
WRCのグループBはひと頃はF1より人気が高く、レースの規模が大きい時期がありました。世界各国の自動車メーカーが覇を競い合う様相は、コンストラクターによるF1よりも白熱していたことは間違いありません。日本からもトヨタ、日産、そしてマツダが参戦し、それぞれ魅力的で暴力的ですらあるグループBマシンを作り上げていたのです。そこで今回はマツダの「RX-7 Evo Gr.B」をご紹介。ノンレース、しかも完璧なレストアが施された貴重な個体です。
●文:石橋 寛(ヤングマシン編集部) ●写真:RM Sotheby’s
何でもありルールに世界のメーカーが飛びついた
WRCグループBカテゴリーは1982〜86年まで続いたラリー競技。レース好きならご存じの通り、レギュレーションはほぼ「何でもあり」的なニュアンスでした。レギュレーションに対する解釈もまた自由奔放で、認可用市販車(ホモロゲーションマシン)を200台生産しなければならないというルールに対し、ランチアなどは「200台分の部品を注文した伝票」を提出し、マシンはレース用とスペア車両を合わせて50台作るかどうかだったとか。
いずれにしろ、自動車メーカーの本気度がこれほど高かったカテゴリーは後にも先にもグループBだけではないでしょうか。それは、このSA22をベースに大改造を施したRX-7 Evo Gr.Bを見ても明らかで、メーカー自身でなければできない、基礎設計データなしには成り立たないのがよくわかります。
アディショナルランプや巨大なリヤスポイラーなど、いかにもグループBらしい姿のRX-7 Evo Gr.B。ノンレース車両ゆえのミントコンディションです。
当時のWRCでは4WDが主流だったにも関わらず、FR、ノンターボでの参戦はド根性以外の何物でもありません。
ベルギーの古参ファクトリーと手を組んだマツダ
とはいえ、マツダといえどもWRC、しかも強者が跳梁跋扈するグループBに単身で乗り込むことは無謀と判断され、古豪ラリーファクトリーをパートナーとしてマツダ・ラリー・チーム・ヨーロッパ(MRTE)を結成。平たくいえば、トヨタのTTE(チーム・トヨタ・ヨーロッパ)に倣ったわけです。が、チームマネージャー兼ドライバーのアヒム・ワームボルドはオベ・アンダーソンに比肩する腕っこきですから、RX-7だけでなくファミリアさえもWRCで予想外の活躍を遂げています。
SA22はそれまでWRCへグループ1/2/4でエントリーしていたことから、ホモロゲ200台ルールは免除され、MRTEが計画したマシンは20台とされています。このうち、実際に完成車となったのは7台で、残りはスペアとしてストック。今回の個体、ナンバー019はそんなスペアパーツ、あるいは半完成シャシーから組み立てられたと考えられています。それゆえ、レース歴はなく、完成車のまま保存されていたのだとか。
ヨーロッパ仕様の13Bをブリッジポート化し、ウェーバー51IDA、ファクトリーメイドのハウジング等によるチューンで約300馬力を発揮。
ヒューズやリレーが表装されたコクピットはラリーマシンの風景そのもの。ノンレース車両だけあって、すべてがきれいなままです。
12000rpmまで刻まれたタコメーターこそ、ロータリーエンジンの醍醐味。レッドゾーンがマークされていないのもレース前ゆえでしょうか。
WRCアクロポリスで3位入賞という快挙
なお、Evo Gr.Bのリザルトは1985年のアクロポリスで3位入賞しており、これはアウディ・クアトロS1、ランチア・デルタS4といった強豪ひしめく中では大健闘といえるのではないでしょうか。ライバルたちは軒並み4WDだったにも関わらず、マツダはFRのまま。13Bエンジンこそノンターボのままですが、ブリッジポート加工(混合気の流入量が増加する)によって300psまでチューンナップ。900kgとも800kgとも言われている軽量な車体を存分に活かしたレース運びだったに違いありません。
さて、ノンレースのスペアカー「MRTE019」はベルギーからスイスやスカンジナビアのコレクターの間を転々とし、最終的にはイギリスのラリーファン、デビッド・サットンの元に収まりました。この際、デビッドはオリジナルにこだわったレストアを施しました。エンスージアストにとっては普通かもしれませんが「間違ったインシュロックだったものを、当時のMRTEが使っていたものを探し、アメリカから手に入れた」とか「ステッカーの配置を正確なものにするため数年かけた」といった徹底ぶりには驚嘆しかありません。
現存するマシンは世界にこれ1台のみ
その甲斐あって、MRTE019は世界で唯一、現存するマツダのグループBマシンと認められ、世界中のマツダ・フェスにも引っ張りだこ。それでも、デビッドが物は試しとオークションに出品、19万ポンド(約3800万円)の指し値をつけたものの売買は不成立。ランチアやプジョーなどのグループBマシンが軒並み億を越える価格で取引されていることを考えれば、かなりのバーゲンプライスです。しかも、ノンレースの新車となればプライスレスな価値だってあるはず。マツダファン、あるいはラリー好きのどなたか、ぜひ手に入れてみてはいかがでしょう。
リヤスポイラーにあるメッシュはガソリンタンク周辺の蓄熱を嫌った熱抜きでしょうか。なお、マッドフラップはWRCが指定するパーツです。
エンケイのマグネシウムホイール。とにかく、SA22の武器は軽量&コンパクトだったので、グラム単位での軽量化が工夫されています。
ブレーキターンを多用するFRラリーカーらしく、ノーマルとは全く違ったサイドブレーキ機構です。
