![【名車探訪】ヤマハ(YAMAHA)XJ400[1980]:ヤマハの歴史を変えた同社初の4気筒](https://young-machine.com/main/wp-content/uploads/2025/11/wym2511-10-01-yamaha-xj400.jpg?v=1762759375)
1975年、自動二輪免許は小/中/大の3区分となった。当時、多くのライダーはいわゆる”中免”を所持。彼らにとって最上位にあたる400クラスは、性能も装備も向上を続けていった。1980年に登場し、ヤマハが初めて他社と真っ向勝負を繰り広げたXJ400もそんな時代を彩った一台だ。※本記事はヤングマシン特別号 青春単車大図鑑からの一部転載です。
●文:ヤングマシン編集部
ヤマハXJ400:45馬力を快適サスペンションが支える
カワサキのFXで火ぶたが切られた400cc4気筒ウォーズに、2番目に参入したのはヤマハだった。FXに遅れること約1年、1980年6月に発売されたXJ400は、やはり空冷2バルブDOHCエンジンを搭載していた。
バーハンドルで2本リヤショック、フロント19インチで車格も大柄…と、FXとの共通点は多かったが、これは当時最良と思われるスペックを集めた結果である。しかしヤマハは、エンジン幅をコンパクトに抑えるために背面ジェネレーターを採用。
さらにFXを2馬力凌ぐ45馬力の最高出力も叩き出したのだ。また、FXの硬質なフィーリングとは異なり、XJには滑らかに吹け上がる特性が与えられていた。剛のカワサキに対し、柔のヤマハ。サスペンションも乗り心地が良く、それでいて鈍重さを感じさせない、スポーティーなセッティングだった。
柔和でりりしい、燃料タンクのデザインにもそれが表れていようか。ヤマハが国内に初投入した4気筒は、かくして好調な滑り出しを見せた。
【1980 YAMAHA XJ400/D】■空冷4スト並列4気筒DOHC2バルブ 398cc 45ps/10000rpm 3.5kg-m/8000rpm ■180kg ■タイヤF=3.00-19 R=110/90-18 ●発売当時価格:41万円
ヤマハXJ400の細部をチェック
翌1981年になると、フロントブレーキのディスクにスリットが入り、燃焼効率向上システム=YICSが採用されるなどのマイナーチェンジを実施。
さらに4本マフラーに黒エンジン、エアサス併用式フロントフォーク、燃料計などを装備したデラックス仕様の400Dや、アメリカンタイプのスペシャルも追加。ラインナップがさらに充実した。
カワサキZ400FXのシングルに対し、XJはフロントダブルディスクブレーキを装備。高低ダブルホーンも豪華さを感じさせる。
φ35mmフロントフォークは左右を750cc並みのピッチで連結。高荷重な走りにもしっかりと応えた。
XJ400Dはクリフカットと呼ばれる、クラス唯一の4本出しマフラーを採用。リヤサスペンションも調整式となる。
速度計の上に電圧計、タコメーターの上に燃料計を配置。夜間はオレンジの透過光式照明がきれいだった。
ヤマハXJ400の系譜
1980 ヤマハXJ400
初期型は2本出しマフラーにシルバーエンジンでスタート。赤、黒、銀の3色。
1981 ヤマハXJ400
燃焼効率を向上させるYICSを備え、ブレーキディスクにスリットが設けられた。
1981 ヤマハXJ400D
4本マフラーのDを追加。燃料計も備える。色は黒やYSP仕様を合わせ計4色。
1982 ヤマハXJ400D YSP仕様
YSP仕様販売店特別バージョンのYSP仕様は白×赤を用意。色以外は標準仕様に準じる。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
最新の関連記事([連載]青春名車オールスターズ)
ナナハン並みの極太リヤタイヤに見惚れた〈カワサキ GPZ400R〉 レーサーレプリカブーム真っ只中の1985年。技術の進化に伴い、各社はレースで培ったテクノロジーをフィードバックさせたモデルを多く打ち[…]
ヤマハFZR400:極太アルミフレームがレーサーの趣 ライバルがアルミフレームで先鋭化する中、ついにヤマハもFZの発展進化形をリリースする。 1986年5月に発売されたFZRは、前年に発売されたFZ7[…]
