アレックス・リンスが強大なライバルを従え、青い光が鮮やかに輝きながら、トップを走った。イギリスGPで接戦を制するなど、’19シーズンに2勝を挙げたスズキ。手堅い開発を続けた姿勢が結実した結果だった。ライダーの感覚をいかにマシン開発にフィードバックさせたのか、開発者へのインタビューから振り返る。
●文:高橋 剛 ●取材協力&写真:スズキ ※本内容は記事公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
「よそさんに比べて、ウチは小さな規模でやってますから」スズキのMotoGPマシン開発者たちは、たびたびそう口にする。そこにはいくらかの謙遜の空気も混じっているが、厳然とした事実でもある。現在のMoto[…]
エンジンパワーとドライバビリティの相克
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MotoGPマシンは極めて精巧にして繊細であり、それを走らせるライダーも鋭敏なセンサーの持ち主だ。彼らはわずかな差異を決して見逃すことはなく、それが精神状態に作用し、成績の優劣に直結する。
スズキGSX-RRは’18年型から’19年型に進化するにあたり、主にはエンジンの開発に注力した。「’18年は強いて言えばパワー不足が問題でした」と河内氏。
「これを解消するために、’18シーズン中から’19年仕様のエンジンを開発していました。内部パーツを全面的に見直して、ベンチテストでは非常によいパワーカーブも得られていたんです。
ところが、’18年の最終戦が終わってすぐに実走テストしたんですが、アレックスに『パワーは出ているけど、コントロール性に劣る』と言われてしまった」
トップエンドのパワーを追求すると、過渡のドライバビリティが悪化する。レースエンジンの開発において、もっとも起こり得ることではある。その時、どうするか。メーカーの風土が表出する選択が待っている。
最優先するのはライダーの感覚
佐原氏は言う。「パワーをバーンと出して、バランスが悪くなったとしても、ライダーに『多少はガマンしてくれよ』という考え方もあると思う。でもウチはそうじゃない。何を優先するかって、やはりライダーが求めるコントロール性、なんです」
「コントロール性に劣る」というリンスのコメントを受け、時間をかけて開発してきた仕様を諦めた。急きょ違う諸元のエンジンを作り直し、わずか1ヶ月ほどで形にして、MotoGPライダーのテスト禁止期間にあたる12月にテストライダーのシルバン・ギントーリが走らせ、手応えを得た。年が明けて’19年2月、マレーシア・セパンサーキットでようやくリンスがテスト。「これなら行ける」と頷き、仕様が決まった。ギリギリのタイミングだった。
「ドタバタしたのは確かですが、最終的にいい諸元のエンジンを作れました」と河内氏。
佐原氏は、「開発側としては苦労して絞り出した馬力でしたが、そのうち実際に使えたのは半分に留まった、という印象です。でも、ウチが重視しているのはあくまでもライダー込みでのパッケージ。マシンだけ突出するのではなく、ライダーがマシンに乗った時に100%のパフォーマンスを発揮することをめざしています」
この慎重さ、手堅さはいかにもスズキらしいが、とかく開発スピードが求められる最高峰レースの現場にあって、デメリットにもなりかねない。
だが今のMotoGPは、ECUの共通化やタイヤのワンメイク化、そしてシーズン中のエンジン開発凍結など、開発コストの増大を抑える施策が採られている。逆に言えば、スズキのように「小さな規模」で戦うチームにも勝機がある、ということになる。リンスがマルケスからもぎ取った2勝は、その証明になっているのだ。
一方で、スズキの目標はタイトルの獲得だ。バランスを重視しながらも、前進を止めるつもりはない。だが、スズキ流を変えることもないのだ。
佐原氏は「チャンピオン獲得をめざして、トライすべきアイデアはたくさん持っています。でも、道筋はまだ見えていない、というのが正直なところ。何か新しいことを採り入れれば、よくなる部分もあるし、悪くなる部分もありますからね。そこをどう補っていくか……。パッと飛び上がれる簡単なミラクルみたいなものはないんです」と笑った。
一歩ずつの着実な歩みが続く。
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