アレックス・リンスが強大なライバルを従え、青い光が鮮やかに輝きながら、トップを走った。イギリスGPで接戦を制するなど、’19シーズンに2勝を挙げたスズキ。ライダーの感覚を重視しつつ、手堅い開発を続けた姿勢が結実した結果だった。開発者へのインタビューとともに’19シーズンを振り返る。
●文:高橋 剛 ●取材協力&写真:スズキ ※本内容は記事公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
コンパクトな体制で戦い、もぎ取った勝利
#42:アレックス・リンス
#36:ジョアン・ミル
「よそさんに比べて、ウチは小さな規模でやってますから」スズキのMotoGPマシン開発者たちは、たびたびそう口にする。そこにはいくらかの謙遜の空気も混じっているが、厳然とした事実でもある。現在のMotoGPにマシンを提供しているコンストラクターは、ホンダ、ヤマハ、スズキ、ドゥカティ、KTM、アプリリアの6つだ。ファクトリーチーム、サテライトチームで体制や予算の動きは異なるが、単純に台数をカウントすれば、ドゥカティは6台、ホンダ、ヤマハ、KTMは4台、そしてスズキとアプリリアは2台だ。今のスズキは、最小単位でMotoGPを戦っていることになる。
しかも、多くのチームにはメインスポンサーや巨大グループ企業の後ろ盾があるが、スズキにそれらの姿はない。チーム名の「チーム・スズキ・エクスター」に冠されている「エクスター」はスズキの純正オイルブランドで、事実上は自社運営ということになる。
その割に──と言っては失礼になるだろうか。ホンダRC213V+マルク・マルケスが猛威を振るった’19シーズン、真っ青なGSX-RRは鮮やかな存在感を示した。アレックス・リンスがマルケスから2勝を奪い取ったのだ。第3戦アメリカGPは、マルケスの転倒リタイヤによる勝利だった。だが第12戦イギリスGPは、最終ラップまでマルケスと競り合っての優勝。爽やかな感動がサーキットを包んだ。
トップから現場まで一体となり、確実に前進
スズキは’19年始めに「スズキレーシングカンパニー」を設立した。独自予算を持つことで、MotoGPプロジェクトをより動きやすい組織にする狙いだ。さらに言えば、’19年4月1日をもって、二輪事業そのものを二輪カンパニーとして独立採算化。二輪カンパニー長は、スズキ代表取締役の鈴木俊宏氏が兼務している。
「アメリカGPで優勝した時は、私の携帯電話に社長秘書から連絡が入ったんですよ」と、現場を取り仕切るテクニカルマネージャーの河内健氏。
「『社長が10分後にアレックス(リンス)と話したがっている。祝福したいそうだ』と。ところがアレックスが見当たらない(笑)。あわてて探し出したんですが、電話ではお祝いの言葉をもらったようです」
プロジェクトリーダーの佐原伸一氏も、目を細める。 「アレックスは、社長のことを『トシヒロ』と呼び捨てですから(笑) 欧米文化なんでしょうけどね……。社長も『アレックス』と気さくに声をかけてくれますよ」
トップから現場まで、気持ちのいい空気が流れているのだ。「小さな規模」とは言っても、それだけスズキが会社としてMotoGP活動に、そして二輪に対して理解があり、熱意を傾けていることの表れでもある。’15年にMotoGPに復帰して以降、スズキは確実に前進していると言えるだろう。
バランスを崩さずにトータルで性能を高める
ただし、そこにジャンプアップはない。一歩一歩踏みしめながらの、着実な歩みだ。河内氏は、こう言う。
「少人数のレース集団で、どうやってライバルに立ち向かうか。しっかりと地道な開発をして、経験を生かしながら、バランスがよく、ライダーのパフォーマンスを100%引き出せるマシンを作るしかないんです。
正直なところ、飛び道具を繰り出すのは難しい。『地道』こそが、今のウチの状況に合っているのかな、と」
堅実な河内氏の言葉は、実際の開発のあり方に即している。佐原氏は、「GSX-RRの強みはバランスです。これを崩さず全体的にパフォーマンスを高めるのは、非常に難しいんですよ」
“MotoGPマシンは極めて精巧にして繊細であり、それを走らせるライダーも鋭敏なセンサーの持ち主だ。彼らはわずかな差異を決して見逃すことはなく、それが精神状態に作用し、成績の優劣に直結する” →【’19 MotoGPを振り返る〈スズキ編〉後半へ続く】
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