「今見ても奇抜なデザイン…」50年前のスズキの名車。保守的な層に受け入れられず販売不振で生産終了。ロータリーエンジンを搭載した革新的マシン[RE-5]

「今見ても奇抜なデザイン…」50年前のスズキの名車。保守的な層に受け入れられず販売不振で生産終了。ロータリーエンジンを搭載した革新的マシン[RE-5]

ロータリーエンジンは自動車だけでなく、バイクの世界でもかつて各メーカーが夢見た次世代のパワーソースであった。1974年、スズキは国産唯一の市販ロータリーバイク「RE-5」を発売し、世界にその技術力を示した。イタリアの巨匠ジウジアーロによる斬新なデザインと、幻のライバル車も含め、知られざるロータリーバイクの系譜を振り返る。
※2025年6月刊行の『ニッポン旧車烈伝 昭和のジャパン・ビンテージ・バイク 323選』より、個性派名車を抜粋。加筆して配信しています


●文:ヤングマシン編集部

世界初にして国産唯一の市販ロータリーバイク、スズキ「RE-5」の誕生

ロータリーエンジンは、ドイツの発明家フェリクス・ヴァンケル氏が考案した、おむすび型のローター(ピストン)が回転して動力を生み出す方式のエンジンである。当時はすでに東洋工業(現マツダ)が自動車として量産化に成功しており、二輪業界でも次世代のエンジンとして注目を集めていた。海外では1970年にドイツのDKWがハーキュレスW2000を発表し、日本ではヤマハが1972年の東京モーターショーに330cc×2ローター(660cc)のエンジンを搭載したプロトタイプ「RZ201」を出展。しかし、熱問題や燃費、さらにはオイルショックなど様々な要因が重なり、RZ201が市販車として登場することはなかった。

そんな中、1973年の東京モーターショーでスズキが量産ロータリーバイク「RE-5」を発表し、翌1974年に海外向けに発売した。スズキは1970年にNSU/ヴァンケル社と技術提携を行い、独自の開発と改良を重ねてきたのである。結果として、「レシプロエンジンの750ccクラスに匹敵するツーリングモデル」を完成させた。

スズキ RE-5(1974年)

車体のスタイリングは、イタリアの世界的工業デザイナーであるジョルジェット・ジウジアーロが手がけた。ロータリーエンジンの「回転」をモチーフとした円筒形のメーターハウジング(通称「茶筒」)やウインカー、テールランプなど、随所に円筒型を取り入れた前衛的で斬新なデザインが最大の特徴であった。しかし、オイルショックによる市場の冷え込みや、ロータリー特有の燃費の悪さ、さらにその奇抜なスタイリングが保守的なライダーに受け入れられなかったことなどが要因となり、わずか6,000台程度の生産で幕を閉じることになった。

メインキー操作でカバーが自動で開閉したメーター。初期型は、茶筒と呼ばれる円筒形のデザインを採用。

RE-5のテールランプは、メーターと同じ円筒形(茶筒型)のデザインを採用。ジウジアーロデザインこだわりが見える。

RE-5に搭載されたロータリーエンジン

独自のメッキ処理や材質の工夫により、ロータリーエンジン特有のハウジング内部に発生する異常磨耗(チャターマーク)に対応。エンジンの冷却方式は、ローター内部を油冷、エキゾースト周辺など熱を持つハウジングを水冷とする「複合冷却方式」を採用。耐久性だけでなく、ペリフェラルポートによるシビアな熱対策も完璧に行われていた。

スズキ独自の技術で、ロータリーエンジン特有の問題を克服した。

【1974 SUZUKI RE-5 主要諸元】

  • エンジン種類:NSUバンケル式 水冷1ローター・ペリフェラルポート
  • 総排気量:497cc
  • 最高出力:62ps / 6500rpm
  • 最大トルク:7.6kg-m / 3500rpm
  • 乾燥重量:230kg
  • タイヤサイズ:フロント=3.25H19 / リア=4.00H18
  • 備考:1974年発売(輸出モデル)

一般受けを狙ったマイナーチェンジモデル「RE-5A(1976年)」

ジウジアーロによる特徴的な円筒形デザインは大きな話題を呼んだが、奇抜すぎるとの声も多く販売は伸び悩んだ。そこで1975年の後期型(最終モデル)となる「RE-5A(1976年モデル)」では、大きなデザイン変更が施された。

保守的なスタイルとなった後期モデルのRE-5A。

象徴的だった「茶筒」と呼ばれる円筒型メーターハウジングやテールランプが廃止され、GT750などの他車種と共通の、一般的な砲弾型の2連メーターと角形テールランプへと変更されている。よりコンサバティブ(保守的)なスタイルへと軌道修正を図ったものの、販売の好転には至らなかった。

ヤンマーと共同開発したヤマハの美しき幻のプロトタイプ「RZ201」

1972年の東京モーターショーに突如として登場したヤマハのロータリーエンジン搭載車RZ201。ヤマハファンのみならず、多くの人が新しい時代の幕開けを期待したが、ロータリーエンジンの抱える諸問題やオイルショックの影響を受け、量産車となることなく消えていった幻の1台である。

1972年の東京モーターショーで発表された、ヤマハのプロトモデルのRZ201

コンセプトモデル「RZ201」が採用したロータリーエンジン

RZ201のエンジンは、ヤンマーディーゼルと共同開発した横置き330cc×2ローター(660cc)で、最高出力は68ps/6500rpmを発揮。エンジン下部のミッションケース周辺は同社のXS650のものを流用し、エンジンからの動力をベルトで連結する特殊な方式が取られていた。公称の最高時速は190km/hであったが、テストコースでは220km/hで安定して走れたという逸話も残っている。

ヤマハとヤンマーディーゼルが共同開発した、RZ201のロータリーエンジン。

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