
デイトナの面影よりも、後の308などに通じるデザインが特長。5台が作られ、少なくとも2台はNARTによってレーシングカーに仕立てられています。
120台しかないデイトナ・スパイダーを大胆にカスタム
注文を受けたミケロッティは、アメリカでも大人気だった365GTB/4、いわゆるデイトナ、しかも生産台数が限られていたスパイダーをカスタムしてはどうか、とキネッティに打診。
すると、生来のビジネスマンでもあるキネッティはそのアイデアにピンときたらしく、「だったら5、6台まとめて作ってよ」と大胆なオーダーをしたのでした。
売れるクルマになること間違いないと踏んだ彼の皮算用は大当たりして、けっきょく5台の「デイトナNARTスパイダー」が完成と同時に完売(うち1台は奥様向け)したのでした。
ご覧の通り、デイトナの面影はほとんど残っていないものの、スラントしたノーズや、格子状のグリル、そして丸形2灯のテールランプなどはフェラーリの文法そのもの。むしろ、後のミッドシップモデル、308に通じるニュアンスさえ感じられます。
ブルーが好きだったマリオンの好みを反映した2トーンブルーのボディに、テラコッタのレザーインテリアはじつにフェミニンなコーディネート。仕上げは、ドアハンドル上に記されたマリオンのネームですから、それはもう奥様も喜んだに違いありません。
テラコッタとショコラと呼ばれる美しいレザーのコンビ。インテリアの仕上がりにもミケロッティのセンスが存分に発揮されています。
トランク内もご覧の通り、インテリアと等しくエレガントな仕上がりで、いかにもリッチな女性が好みそうなもの。
ついでにルマン仕様も作っちゃいました
3年後、彼は「マリオン・スパイダー」をミケロッティに貸し出し、1980年のトリノモーターショーで展示されています。好評だったのか、その後もフランスのルマン博物館で2年間展示され、1984年にはコンクール・デレガンスにも出品されるなど引っ張りだこ。
ですが、1985年にアメリカに返された時にはマリオンは亡くなっていたという皮肉な結末。翌年にキネッティはこのクルマを手放したという、ちょっと切ないエピソードが伝えられています。
ちなみに、マリオン・スパイダー以外のミケロッティ作品は、NARTによってレーシングカーに仕立て直されています。
この「フェラーリ365 GTB/4 NARTスパイダー・コンペティツィオーネ」は、レギュレーションの縛りがあったためタルガトップ仕様となったほか、エンジンチューンも施され、1975年のルマンにエントリー。
4分31秒08という予選タイムを記録しながら、キネッティが主催者ともめたことからスタート直前に撤退するというトラブルが発生。この顛末は、機会があれば稿を改めてお伝えしましょう。
さて、マリオン・スパイダーは65~75万ドル(約9000万~1億2000万円)と、大方の予想通り高い指値でオークションに出品されています。
キネッティのひそみに倣って、奥様にプレゼントするのもいいでしょうが、その前に「マリオンて誰よ!」と詰められないよう、しっかり説明しておくのが吉でしょう。
クーペが1400台ほど作られたのに対し、デイトナ・スパイダーは120台程度と貴重な存在。
ミケロッティのデイトナをベースにレーサー仕様にしたマシン。1975年にルマンへエントリーするもスタート直前に撤退というドラマがありました。
デイトナ NARTスパイダー 外観イメージ
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