ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、その当時を振り返ります。日本をあの東日本大震災が襲った2011年、山田さんは開幕戦を欠席して、第2戦スペインGPで渡欧。待っていたのは過酷なウェットコンディションのレースでした。
TEXT: Toru TAMIYA
2011年初のウェット走行で、雨が止んだ後半は何速でもホイールスピンが……
前回は、2011年の開幕戦が日本で東日本大震災が発生した翌週に開催され、私はMotoGPでブリヂストンが活動をスタートして初めて開幕戦に行けなかったことを振り返りました。このときカタールに出向けなかった直接的な理由は、会社からの出張自粛令でしたが、カタールGPの2週間後(4/1~3)にヘレスサーキットで開催されたスペインGPは、現地に行くことができました。会場入りすると、とにかくいろんな関係者から、「おお、よく来たなあ~!」とか「家族は大丈夫か?」とか「日本人はあんな状況でもパニックにならず本当にスゴいなあ……」などと声をかけられたことを覚えています。
ちなみに、ブリヂストンは震源地に近い場所だと那須と栃木にも工場があるのですが、どちらの工場も人的被害はなく、生産設備にも大きなダメージがなかったことから、地震発生から2週間後には生産を再開できる状態になりました。東京の本社や小平の技術センターも、幸いにも目立った被害はありませんでした。
私たち日本人が温かく迎えてもらったスペインGPでしたが、タイヤに関してはやや課題……というか議論のタネが生まれる決勝レースとなりました。というのも、日曜日の午前8時ごろから雨が降りはじめ、午前中のウォームアップはウェット走行に。オフシーズンテストでは1日も降雨がなかったので、このときが2011年初のウェット走行になりました。しかしレース直前の雨はパラパラ程度。このままだと途中で走行ラインが乾き、フラッグ・トゥ・フラッグのルールにより、ライダーたちはレース中にピットインして即座にスリックタイヤを履いたマシンに乗り替えるかもと思ったのですが……。気温が17℃、路面温度が15℃と低かったことも影響して、ライン上ですらスリックタイヤで走れるほどには最後まで乾きませんでした。
とはいえ雨はほとんど止んでいるので、ウェットタイヤで走るには水が少ない状況。その結果、各ライダーのタイヤは激しく摩耗し、リヤタイヤのセンター付近は溝がないツルツルの状態になっていました。もちろん、そんな状況なので転倒者も多く、バレンティーノ・ロッシ選手がケーシー・ストーナー選手を巻き込んで転倒し、トップ走行中だったマルコ・シモンチェリ選手もクラッシュしてリタイヤに終わるなど、なんと17台中8台が転倒したのです。実際には、転倒後に再スタートしてチェッカーを受けたライダーもいたので、12台が完走というリザルトになっていますが、MotoGPでそこまでの台数が転ぶレースはなかなかありません。ライダーからは、「レース後半は、ストレートではギヤを何速に入れてもホイールスピンが止まらなかった」と言われました。
もちろんこれは、特殊な路面状況によりウェットタイヤが摩耗したことが原因。そのため、「ウェットタイヤもソフトだけじゃなくハードと2スペックあればよかった」とコメントしたライダーもいました。しかしあの状態だと、ハードスペックを使用したとしても、後輪のホイールスピンによる摩耗が激しすぎて、最後は同じようなツルツルの状態になってしまったことでしょう。それなら、ブリヂストンが少なくともワンメイク化以降は供給を拒んだカットスリックあるいはインターミディエイトなら……という意見もありましたが、それだとレース序盤は路面が濡れすぎていて走れなかったはず。以前にもこのコラムで話題にしましたが、ウェット路面というのは雨の降り方や気温などで毎回微妙に異なるため、その状況に最適なタイヤを使用するというのは、多くのスペックを準備した上で、走行開始後の天気と路面状況変化を予想してチョイスする必要があるので、実際には不可能に近いのです。
とはいえライダー心理としては、ウェットタイヤもソフトとハードの2スペックから選べて、ハードで結果的に同じ状況になったのならしょうがない……という思いも大きかったよう。そこでブリヂストンとしても、ウェットタイヤを2種類用意するべきか議論と検討を重ねました。当然ながら、これはコスト増になります。しかも、インターミディエイトほどではないものの、実際に使われる頻度が少ないタイヤ。とはいえ、ライダーの要望もあって、たしか翌年あたりからハードコンパウンドも準備するようにしました。
いちばん荒れやすいエストリルの決勝ではドライに
またこの年は、アイスランドでの火山噴火によるフライト混乱が原因となった前年に続いて、東日本大震災および原発事故の影響により、4/22~24に開催が予定されていた日本GPが、2年連続で秋に延期されることになりました。そのため、せっかく前年までより4週間も早く3/19~21に開幕したのに、第2戦スペインGPと第3戦ポルトガルGPの間に1か月のインターバルがあるというスケジュールになりました。
ちなみに、当時のポルトガルGPが開催されていたのは、現在のポルティマティオ(アルガルヴェ・インターナショナルサーキット)ではなくエストリルサーキット。天候不順でも有名なコースです。ここは大西洋から数kmに位置し、山をバックにしていることから、サーキット付近のみ天候が変わりやすく、私はいつもサーキット近くの海沿いに宿を取っていましたが、そことも天候が異なることが多いのです。たいてい山のほうから雲が発生。海が近いこともあって風が強いため、天候が変わりやすいのでしょう。ロードレース世界選手権は2000~2012年に開催されましたが、2005年には決勝レース中に突然雨が降ってきて、トップを独走していたセテ・ジベルナウ選手が転倒したこともありました。ブリヂストンとしては、強風で備品のテントを破壊されたことが何度かあります。あちこちのサーキットに出かけましたが、天気に関する印象が一番悪かったのはエストリルです。ただしこの地域は、天気のよいときの青空と海はすごく美しくて、素敵な場所なんですけどね。
ですからこの年も、ポルトガルGPに関しては渡欧前から天気予報を調べていたのですが、レースウィークの3日間とも雨予報……。ところがその予報はちょっとだけハズレて、昼間は雨に降られませんでした。土曜日と日曜日は、明け方に降った雨でウェットコンディションでのスタートになったのですが、それでも日中の降雨が避けられたことで、決勝はドライコンディションに。土曜日朝の段階で決勝はドライとの予想だったので、土曜日午前中のプラクティスは普通なら走らなくてもいい状況ですが、前戦がウェットコンディションで、なおかつタイヤに厳しい状況となってしまったので、数人のライダーが積極的に周回を重ねていたことも印象的でした。ヘレスと同じコンパウンドのウェットタイヤだったので、耐久性をあらためて確かめたかったのでしょう。
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