スズキ バンディット400:GSX-Rのエンジン流用ネイキッド 59psというクラス最強のパワーを持ち、1984年に華々しく登場したGSX-R。 レーシーに設定されたこのマシンの心臓部の実用域を強化し[…]
ヤマハFZ400R:ワークスマシンと同時開発 市販レーサーと同時開発したNS250Rがリリースされた1984年5月。 400クラスにも同様の手法で開発されたマシンが、ヤマハから世に放たれた。 FZ40[…]
スズキGSX-R250:過激さ控えめ“アールニーゴー” 1983年のGS250FWでクラス初の水冷DOHC4気筒を開発したスズキ。 しかし、4バルブエンジンの投入は遅れを取り、1987年のGSX-R2[…]
最新の関連記事(名車/旧車/絶版車 | ヤマハ [YAMAHA])
RZ250の歴代モデル 1980 RZ250(4L3):白と黒の2色で登場 ’80年8月から日本での発売が始まった初代RZ250のカラーは、ニューヤマハブラックとニューパールホワイトの2色。発売前から[…]
ライバル勢を圧倒する抜群のコーナリング性能 ’80年代初頭のヤングマシン紙面には何度もRZが登場しているが、デビュー当初のRZ250の実情を知る素材としてここで選択したのは、’80年11月号に掲載した[…]
TZの技術を転用しながら独創的な思想を随所に注入 伝統の2サイクルパラレルツインという構成を維持しつつも、数多くの新技術を導入したRZ。中でも最もインパクトが大きかったのは、市販レーサーTZを踏襲する[…]
フランスヤマハのチームカラーが全世界で人気に! ヤマハファンならご存じ、フランスの煙草ブランドであるゴロワーズのブルーにペイントしたレーシングマシンやスポーツバイクたち。 その源流はワークスマシンのY[…]
新しい時代を切り開いたヤマハならではの技術 現代の目で見れば、至ってオーソドックスなネイキッドと思えるものの、’79年のパリ/東京モーターショーでプロトタイプが公開され、翌’80年から発売が始まったR[…]
人気記事ランキング(全体)
きっかけは編集部内でのたわいのない会話から 「ところで、バイクってパーキングメーターに停めていいの?」 「バイクが停まっているところは見たことがないなぁ。ってことはダメなんじゃない?」 私用はもちろん[…]
インカムが使えない状況は突然やって来る!ハンドサインは現代でも有効 走行中は基本的に1人きりになるバイク。たとえ複数人でのマスツーリングだとしても、運転中は他のライダーと会話ができないため、何か伝えた[…]
Nプロジェクトを彷彿とさせる魅力的なデザイン スクエアX125最大の魅力は、その名の通り「スクエア(四角)」を体現した、垂直の箱型ボディだ。空気抵抗を減らすカウルを持つことが主流の現代のスクーターデザ[…]
バニャイアにとって「新しいモノはいいモノ」じゃなかった MotoGPマシンがあまりにも速くなりすぎたこともあって、再来年にはレギュレーションが大きく改定されることになった。 エンジンは850ccに、空[…]
250cc水冷90°V型2気筒でDOHC8バルブが、たった2年でいとも容易くパワーアップ! ホンダが1982年5月、V型エンジン・レボリューションのVF750Fに次ぐ第2弾としてVT250Fをリリース[…]
最新の投稿記事(全体)
6/30:スズキの謎ティーザー、正体判明! スズキが公開した謎のティーザー、その正体が遂に判明したことを報じたのは6月30日のこと。ビリヤードの8番玉を写した予告画像は、やはりヤングマシンが以前からス[…]
RZ250の歴代モデル 1980 RZ250(4L3):白と黒の2色で登場 ’80年8月から日本での発売が始まった初代RZ250のカラーは、ニューヤマハブラックとニューパールホワイトの2色。発売前から[…]
Nプロジェクトを彷彿とさせる魅力的なデザイン スクエアX125最大の魅力は、その名の通り「スクエア(四角)」を体現した、垂直の箱型ボディだ。空気抵抗を減らすカウルを持つことが主流の現代のスクーターデザ[…]
知識ゼロから飛び込んだ継承への挑戦 このデニム、ただの復刻ではない。SFG前オーナーの強い想いに突き動かされ、全てを見直して完成させた「ライダー向け」の工夫が詰まっているのだ。 G RIDEが起業して[…]
