なぜ「イオタ」は伝説なのか。ランボルギーニ公式記録にない幻のミウラSVJと日本との意外な関係

なぜ「イオタ」は伝説なのか。ランボルギーニ公式記録にない幻のミウラSVJと日本との意外な関係

クルマ好きにとって、ランボルギーニ・イオタほど背筋がゾクゾクするものはないでしょう。そもそもは、1969年にランボルギーニのテストドライバーだったボブ・ウォレスによってミウラをレーシングトリムした試作車が発端。ですが、以来さまざまなイオタが作られつつも、ランボの資料がわずかしか残っていないことから、イオタは謎に満ちた存在として知られています。もっとも、謎を探り始めると本が1冊どころか12巻組となりそうなので、今回は日本人がオーナーだった個体を紹介。じつは日本でもイオタとされるクルマが数台走っていたのです。


●文:石橋 寛(ヤングマシン編集部) ●写真:RM Sotheby’s

レースはやらない社長の信念に反して作成

前述の通り、ボブ・ウォレスがFIAの競技規定付則J項に沿ってミウラを改造したことから始まったイオタ伝説。Jというのはイタリア語に存在しないため、イオタは「存在しない幻」をネーミングの由来とされたこともありましたが、やはり付則J項のJをもじったことが真相だそうです。

また、FIAのレギュレーションに沿って作られながらも、フェルッチオ・ランボルギーニの「レースには出ない」というかたくなな信念によって試作Jはお蔵入りに。しかしながら、どういう経緯か売り出され、走行中に事故を起こして修復不可能なほど大破したとされています。

その後、Jの評判を聞きつけたランボの顧客たちがこぞってミウラの改造を依頼。当初ミウラSVにJをつけた「ミウラSVJ」と呼ばれたものの、いつしかJをスペイン語読みのホタ、これがイタリア語に再度直されてイオタと呼ばれるようになった模様。

ちなみに、ランボの公式記録にイオタの名は存在せず、ミウラ、あるいはミウラSVJとだけ記されています。というのも、前述の通りイオタ仕様への改造を依頼してくる顧客はすべてミウラとして出荷したクルマなわけで、ミウラをSVJの新車として出荷した記録もないからです。

しかも、受注記録が散逸しているため、公式コメントは不可能というのがランボルギーニの見解なのです。

国内でも有名だったイオタ仕様のミウラS。仕上がりもパフォーマンスもボブ・ウォレスが作ったJに準ずる高レベルな1台。

フェンダーのボリュームや、リヤカウルの六角モチーフグリルを省いた姿もイオタそのもの。ちなみに、ウィングが追加されたイオタは国内製造の可能性が低くありません。

Jは前後カウルをアルミで作り直し、ヒンジ開閉でなく取り外し式。こちらは公道仕様だけあって、ヒンジは踏襲しています。 

Jの評判を聞きつけた太客が次々にオーダー

そもそも、どうしてイオタの人気が出たかというと、ウォレスのレースチューンが優れていたことにほかなりません。シャーシはエンジン積載部を除いてほぼ新設計、かつ軽量化されており、またトレッドが拡大されてよりレーシーなサスやタイヤが装着できました。

エンジンにしてもJはミウラSVのユニットをベースに400馬力とも、440馬力ともいわれるハイチューンが施されています。加えて、JではFIAレギュレーションに沿ってキルスイッチや消火器、あるいは4点式シートベルトなどが装備されていることもロードゴーイングなミウラとは決定的に異なるポイント。

フェルッチオの信念に反して、レーシーなランボルギーニへの市場の需要はあまりに強かったというわけです。

ミウラSのエンジンをSVJに換装し、Jと同サイズのウェーバーを4連装備。おそらく400馬力ほどは絞り出しているはず。

FIA付則J項に則ったインテリアのカスタム。キルスイッチや消火器などが追加されているところも、初代イオタのJに忠実です。

フロントに燃料タンクを移設するのもイオタの常道。高速域でのフロントアップを抑制する効果が望めます。

日本で製造されたイオタも存在

基本的にミウラはサンタアガタのランボルギーニで仕立てられたのですが、中には社外で改造され、後にランボの工場でイオタとして再構築されたというモデルもあるようです。実際、有名な車台番号4860、ドイツの元レーサーであるフーベルト・ハーネがオーダーしたイオタは正真正銘の1台とされていますが、現在の姿になった2度目のモディファイを行った工場は未公表(もちろん、サンタアガタという説もあります)。

そして、今回ご紹介している車台番号4280のイオタ仕様車もまた、ミウラSとして出荷されたものをSVのエンジンに換装して、イオタの内外装に近づけた1台。ランボルギーニに公認されてはいないものの、その仕上がりは初代Jにほど近く、個人的には真正イオタと認めるにやぶさかではありません。

実はこの個体は日本国内で仕立てられたものであり、完成後しばらくは国内を走り回っていたのです。また、ここまでの完成度ではありませんが、国内で仕立てられたイオタは筆者が知る限りでも3台ほど存在しています。

スーパーカーブームの頃に2台、1980年代にも1台が作られたはずで、うち1台のリベットを打ち付けた方ともお目にかかっています(ちなみに、チューニングカー業界の超有名人です)。横浜ナンバーを付けた個体を含め、そうした日本製イオタの真正性は脇に置いたとして、イオタの歴史に我が国も大いに関わっていたことは忘れがたい事実といえるのではないでしょうか。

というわけで、この日本仕立てのイオタ仕様車はランボに認められずとも、44万8000ユーロ(約8200万円)の高値で落札されています。ミウラや、ましてイオタの相場には届かないものの、4連ウェーバー&タコ足などのチューンは軽く400馬力をマークし、J項に即したインテリアの出来栄えは決して価値の低いものではありません。

むしろ、ウォレスが目指したレーシング・ミウラに準ずるロードゴーイング・イオタと呼びたいもの。こんなクルマが出てくるから、イオタ伝説というのは永遠にクルマ好きの胸をときめかせてくれるのです。

ホイールはミウラでなくウラッコ・レーシングのセンターロックタイプをチョイス。ランボが認めるイオタの#3033や初代Jに準じるもの。

ナンバーが付いているぐらいですから、動態保存されていたことは間違いなし。これが8000万円とは超お買い得でしょう。

外観イメージ

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