
ライディングスクール講師、モータージャーナリストとして業界に貢献してきた柏秀樹さん、実は無数の蔵書を持つカタログマニアというもう一つの顔を持っています。昭和~平成と熱き時代のカタログを眺ていると、ついつい時間が過ぎ去っていき……。そんな“あの時代”を共有する連載です。第29回は、ゼファーの後に大ブームとなったスティード(STEED)です。
●文/カタログ画像提供:柏秀樹 ●外部リンク:柏秀樹ライディングスクール(KRS)
ゼファーよりも早い登場だったが当初は人気で圧倒されていた
1990年代に日本でもっとも輝いていた400ccミドル級アメリカン(今ならクルーザーと呼ぶのが一般的かな)といえばホンダのスティード(STEED)がその筆頭だと思います。
スティードはネイキッドブームの立役者としてベストセラーになった1989年登場のカワサキ・ゼファーよりわずかに早く発売されました。メカニカルノイズが極端に少なく、排気系音量も控えめで故障知らずの、いかにもホンダらしい作りのスティードは、まさしく優等生のバイクでもあったのですが、ゼファー人気に圧倒されていました。
しかし、1990年代半ばになるとカスタムのベストアイテムとしてスティードに熱い視線が集まり、自由に改造された個性的なスティードが街に溢れるようになりました。
ゼファーとスティードの共通点は、1980年代のハイメカ満載・ハイスペックでカーブを素早く駆け抜けるレーサーレプリカモデルたちに対する反動だったともいえます。しかもスティードはクルーザースタイルで両足がベッタリと地面に着く安心感が絶大です。
1988年に初登場したスティード(400)にはティラーバー型とフラットバー型がタイプ設定された(600はティラーバーのみ)。
STEED(400) 主要諸元■全長2310 全幅760 全高1130 軸距1600 シート高680(各mm) 車重196kg(乾)■水冷4ストロークV型2気筒SOHC 398cc 30ps/7500rpm 3.3kg-m/5500rpm 変速機5段 燃料タンク容量9L■タイヤサイズF=100/90-19 R=170/80-15 ●当時価格:59万9000円 ※諸元はティラーバー型
安心感といえばゼファーのスタイルが古典的で多くのライダーの原点に立ち返ったもの。これが人気の理由のひとつであったと思いますが、スティードはハーレーダビッドソンがその昔から継続してきたクルーザースタイルそのものであり、言うなれば見慣れた形状として多くのバイクファンに受け入れられたと解釈することができるでしょう。
なので、日本国内ではハーレーダビッドソンが大型バイク市場でベストセラーを記録している最中に中型のハーレーダビッドソン(のようなもの)としてスティードが登場し「似たようなもの」と揶揄されることも確かにありました。
しかし一方で、「中型二輪免許で乗れる本格的なクルーザー」「日本製だからこその信頼性と低価格」という理由だけでなく「ハーレーダビッドソンはもともと眼中になく、スティードに興味がある」という若いライダーからの熱い支持があったのもまた事実でした。
自分なりのカスタム化に向けてさまざまな市販改造パーツが世に溢れたこともスティード人気を強く押し上げました。
さらに深読みすると、「いつかはハーレーダビッドソンと思っているライダーのためのスティード」。結果的にハーレーダビッドソンの潜在需要を喚起したとも言えるのだから、それはそれで悪いことではない、という分析もあながち間違いではないと思います。
リジッド風の秀逸なデザイン
さて、空前のブームとなったスティードですが、英語としては「龍馬」「竜馬」から「元気な馬」を意味しています。実際に走らせると特にパワフルというわけではなく、ストレスなく流れに乗れる走り。水冷52度Vツインエンジンはすでに販売していたブロスと基本を共用していましたが、荒々しさを演出するために低振動となる位相クランクではなく同軸Vツインという選択としています。
車体構造的にはリヤサスが装備されていないように見えるリジッド風としていますが、シート下に1本のショックユニットを装備するモノサス構造としています。
1988年に登場したスティードは400と600を同時発売。600はあえて4速化。ワイドレシオとすることでVツインの鼓動をより強調するための選択とし、同じ車体系を採用する400はパワーのハンデを埋めるために5速の設定でした。
ハンドルバーは直線的な形状のフラットバータイプと少し手前にグリップを配置したティラーバーハンドルの2種類を用意。
フォルムとしてはハンドルの軸となるステアリングポストから後輪の軸へ一直線となる「デルタ・シェイプ・デザイン」を強調しています。
クルーザーらしい純正アクセサリーも登場した。
1990年にはカラー変更とリヤシート後端に背もたれ(シートバック)を標準装備化。
1992年はカラー変更と燃料タンクを9Lから11Lへ増量。小ぶりなタンクだからこそエンジンの存在感が光るという意味でデザイナーとしては忸怩(じくじ)たる思いだったでしょうが、ユーザーの声を拾っての改良でした。
