久しぶりに転倒してしまいました……

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.90「バニャイアを抜かなかったザルコの状況判断」

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第90回は、忖度と言われたあの場面などについて。


TEXT:Go TAKAHASHI PHOTO:DUCATI, HONDA, RED BULL, YAMAHA

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僕も雨は嫌いじゃない、ただ速く走れないだけ……

第17戦タイGPは、雨に翻弄されたレースになりました。MotoGPクラスで優勝したKTMのミゲール・オリベイラ、そして2位になったドゥカティのジャック・ミラーは、ともに「雨に強いライダー」という印象がありますね。

新世代のレインマスターと読んでもいいオリベイラが危なげなくトップを快走して優勝した。

レインコンディンションでのレースは、誰だって怖いものです。公道でバイクに乗る皆さんと、そこはまったく同じ。特に怖いのはブレーキングしながらクリッピングポイントまで進入することですね。立ち上がりでスロットルを開けて滑る分にはまだコントロールできますが、ブレーキングでフロントを失ったらどうにもできません。

ドライコンディションの時と比べると、どうしてもソロリソロリという進入になります。なかなかマシンを寝かせられないから、結果的に曲がらなくなって、ますます怖い……。でも雨に強いライダーは、進入からして十分に速いんですよね。

多くのライダーが怖くてスピードを落としすぎる中、オリベイラやミラーは最初のうちからいいペースをつかんでいました。レインコンディションでは、基本的にサスペンションがよく動く柔らかめのセッティングにします。そのフィーリングが合っているのでしょう。

「怖がりじゃないライダーが、雨に強いライダー」という見方もありますが、路面が乾いていようが濡れていようが多少怖かろうが、とにかく速く走りたいのがレーシングライダーの性。精神的なことより、セッティングの影響の方がはるかに大きいかな、と僕は思います。

現役時代、僕は雨が嫌いではありませんでした。ただ速く走れないだけ(笑)。とは言いつつ雨のレースでも勝っていますが、そのコースでのテストが雨だったことが幸いしました。雨の中、やむを得ずテスト走行した結果、セットアップがしっかりと出せていたんです。

レースはセッティングが非常に大事だし、想像以上にシビアです。基本的に雨での走行は少なく、セッティングデータも少ないもの。ドライの時のようには煮詰め切れないのが現実だと思います。その中でも、最大限のパフォーマンスを発揮できたのがオリベイラとミラーだった、ということでしょう。

ザルコのタイヤはすでに滑りはじめていた

3位はドゥカティのフランチェスコ・バニャイア。レース終盤には同じドゥカティのヨハン・ザルコが追い上げてきました。ホンダのマルク・マルケスをあっさりとかわしたものの、バニャイアには無理なアタックをせず、4位でチェッカーを受けています。これが「忖度じゃないか」と物議を醸しましたね。でも僕は最適な判断だったと思っています。

これはその場その場の状況判断によりますから、何が正解とは言えません。でももし僕がザルコと同じ立場だったら、やはりバニャイアには仕掛けなかったと思います。自分がチャンピオン争いに絡んでいなければ、無理なアタックに意味はありません。絶対確実にスパッと抜けるぐらいペースに差があれば別ですが、少しでもリスクがあるならチャレンジはしないと思います。

3位に入ったフランチェスコ・バニャイア。

ザルコは序盤に追い上げたことでタイヤを消耗したか……。

これは忖度というより、あくまでも状況判断かな、と思います。マルケスを抜いた後のザルコは、結構タイヤが滑っていた。路面状況の変化もあって、タイヤのライフが終わっていたように見えました。万一バニャイアを巻き込むような転倒をしてしまったら、せっかくのタイトル争いに水を差すことになります。だからあの場での彼の判断は正しかったと僕は思います。

あくまでも仮説ですが、もし自分の初表彰台が懸かっていたとしたら……。それでも僕ならリスクは取りません。やはりバニャイアを抜くことはなかったでしょう。人を巻き込んでまで、表彰台は欲しくありません。ここは人それぞれ、いろいろな考え方があると思いますが、僕はそういうタイプです。

「じゃあ、アラゴンでファビオ・クアルタラロと絡んだマルケスはどうなんだ。タイトル争いとは無縁なのに、ランキングトップのライダーと絡んだんだぞ」という話になりそうですね(笑)。でもあれは、マルケスがクアルタラロを抜こうとして起きたクラッシュではなく、あくまでもクアルタラロがマルケスに追突したかたち。レーシングインシデントに過ぎず、実際、ペナルティは課せられませんでした。

まさかの17位に沈んだクアルタラロ。レース写真も寂しげなものばかりに……。

バニャイアが3位となって16点を追加した一方、クアルタラロがまさかの17位で0点。チャンピオン争いトップのクアルタラロと2番手バニャイアのポイント差は、わずか2点になってしまいました。残りのレースが行われるコースとドゥカティの相性を考えれば、バニャイアはかなり有利ですね。シーズン中盤まではほぼ絶望的なポイント差でクアルタラロに引き離されていただけに、バニャイアとしては「獲れればラッキー」ぐらいの、かなりラクな気持ちで残り3戦を戦えるでしょう。ただ、彼はたまにポカミスをして単独転倒してしまったりするので、要注意ではありますが……。

チャンピオン争いという点では、Moto2の小椋藍くんも見逃せません。タイGPがハーフポイントになったことで、ランキングトップのアウグスト・フェルナンデスとの差は1.5点となっています。ここからは、チームを含めた総合力の勝負になるでしょう。ライバルであるRedbull KTM Ajoのチーム力は非常に高い。全体的に見れば、藍くんがタイトルを獲得するためには、残り3戦を相当に頑張らなければなりません。

「頑張る」というのは、ライディングに関してだけではありません。チームを団結させ、自分の味方につけ、スタッフ全員に最大限の力を発揮してもらうのも、ライダーの仕事です。藍くんがうまく立ち振る舞い、コミュニケーションを深めながらチームを引っ張っていくことができれば、チャンピオン獲得は十分にあり得ると思います。

小椋藍は6位フィニッシュ。フェルナンデスが7位かつハーフポイントになったため、ポイント差の変動は最小限に。

安全第一で長く楽しみましょう!

さて、私事ですが……。先日、友人と林道ツーリングに行き、久しぶりに転倒してしまいました。丸太越えをしたんですが、着地点に空いていた穴に前輪から突っ込み、ハンドルがスパッと切れ込んでしまったんです。自分のセローで転んだのは初めてのこと。ショック……というより、痛かった……(笑)。ハンドルがすごい勢いで切れ、キックバックを食らって右手を傷めてしまいました。

幸い走れないほどではなかったので、そのままツーリングを続けて自走で帰宅。すぐに病院で診てもらいましたが、骨折もヒビも入っておらずひと安心でした。今回は軽い転倒でしたし、友人と一緒だったので助かりましたが、単独で林道に行くのは危ないですね。今後の林道ツーリングは必ず誰かと行くようにしようと思っています。

実は林道ツーリングの後、関西で自分が走るイベントが続いていたので、「うわ、やっちゃったかな」と思っていました。でも、10月8日に鈴鹿ツインサーキットで行われたサーキットイベント「カスノ大運動会」、そして10月9~10日に堺カードランドで行われたお遊びミニバイクレース「ライパGP」にも無事参加でき、皆さんとバイクを楽しみながら交流できました。

それもこれも、無事だったからこそ……。皆さんもバイクに乗る際は、くれぐれもお気を付けて。安全第一で、長くバイクを楽しみましょうね。

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