
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第150回は、日本GPを前に王座獲得まであと3ポイントに迫ったマルク・マルケス選手の強さに迫る。
Text: Go TAKAHASHI Photo: DUCATI, Red Bull
今のマルケスは身体能力で勝っているのではなく──
最強マシンを手にしてしまった最強の男、マルク・マルケス。今シーズンのチャンピオン獲得はほぼ間違いなく、あとは「いつ獲るのか」だけが注目されている──という圧倒的なパフォーマンスを見せつけています。
彼が類い稀な身体能力を持っていることは間違いありません。これまで何度も披露してきたスーパーセーブがそのいい例ですし、予選などで見せる圧巻の速さもそう。すぐれた反射神経があるからこそ成し遂げられるものばかりです。
2013年にMotoGPクラス初年度でチャンピオンを獲得したM.マルケス選手。ヒジスリを必須テクニックにしてしまうなどMotoGPに変革を起こし、チャンピオン街道を驀進した。
しかし、今のMotoGPは身体能力だけで勝てるような甘いものではありません。それに、気付けばマルケスも今年32歳。35歳のヨハン・ザルコに次ぐベテラン格です。身体能力が落ちている……とは思いませんが、20代の頃から比べて、少なくとも本人は変化を感じているはずです。
それでも、今、これだけ強いのはなぜでしょうか。今の彼は身体能力の高さよりも、「引き出しの多さ」が武器になっているような気がします。
今のMotoGPは、タイヤマネージメントが勝負を分ける重要なカギになっています。前回のコラムでは内圧について書きましたが、内圧だけではなく、レース中のグリップ変化にどう対応するかも大きなポイントです。
現役時代、内圧の変化までは分からなかった僕ですが、グリップレベルの変化は分かりました。ですからこの話、少しは語る資格があるのではないかと(笑)。
今のところ、どんなに高性能タイヤでも走っているうちにグリップレベルは落ちていきます。もちろんタイヤメーカーはなるべくグリップが落ちないように、また、落ち方もできるだけリニアで分かりやすいように、技術の粋を尽くしています。ですが、必ず消耗によってグリップは下がります。
これをどうライダーが感じるか、その感じ方は人それぞれ。滑ることで感じるライダーもいれば、滑り出す前の手応えの変化で感じるライダーもいます。ただ、MotoGPライダーぐらいのスキルになれば、どのライダーも間違いなく感度の高いセンサーを備えており、タイヤのグリップレベルの変化を敏感に感じているはずです。
問題は、それにどう対処するか。ライダーが何をしているかと言えば、いろいろしてます(笑)。僕の例で言えば、フロントタイヤのグリップが落ちてきたら、なるべく負荷をかけないようにブレーキングを微調整するなど。リヤタイヤのグリップが落ちてきたら、コーナリングスピードを高めることで、スロットルを開けた時のアタックを減らすなど。ライディングポジションを微妙に変化させて、タイヤの減りを相殺する……などなど。
このようにいろんなやり方を駆使して、できるだけラップタイムを維持します。「などなど」と曖昧な書き方をしたのは、何をどうするのかはタイヤやマシン、路面のコンディションなどによって異なるから。ライダーやマシン、タイヤチョイスによってもやるべきことは変わってくるので、一概に「コレが正解」とは言えません。
ひとつ確実に言えるのは、できるだけ多くの対処方法を持っていることがとにかく大事だし、それが最高の武器になる、ということ。鈴鹿8耐のチーム監督の仕事の中で、いつも僕は若手ライダーに「いろんなことを試しなさい」と言います。これは、いろんな乗り方ができるようになっておくことで、レース終盤のタイヤのコンディション変化の対応能力が高まるから。
ライディングも、ポジションも、セッティングも、「自分はこれ」というスタイルが固まりがちですが、それでは「自分に合うコンディションの時はいいが、そうじゃない時にまったく対応できない」という、“弱いライダー”になってしまうんです。
ここでようやくマルケスの話に戻りますが(笑)、彼の強さの秘密は、あらゆる状況に対処できる技の引き出しをたくさん持っていること。実は優れた身体能力以上に、小技を多く持っていることの方がレース結果に利いています。スーパーセーブに比べるとかなり地味で、外からはほとんど分かりませんが、実はマルケスはかなり器用なライダー。だからこそ32歳の今も、自分より若いライダーに負けないレース強さを備えているんです。
誰よりも上手くアジャストできる、いつかそれを言語化したものを聞いてみたい
引き出しの多さや器用さを手に入れるのに非常に有効なのが、ダートトラックでしょう。サラッサラの路面を走るダートトラックは、滑ることが大前提。横に滑らせることは誰にでもできますが、マシンを効率よく斜め前に進ませるのは至難の業です。
僕は現役時代、ケニー・ロバーツさんのランチ(牧場)でダートトラックの特訓を受け、結局うまくはできなかったけれど、「ああ、こうすればいいのか」という理屈は分かりました。そして自分のレースにも生かすことができたんです。
簡単に言えば、ダートトラックは「ありとあらゆるワザを使って、トラクションをかける」ことが求められます。ライディングポジション、バンク角、バンキングスピード、スロットルの開け方やタイミング……。フロントブレーキがないアメリカンスタイルのダートトラックでは、これらを駆使しながらとにかくマシンを前進させなければなりません。
やり方や組み合わせは無限にあるので、そのひとつひとつを言葉や理屈で覚えてはいられません。とにかく走りまくって体で覚えることで、状況に応じて自然と体が動くようになるんです。
……なぁんてことを、今でこそ僕はこうして文章化できていますが、現役当時はまったく言葉にできませんでした……というより、グリップレベルに応じて体が勝手に反応するという自分だけの現象ですから、言葉にする必要がなかったんです。「自分は今、どうやって走ればいいんだろう」なんて考えているヒマはなく、瞬時に、微妙に、そして最適に、体がアジャストしていました。
マルケスは、それがもっと高い次元で行われているのでしょう。正直、僕には想像がつかない世界ですし、彼自身も現役バリバリの今は言葉にできないはずです。それでも、レース中にグリップが徐々にダウンしていくタイヤに、世界中の誰よりもうまくアジャストしていることは間違いありません。
今の僕は、若い頃に比べると体の動きは遅くなっているし、目もついていきません。ライディングを突き詰めることは、もうできないと思います。ただ、その代わり……というわけではありませんが、いろんな方たちと語り合う中で、ずいぶんとライディングを言葉にできるようになりました。これはこれですごく楽しいですし、「誰かの役には立てるかもしれない」と思っています。
マルケスも現役を退いて時が経てば、自分のライディングを言語化できる日が来るかもしれません。彼がどんなことを語るのか、今から楽しみです。……今のところ、彼の現役引退自体が想像できませんが(笑)。
2025年は最強のマシンを手に入れたが、それでも同じドゥカティ勢の中でひとり違いを生み出している。
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