1995年にはタンク塗装をモノトーンのブラック単色としてシート表皮を一般的なタイプに変更し、バックレストも省略。約3万円ほど低価格としたスティードVLSを投入しました。ライバル対策であると同時にカスタムの素材としてできるだけ安く提供する、という考え方も含まれていたと思います。
さまざまなバリエーションが登場した1990年代後半
1996年になるとホンダはカスタム度をさらに高めたスティードVSEを投入しました。VCLよりも16cmも幅広いワイドハンドルバー、後輪にアルミディッシュホイール、後端が跳ね上がったリヤフェンダー、さらに足着き性に配慮した専用シート、サイドカバー形状変更です。これによってもっともシンプルな作りのVCL、バックレスト装備と凝った塗装のVLXそしてこのVSEの3機種構成としました。
興味深いのはディッシュホイール採用のVSEはVCL、VSEよりも1kg軽量という点です。キャストホイールが登場した当時はスポークホイールよりも重いというのが常識でしたが、キャスト式だけでなくディッシュ式でも軽量性が確保できることを証明しています。横風や乗り心地などのチェックも入念に行われたと聞いています。
そして1998年になるとホンダはフロントサスペンションをスプリンガーフォークとしたVLSを投入しました。カタログデータではフロントの懸架方式はボトムリンク式と表記されています。
街を震わす──。
テレスコピック式になる前のスーパーカブもフロントサスはボトムリンク式です。スーパーカブはスプリングが前輪軸付近にセットされているのに対し、スティードVSLはステアリングヘッド前部にスプリングを配置しただけのことなので、リンク部がボトムにあることに違いはない。なのでボトムリンク式というわけです。
このフォークの採用によってそれまでよりロー&ロングフォルムが強調されました。ホイールベースが1600mmから1620mmと20mm延長されてイメージをより強固にしただけでなく、剥き出しになった2本のクロムメッキ製スプリングと細長いフォーク、そしてフランジレス(タンク下部の溶接の継ぎ目が見えない作り)の燃料タンクの小型化も視覚効果を上げています。
同時期に低シート化したVLXがマイナス10mmの670mmとなっているのですが、VLSはさらに低い650mmという低シート高としました。
極限までシート高が低くされたクルーザースタイルでは乗り心地はどうかな? という疑問を持ちながら実際に試乗すると乗り味はさらに上質なものへと進化していたのが記憶に残っています。
前輪の21インチという細く大径のクロムメッキホイールが路面の凹凸をしなやかにいなすだけでなく、リンク式サスになったことでテレスコピック式の直線運動ではなくフリクションの少ない円周方向への動きになったためです。大径ホイールによるジャイロ効果も手伝って低速域から直進性が確保されて、ゆったりした走り味がそれまでのスティード以上に楽しめるようになったのです。
スプリンガーと呼ばれるこの方式は一般的に剛性が低くて、テスト走行する前は一抹の不安が付きまとっていたのですが、いざVSLに乗ると「きっちりと問題点を解決している」と実感しました。ホンダがやる以上、妥協しないという心意気だったと思います。
初代から歴代のスティードたちを長年に渡りテスト走行してきましたが、このVSLこそがその完成形ではないかと思いました。数としては多く売れていないけれど、400ccクラスでここまできっちりと走りと外観をやり遂げたクルーザーがあるかというとまさに稀有な存在。そして価値ある1台と思います。
モデル後期にはカスタム色を強めていった。
北米大陸走行に相応しいスタイルを400ccクルーザーに定着させたスティード
クルーザースタイルの歴史はハーレーダビッドソンの歴史ではありません。もともとインディアン、ヘンダーソン、イーグルなど他のアメリカのメーカーでも1900年代初頭から北米を走る、極めて実用的なスタンダード形状だったのです。
ただし、ヘンダーソンは縦置き直列4気筒、たとえば戦後なら単気筒314ccのマスタングも紛れもないクルーザースタイルでした。これぞ北米大陸走行に相応しいスタイルであり、前傾姿勢が多い欧州のライディングスタイルとは異なるニーズによるものでした。
そしてたまたまハーレーダビッドソンが企業として存続したためにクルーザーと言えばハーレーダビッドソンと思われるようになったのです。
Vツインはそもそも単気筒エンジンの発展形として最初に考案された多気筒化手法で、北米だけでなく欧州のバイクメーカーも多く手がけてきた定番手法でした。
そして時が流れました。
クルージングを堪能するためのアップライトなポジション。強い存在感がただようロー&ロングのスタイリング。所有感を満たす高いクオリティ。そして、あたかも乗り手と意志が通うじあう馬のような1台。そんなモーターサイクルづくりの精神をホンダは「スピリット・オブ・ザ・フェニックス」と名づけて「スティード」から次世代の「シャドウ」シリーズへとバトンタッチしていきました。
こうした経緯を踏まえての「スティード」紹介だったというわけです。
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