
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第145回は、マルク・マルケスというあまりの才能と並ぶことになったフランチェスコ・バニャイアの話を中心に。
Text: Go TAKAHASHI Photo: Ducati
ブレーキディスクの大径化が効いたのはメンタルかもしれない
第8戦アラゴンGPでも、第9戦イタリアGPでも、マルク・マルケスが勝ち続けています。とにかく速い。そして強い。誰が今のマルケスを止められるのか、想像もつきません。まだまだシーズンは長いから先は分からない……と言いたいところですが、だいぶ見えてきてしまった感じもします。
「ストップ・マルク」の先鋒と言えば、何と言ってもチームメイトのフランチェスコ・バニャイア……のはずですが、なかなか波に乗れずに苦しんでいますね。アラゴンGPでは3位表彰台に立ちましたが、続くイタリアGPでは4位と、表彰台を逃しています。ドゥカティの最新マシン、デスモセディチGP25がどうしても合わないのでしょう。
バニャイアは、アラゴンGPでブレーキディスクをφ340mmからφ355mmへと大径化して復調した、とのことですが、ドゥカティ・サテライトチームのファビオ・デ・ジャンアントニオは「……まぁ、今まではあまり話題になってなかったよね。ペッコ(バニャイア)がいいって言うんなら、いいんだと思うよ」というようなことを言っているようです。
イタリアGPでは通常のφ340mmに戻していましたから、必ずしも大径化が最適な答え、というわけではないのでしょう。とはいえ、アラゴンGPで結果に結びついたのですから、まったく無関係というわけでもありません。では何に利いたのかと言えば、バニャイアのメンタルだと僕は思います。
スペシャルカラーで臨んだドゥカティファクトリーのM.マルケスとF.バニャイア。レース序盤には競る場面も見せたが……。
ハッキリ言って、僕は今のバニャイアが気の毒でなりません。マルケスのようなとんでもない才能を相手に戦わなければいけないのですから、ブレーキディスクでも藁でも、何でもいいからすがりたいことでしょう。ちょっとしたことがメンタル的にいい方向に働いたのが、アラゴンGPだったのだと思います。
マルケスは今、ほとんど無双状態です。今シーズンここまで9戦して、スプリントと決勝の計18レースのうち13勝をマーク。勝率は70%を越えています。ポイントは270点を積み上げて、文句なくランキングトップ。バニャイアはランキング3位ですが、マルケスとはすでに110点差が付いています。まさに手が付けられない状態ですよね。
かなり昔の話ですし、マルケスと並べて語るのもおこがましいのですが、僕は’88年の全日本ジュニア選手権で、出たレースすべてに優勝したことがあります。あの時はもう、何をやってもうまく行きました(笑)。予選でチャンバーが脱落し、後ろから2列目ぐらいのグリッドになってしまい、「これはさすがにダメだろう」と思っていても、決勝ではブッチギリで優勝、なんてレースもありました。
正直なところ、運がいいだけだったと思います。ただ、自分の調子がいいから運を引き寄せられた、という面も大きい。いくらなんでも出たレースすべてに勝てるシーズンなんて、そうそうあるものではありません。自分の力以上の何かが作用したことは間違いないんです。
流れも味方につけて無双状態のマルケス
今シーズンのMotoGPで言えば、イギリスGPのマルケスもそうですよね。スタートして2周目に転倒したものの、赤旗が出てレースに復帰できた。ないことではありませんが、これはもちろん幸運としか言いようがありません。
こういうことを運とか流れとか言うと、何だかレースが神頼みみたいで微妙な感じがしますよね。でも、僕なんかは実際にそういうことを常に感じながら戦っていました。長いシーズンを戦う中で、自分の力だけではどうしようもないことが本当にあるんです。
運や流れがいい方向に作用すれば、今のマルケスのように無双状態になりますし、悪い方向に作用すれば、バニャイアのようになかなか思うようなレースができなくなります。じゃあバニャイアはどうすればいいかって、ここはもう、嵐が過ぎ去るのを待つしかありません。
イタリアGPでは通算勝利数93(ゼッケンと同じ)をマーク。
冗談のように聞こえるかもしれませんが、結構本気です。悪運や悪い流れに捕まってしまった時は、じたばたせずに、とにかく耐える。待つ。しのぐ。「今年は我慢の年だ。来年勝つぞ」と、気持ちを切り替えるのも手です。
僕がもし今MotoGP現役で、バニャイアの立場だったら……、今シーズンは完全に諦めます(笑)。こう言ってしまうと元も子もありませんが、これは逃れられない現実。後で詳しく書きますが、世界はとても広くて、「こりゃ絶対に敵わないな」という相手も存在するんです。そしてバイクのレースは、無理をすれば命に関わる。闇雲に突撃するのは、意味なく自分の命を削ってしまうことになります。
そういう点も含めて、僕が現役時代にもっとも意識していたのは、転ばないことでした。100%の走りをすることで転倒のリスクが高まるなら、90%の走りで転倒のリスクをできるだけ抑えたい。いつもそう考えていました。
(続く)
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