250cc水冷90°V型2気筒でDOHC8バルブが、たった2年でいとも容易くパワーアップ! ホンダが1982年5月、V型エンジン・レボリューションのVF750Fに次ぐ第2弾としてVT250Fをリリース[…]
- 1
- 2

![ヤマハ XJ400/D|【名車探訪】ヤマハ(YAMAHA)XJ400[1980]:ヤマハの歴史を変えた同社初の4気筒](https://young-machine.com/main/wp-content/uploads/2023/01/062_XJ1-768x512.jpg?v=1672973516)
![ヤマハ XJ400/D|【名車探訪】ヤマハ(YAMAHA)XJ400[1980]:ヤマハの歴史を変えた同社初の4気筒](https://young-machine.com/main/wp-content/uploads/2023/01/64_n1-768x512.jpg?v=1672973543)
![ヤマハ XJ400/D|【名車探訪】ヤマハ(YAMAHA)XJ400[1980]:ヤマハの歴史を変えた同社初の4気筒](https://young-machine.com/main/wp-content/uploads/2023/01/64_n3-768x768.jpg?v=1672973664)
![ヤマハ XJ400/D|【名車探訪】ヤマハ(YAMAHA)XJ400[1980]:ヤマハの歴史を変えた同社初の4気筒](https://young-machine.com/main/wp-content/uploads/2023/01/64_n4-768x576.jpg?v=1672973695)
![ヤマハ XJ400/D|【名車探訪】ヤマハ(YAMAHA)XJ400[1980]:ヤマハの歴史を変えた同社初の4気筒](https://young-machine.com/main/wp-content/uploads/2023/01/64_n2-768x576.jpg?v=1672973723)
![ヤマハ XJ400/D|【名車探訪】ヤマハ(YAMAHA)XJ400[1980]:ヤマハの歴史を変えた同社初の4気筒](https://young-machine.com/main/wp-content/uploads/2023/01/062_XJab-768x274.jpg?v=1672973769)
![ヤマハ XJ400/D|【名車探訪】ヤマハ(YAMAHA)XJ400[1980]:ヤマハの歴史を変えた同社初の4気筒](https://young-machine.com/main/wp-content/uploads/2023/01/062_XJ4-768x558.jpg?v=1672973789)
![ヤマハ XJ400/D|【名車探訪】ヤマハ(YAMAHA)XJ400[1980]:ヤマハの歴史を変えた同社初の4気筒](https://young-machine.com/main/wp-content/uploads/2023/01/N_073-01-768x512.jpg?v=1672974197)
![ヤマハ XJ400/D|【名車探訪】ヤマハ(YAMAHA)XJ400[1980]:ヤマハの歴史を変えた同社初の4気筒](https://young-machine.com/main/wp-content/uploads/2023/01/N_073-02-768x512.jpg?v=1672974203)
![ヤマハ XJ400/D|【名車探訪】ヤマハ(YAMAHA)XJ400[1980]:ヤマハの歴史を変えた同社初の4気筒](https://young-machine.com/main/wp-content/uploads/2023/01/N_073-03-768x512.jpg?v=1672974207)
![ヤマハ XJ400/D|【名車探訪】ヤマハ(YAMAHA)XJ400[1980]:ヤマハの歴史を変えた同社初の4気筒](https://young-machine.com/main/wp-content/uploads/2023/01/N_073-04-768x512.jpg?v=1672974209)





































