「大人気だったが、たった3年で生産終了…」今も高値で取引される52年前のホンダの名車。4本のエキパイが美しい曲線を描く[CB400 FOUR]を紹介

「大人気だったが、たった3年で生産終了…」今も高値で取引される52年前のホンダの名車。4本のエキパイが美しい曲線を描く[CB400 FOUR]を紹介

1970年代半ば、日本の二輪免許制度が変わったことで、若者にとって400ccクラスは特別な存在になった。そんな時代の節目に登場し、約3年で姿を消しながら、半世紀を経た現在も高値で流通する名車がHonda ドリームCB400 FOUR、通称「ヨンフォア」である。短命に終わった理由と、今なお色あせない魅力を振り返る。


●文:ヤングマシン編集部

400cc4気筒が若者たちの憧れになった時代

日本で400ccクラスのスポーツバイクが大きな存在感を持つようになった背景には、1975年に変更された二輪免許制度がある。新たな制度では400ccを境に免許が区分され、400cc以下のバイクは、いわゆる「中免」で乗ることが可能になった。結果として400ccクラスは、多くの若者が現実的に手を伸ばせる高性能バイクの主戦場となっていく。

そんな400ccクラスにおいて、高性能の象徴となっていったのが4気筒エンジンである。

その先駆け的な存在が、1974年12月に発売されたHonda ドリームCB400 FOURだ。ただし初期型の実排気量は408ccで、免許制度変更後は中型免許では乗れないモデルとなってしまった。Hondaはこれに対応し、1976年3月に排気量を398ccとしたドリームCB400 FOUR-I/IIを追加している。

その後、400cc4気筒人気を本格的に加速させたのが、1979年に登場したKawasaki Z400FXである。1980年にはYamaha XJ400、1981年にはSuzuki GSX400FとHonda CBX400Fが登場。わずか数年で国内4メーカーの400cc4気筒が出そろい、400ccクラスは熾烈な性能競争へと突入した。Hondaも、Z400FXの登場をきっかけに4ストローク直列4気筒が400ccクラスのトレンドになったとしている。

当時は免許制度の関係で、若者が現実的に乗れる最大排気量は400ccだった。その中で性能を求めると必然的に4気筒に行き着く。それだけにヤマハXJ400、スズキGSX400Fと立て続けに4気筒が輩出され、ブーム最後発でCBX400Fが登場するが、これに要する時間はわずかに3年余り。ここから400cc4気筒の熱い戦いが始まったのだ。

大人気だったのに約3年で消えた「ヨンフォア」

Honda ドリームCB400 FOURのルーツとなったのは、1972年に登場したドリームCB350 FOURである。コンパクトな車体に4気筒エンジンを搭載した意欲作だったものの、350ccでは4気筒の魅力を十分に引き出しきれず、販売はHondaの計画どおりには伸びなかった。そこでHondaは、その基本設計を生かしながら、より力強くスポーティなモデルへと作り直すことになる。

こうして1974年12月に誕生したのが、排気量408ccのドリームCB400 FOURである。

【1974 Honda ドリームCB400FOUR】
主要諸元:■空冷4スト並列4気筒SOHC2バルブ 408cc 37ps 3.2kg-m ■185kg 14L ■32万7000円(当時)

空冷4ストロークOHC直列4気筒エンジンは最高出力37PSを発揮し、6速ミッションを組み合わせた。さらにロングタイプの燃料タンク、低いハンドル、スポーティなステップ位置などによって、当時としてはレーシーなスタイルを採用していた。

なかでも強烈な個性となったのが排気系だ。エンジン前方から伸びる4本のエキパイが美しい曲線を描きながら1本へと収束する「4 into 1」の集合排気システムを、Hondaの二輪車として初めて採用。排気効率や軽量化、コストダウンという機能面だけでなく、ドリームCB400 FOURをひと目で印象づけるデザイン上の大きなアクセントにもなった。

エンジンは基本的にCB750FOURの縮小版だが6速ミッションを装備。

発売後は若者を中心に高い支持を獲得したが、その直後に思わぬ逆風が吹く。1975年の免許制度変更である。

実排気量408ccのドリームCB400 FOURは400ccをわずかに上回るため、新制度では中型免許で乗ることができなかった。そこでHondaは急きょ排気量を398ccまで縮小。1976年3月、ハンドル形状の異なるドリームCB400 FOUR-IとドリームCB400 FOUR-IIを発売した。

しかし、海外向けの408cc仕様に加え、日本では408cc仕様と398cc仕様を並行して販売することになり、複数仕様を維持するコストが重荷となった。高い人気を得ていたにもかかわらず1977年モデルが最終型となり、販売期間は約3年という短さで幕を閉じることになったのである。

インジケーター別体の豪華なメーター。’76年から160km/hスケールに。

その短命さとは対照的に、評価は半世紀を経ても衰えていない。2026年9月時点の中古車市場では、国内仕様の398ccや408ccに数百万円の価格が付けられており、オリジナル度の高い398cc車では600万円を超える販売例も確認できる。状態や仕様による価格差は大きいものの、誕生から50年以上が経過した現在も高い価値を保つ旧車であることは間違いない。

当時の広告。

Honda ドリームCB400 FOURの系譜

1974年 Honda ドリームCB400 FOUR

1974年12月に登場した初期型で、排気量は408cc。空冷4ストロークOHC直列4気筒エンジンから37PSを発生し、6速ミッションを組み合わせる。細身でレーシーな燃料タンクや低いハンドル、スポーティなステップ位置によって、従来の中型CBとは大きく異なる軽快なスタイルを実現した。最大の特徴は、4本のエキパイを1本のマフラーへ集約した4 into 1の集合排気システム。機能と造形美を兼ね備えたその姿は、後のロードスポーツにも大きな影響を与えることになる。発売時の価格は32万7000円だった。

1974年 Honda ドリームCB400 FOUR

1976年 Honda ドリームCB400 FOUR-I

1975年の免許制度変更に対応するため、1976年3月に追加された398cc仕様。ボアを51mmのまま維持しつつストロークを48.8mmへ短縮することで排気量を398ccとし、中型免許で乗れるモデルとなった。最高出力は408cc仕様の37PSから36PSとなったものの、4気筒ならではのキャラクターや6速ミッションは受け継いでいる。FOUR-Iには高さ約40mmのセミフラットハンドルを採用し、スポーツ走行を意識した低めのポジションを設定。従来は燃料タンクと同色だったサイドカバーもブラックへ変更され、より引き締まった外観となった。

1976年 Honda ドリームCB400 FOUR-I

1976年 Honda ドリームCB400 FOUR-II

ドリームCB400 FOUR-Iと同時に登場した398cc仕様のもうひとつの選択肢で、エンジンや基本的な車体構成はFOUR-Iと共通する。大きな違いはハンドルで、FOUR-IIには高さ約111mm、幅780mmのスタンダードハンドルを採用。低いセミフラットハンドルを備えたFOUR-Iに対し、より上体を起こした自然なライディングポジションとし、市街地での取り回しやロングツーリングにも配慮していた。こちらもサイドカバーはブラックとなる。性格の異なる2種類のハンドルを用意することで、同じ398ccのヨンフォアでもライダーの好みに応じて選択できるラインアップとしたのである。

1976年 Honda ドリームCB400 FOUR-II

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