リヤフード下に配されたラリー用ガソリンタンク。形状や配置はMRTEによるもので、前後バランスに苦心したとか。
ガソリンホースが車内を通るという驚きの設計。これでおとがめなしというのもグループBらしい大らかさでしょう。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事(自動車/クルマ)
13台しか作られなかった964モデルのうちの1台 ポルシェのカスタムと聞いて、世代の違いで思い浮かべるファクトリーが変わってくるかと思います。ベテラン勢ならば、クレーマー、ルーフ、あるいはDPやアンデ[…]
排気量拡大路線から4バルブヘッド開発へ 1980年代の後半はAMGにとって重要な分岐点だった気がします。もともと、彼らはメルセデスベンツが作ったエンジンをボアアップ、強固な足回りへと改造することに終始[…]
車内エンタメを最新化する注目製品をチェック GetPairrは、「誰でも簡単に車内エンタメを自由に楽しめる環境をつくる」ことを理念に製品開発を行っており、ポータブルディスプレイオーディオ、CarPla[…]
1903年以降、ナンバーはずっと使い続けることができる英国 ナンバープレートがオークションなどの売り物になること、じつはイギリスではさほど珍しいものではありません。 イギリスでは一度登録したナンバーを[…]
7.3リッターとなる心臓部はコスワースがカスタマイズ 今でこそアストンマーティンの限定車はさほど珍しくもありませんが、2000年代初頭、すなわちフォード傘下から放り出された頃の彼らにとってスペシャルモ[…]
最新の関連記事(YMライフハック研究所)
13台しか作られなかった964モデルのうちの1台 ポルシェのカスタムと聞いて、世代の違いで思い浮かべるファクトリーが変わってくるかと思います。ベテラン勢ならば、クレーマー、ルーフ、あるいはDPやアンデ[…]
排気量拡大路線から4バルブヘッド開発へ 1980年代の後半はAMGにとって重要な分岐点だった気がします。もともと、彼らはメルセデスベンツが作ったエンジンをボアアップ、強固な足回りへと改造することに終始[…]
生活圏に牙を剥く「熊」から命を守れ!! 年、都市近郊や住宅地にまで出没し、甚大な被害をもたらしている**「人里の熊」。もはや登山家や釣り人だけの話ではない。愛車を駆る週末ライダーも、通勤・通学の一般市[…]
激白!プレゼントは「自分の欲しいもの」が圧勝! 「日頃の感謝を込めて…」なんて殊勝なことを考えてる男性も女性もいるだろうが、甘い! そのプレゼント、本当に喜ばれているのか? パナソニックが行った調査結[…]
お風呂やシャワーを怠ることは「こりの重症化」の原因に? ピップエレキバンシリーズで知られるピップ株式会社が今回実施した調査によると、季節問わず、仕事や勉強で疲れたり時間がない等の理由で、ついお風呂やシ[…]
人気記事ランキング(全体)
経済性と耐久性に優れた素性はそのままに、ブレーキ性能を向上 ホンダはタイで、日本仕様のキャストホイール+ABSとは別ラインになっているスーパーカブ110(現地名:スーパーカブ)をマイナーチェンジ。新た[…]
※走行写真は欧州仕様 航続距離はなんと362km! ヤマハは、2025春に開催された大阪モーターサイクルショーにて「オフロードカスタマイズコンセプト」なる謎のコンセプトモデルをサプライズ展示。従来型の[…]
125ccクラスは16歳から取得可能な“小型限定普通二輪免許”で運転可 バイクの免許は原付(~50cc)、小型限定普通二輪(~125cc)、普通二輪(~400cc)、大型二輪(排気量無制限)があり、原[…]
500km/hの速度の鉛玉も防ぐ! SHOEIがキャリーケース事業をスタートする。これまでに培ってきたヘルメット製造技術を活かした新規事業で、GFRPを用いた質感と堅牢性、強固なフレーム構造による防犯[…]
充実してきた普通二輪クラスの輸入モデル この記事で取り上げるのは、日本に本格上陸を果たす注目の輸入ネオクラシックモデルばかりだ。それが、中国のVツインクルーザー「ベンダ ナポレオンボブ250」、英国老[…]
最新の投稿記事(全体)
何でもありルールに世界のメーカーが飛びついた WRCグループBカテゴリーは1982〜86年まで続いたラリー競技。レース好きならご存じの通り、レギュレーションはほぼ「何でもあり」的なニュアンスでした。レ[…]
レーサーポジションでもツーリングするカルチャーを育んだGSX-R1100! 1985年、サーキット最速を目指した新世代の油冷エンジンに超軽量なアルミ製ダブルクレードルのスーパースポーツ・GSX-R75[…]
タフネスと優しさを両立した水冷エンジン「シェルパ450」 インド北部にそびえるヒマラヤ山脈は、ロイヤルエンフィールドにとって、ひいてはインド人にとって、いつでも憧れの旅路だ。そんな憧憬が表れているモデ[…]
16日間で211万着の「メディヒール」が物量攻勢で復活 ワークマンが展開するPBリカバリーウェア「MEDIHEAL(メディヒール)」シリーズが、いま爆発的なヒットを記録している。2026年、秋冬商戦に[…]
同時代の旗艦とは異なる改革の旗手としての資質 新技術はビッグバイクから。昨今の2輪業界ではそれが常識になっているけれど、’80年代は400ccが改革の旗手となるケースが珍しくなかった。CB[…]
- 1
- 2












































