
メルセデスベンツにAMGという親密なパートナーがいたのと同様、フェラーリにもミケロットというきわめて優秀なアシスタントファクトリーがあります。F1の陰に隠れがちですが、フェラーリのGTレーサーはほとんどがミケロットとの共同開発。F40の試作車だった288 GT エヴォルツィオーネは全面的にミケロットが製作したと聞けば、信頼度やレベルの高さがうかがい知れるというもの。代表作とよばれるマシンはいくらでもありますが、ここではフェラーリが本格的にGTレースのカスタマー・プログラムへ復帰する起点となった360 N-GTを取り上げてみましょう。
●文:石橋 寛(ヤングマシン編集部) ●写真:RM Sotherbys
ミケロットとともに、数々の名作を世に送り出したフェラーリ
そもそも、ミケロットとフェラーリの関係は1970年代まで遡ります。当時、ランチアのワークスラリーカーのチーフメカを務めていたジュリアーノ・ミケロットが、後にフェラーリの社長に収まったルカ・モンテゼーモロと「フェラーリ308のラリーカーってどうよ」とアイデアを出し合ったのがとっかかり。
モンテゼーモロは、ちょうどエンツォから低迷していたスクーデリアの立て直しのために呼び戻され、308ラリーを提案。308をさほど気に入っていなかったエンツォは難色を示したものの、オイルショックの悪影響もあり「スモール・フェラーリ」によるラリーカーが12気筒搭載マシンよりも「現実的」と判断。ミケロットにゴーサインを出したとされています。
以来、両社はF1以外のレーシングカーで深い関係を築き上げ、前述の通りグループBのホモロゲーションモデル「288GTO」をはじめ、F40の試作車、ル・マン仕様のF40 LMといった歴史的なモデルを共作していったのでした。輝かしいレーシングヒストリーが一段落すると、モンテゼーモロはレースユーザーだけでなく、一般的な顧客向けサービスの向上を思いつきます。
端的に言ってしまえば、V8エンジン搭載の「スモール・フェラーリ」を売り込もうという作戦。そこで生まれたのが大ヒット作となった360モデナです。それまでのフェラーリの常識を破り、高い品質とビギナーでも安心してアクセルを踏めるモデルとなり、モンテゼーモロの目論見通り「初めてのフェラーリ」として飛ぶように売れ始めたのでした。
360のチューナーとしていかんなく実力を発揮
すると、この360を使ってレースに出たいという顧客が続出。アルミスペースフレームやフラットボトムといった従来のマシンとは一線を画すモデルだっただけに、それを見抜いたレーシングチームが大勢いたということ。ですが、モンテゼーモロは太客むけのワンメイクレース(360チャレンジ)で十分コマーシャルになると考え、当初はそうした申し出を退けていた模様。
これに業を煮やしたフランスのチーム「JMBレーシング」が独自にミケロットとレーシング360を製作することに。モンテゼーモロはJMBとも親密だったため、これを黙認、エントリー名に「フェラーリ360 N-GT」を名乗ることを許したのでした。
フェラーリがGT制覇を目論んで、盟友ミケロットに託したのが2001年に生まれた360 N-GT。360チャレンジをベースに17台を製造。
チューンナップにかけては何をかいわんや、といったところでミケロットはいかんなく実力を発揮しています。国際的な吸気制限(リストリクター)に対応しつつ、耐久性と出力を両立させるメニューは、ハイカム、軽量ピストン(これに合わせてオイルラインも変更したとされていますが、詳細は未公表)さらには、燃焼室の形状まで変更されています。
リストリクター無しで540馬力以上にチューンされた3.6リッターV8エンジン。30.8mmのリストリクター付きで430~445hp/8500rpm
また、308ラリーで200kgもの軽量化をしてみせたミケロットですから、360も徹底的な軽量がなされています。ドア、ボンネット、前後バンパーなどのボディパネルをすべてカーボンパーツに変更したほか、ワイヤーハーネスの簡素化や、不要なシャシーブラケットの除去により、ベースの360 チャレンジから約91kgを減量。規定最低重量を下回る 約1100kg に抑えられ、バラストによる重量調整が可能となったのでした。
ミケロットによる徹底的な減量で、91kgをそぎ落としています。左右のパイプはエアジャッキのチューブ。
また、公表こそされていませんが、空力に関するカスタムはスクーデリア・フェラーリが全面協力したとされ、ウェストラインから下はまったく別のボディといっても過言ではありません。もともとフラットボトムを前提に設計されただけあり、高速サーキットでの挙動はすべてのドライバーが絶賛するもの。絶対的なライバルだったポルシェ911GT-3 RSに真っ向から挑み、デビューイヤーとなった2001年は見事にタイトルを奪取することに成功しています。
煮えくり返ったポルシェは「360 N-GTは、ミケロットが〈360チャレンジ(ワンメイクレース用)〉をベースに独自の改造を加えたもので、そんな仕様の市販車はカタログに存在しない。GTレースは市販車ベースであるべき、という原則に反している」と猛抗議をしましたが、ご存じの通りFIAはフェラーリを支持。後に、「F430 GTC対997 GT3-RSR」というさらにヒートアップした闘いの火種となったのでした。
9000万円という指し値は妥当
ともあれ、ミケロットは合計17台の360 N-GTを製作しています。いずれもプロ/アマチュアがレースに供しており、なかなか中古車市場に現れることがありませんでした。なお、中古で購入しようと、ミケロットの仕事は特殊なものが少なく、たいていのチームが運用できるという優れた仕様だったとのこと。ならば、オークションでの44万5000ポンド(約9000万円)という指し値も納得です。跳ね馬のGTをサーキットで走らせる価値を知っている方なら、決してこの金額にケチをつけることはないはずです。
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