世界で唯一? 事故車のポルシェ959が2億円超えの「幻のスピードスター」として蘇るまで

世界で唯一? 事故車のポルシェ959が2億円超えの「幻のスピードスター」として蘇るまで

ポルシェ959の生産台数はこれまで283台が定説でしたが、最近になって生産管理担当者が最終的には330台に達したとの証言をしています。が、それにしても少ない。そもそも新車価格が42万マルクという途方もない値段だったにもかかわらず、959は1台作るごとに赤字を計上していたことは有名なエピソード。生産台数が限られるのも納得です。すると、事故で多少のダメージを受けたぐらいなら、きれいに直して復活させるというのも大いにあり得る話。ですが、「どうせなら959スピードスターにしちゃおうぜ」というのはレアケースに違いありません。


●文:石橋 寛(ヤングマシン編集部) ●写真:RM Sotheby’s

伝説の始まり:わずか数か月で大破した959

1987年11月6日、シャーシナンバー900142、ツェルマットシルバーの959はコンフォート仕様、すなわちエアコン、パワーウィンドウ、そしてブラックとグレイのコンビレザーシートといったトリミングで出荷されました。

最初のオーナーはユルゲン・ラッシグ、日本ではなじみが薄いかもしれませんが、1970~1980年代にかけてポルシェのレーシングシーンで活躍したレーサーです。

が、こともあろうに納車されて数か月で、彼はアウトバーンの多重クラッシュに巻き込まれてしまったのです。

今回紹介する「959スピードスター」。本物の959をカブリオレ、またはスピードスターにカスタムしたのはおそらくこれが最初で最後の1台。修復歴ありと言っても2億円オーバーは当然でしょう。

事故車が変貌?! 幻の”スピードスター”へ

この事故車を引き取ったのが、ケルンを拠点とするレーサーでファクトリーのオーナーであるカール・ハインツ・フュステル(Karl-Heinz Feustel)。

ラッシグよりいくぶん若いカールですが、レースを通じた付き合いでもあったのでしょう、事故車といえども格安で譲ってもらったと語っています。

修復作業を始める前に、カールは900142をカブリオレ、あるいはスパイダーに再構築することを決めていたそうです。いずれポルシェ本家が作るだろうと予想したカールは、「本家に先がけて作ってやる」と決意したのでした。

959独特のフェンダーフレアとオープントップの印象は新鮮なもの。グランプリホワイトとブルーレザーのコンビもじつにポルシェらしいもの。

4000時間を費やした奇跡の復活劇

とはいえ作業そのものは難航を極め、完成までに4000時間を費やしたとのこと。バイザッハの959マイスターに言わせると、ピラーをカットしてルーフを省くまでは911のカットに等しいのですが、ソフトトップを格納するためのボディ後半部の加工は難しいとのこと。

なぜなら、959はケブラー素材とカーボンケブラー素材のハイブリッドであり、車体のほとんどがバイザッハの職人によるアッセンブリなので「バラしたら最後、すべてイチから始めることになる」からだそうです。

また、現在ではいくつかのソリューションもありますが、80年代後半といえどもケブラー素材の塗装は特殊な技術が必要で、とりわけリヤのエンジンフード、バンパー周辺は熱を帯びるパートゆえに「ポルシェの設備でなければ忠実な再現は難しい」とされていたのです。

ともあれ、カールは電動カブリオレだけでなく、カーボンケブラーを用いたハードトップ、さらにはフロントスクリーンを着せ替えるとスピードスターにもなるというボディを作り上げました。

そして、ご覧の通りボディ&ホイールはグランプリホワイトへと変更され、インテリアとシートは純正のブルーレザーで仕立て直すという徹底ぶり。1989年のフランクフルトとエッセンのショーに出品され、瞬殺で売れてしまったというのも当然ですね。

フロントスクリーン、畳んだソフトトップの視覚的バランスは911のそれに等しいかと。なお、スクリーンはスピードスター用と交換可能となっています。

カブリオレ機構を導入しても、リヤシートはしっかり存続。どうやら、ドイツのカロッツェリア、バウアー社が協力している模様。

元の内装はブラックでしたが、修復&カスタムを機にブルーへと変更。もちろん、各パートともにポルシェ純正品が使用されています。

959独特のG(ゲレンデ:極低速)ポジションを備えた6速MT。ピンボケのダイヤルはダンパーの調節と車高の制御用でコンフォート仕様車には標準装備。

エンジンルーム内がホワイトになっていないのは塗り残しではなく、959の仕様でボディが何色であっても耐熱カッパー塗装となります。

事故車でも2億円超え! プレミアムな価値

ちなみに、お値段は当時の価格で120万ドル(当時のレートで約1億5000万円? )と、新車価格の数倍! 腐っても鯛とは言いますが、事故っても959! しかもスピードスターですからね、あながち法外な値段とは言えません。

その後、959スピードスターはドイツのコレクターが2008年まで所有していましたが、スイスのオークションに出品されると約130万ユーロ(約2億2000万円)で落札。その価値は、下がるどころかむしろプレミアムな値上がりを見せています。

ちなみに、筆者もリヤセクションを事故で壊した959を手に入れようとしたことがありますが、無塗装のリヤフード単品で450万円といわれてあえなく撃沈。ポルシェ唯一のスーパーカーといわれる959だけに、庶民がうっかり手を出せるクルマではありませんね。

ソフトトップを閉じてもポルシェらしさは損なわれていません。おそらく、トップの生地もポルシェ純正品と思われます。

カール・ハインツ・フュステルはケブラー素材でハードトップまで製作。ご丁寧にサンルーフまで備え、豪華な木製ケースに収納されています。

スピードスター仕様のスクリーンは、低くカットされて傾斜も深くなります。ハードトップ同様、カール特製のケースに収納可能。

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