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大鶴義丹さんの入手したカタナのエンジンは調子を崩していたわけではない。しかし、義丹さんは中古エンジンを手に入れて自分の手でオーバーホールを開始した。そして8カ月の月日を経て完成。自分の手で組んだエンジンで走り出す喜びとは……
●文&写真:大鶴義丹
大鶴義丹(おおつる・ぎたん)/1968年4月24日生まれ。俳優、作家、映画監督など幅広いジャンルで活躍。バイクは10代の頃からモトクロスに没頭。その後、ハヤブサやGSX-Rシリーズでカスタム&サーキット走行も楽しみ、最近はハードなオフロード遊びがメイン。2012年に公開された映画「キリン」では脚本監督を手がけた。映画「キリン」から10年が経過し、テクニカルガレージRUNでスズキGSX1100Sカタナを入手した。
連載第1回、【大鶴義丹・54歳、迷走の果て Vol.1 】空冷カタナを自宅リビングに飾って、たまに乗るはこちら
「DNAに響く感動」
全バラにしたエンジンで再び走り出す。その快感は組み上げた者でしか分からない。
まずは最初に御報告。新エンジンが完成して、やっと車体に載せ替えた。散々苦労してオーバーホールをした空冷カタナのエンジンが、「バン」と始動した瞬間の喜びは、山登りのようなもので、自分で額に汗して組み上げた者でしか分からない感動だろう。ノーマルコンセプトのオーバーホールではあったが、アクセルを開ける度に「親バカ感覚」で200馬力くらいあるような気がした。
これは四輪乗りも含めて、内燃機が好きならば、一度は知るべき喜びだと思う。その爆発音は、人生の奥底にまで響く感動がある。
自分の前で唸っている大きな空冷エンジンの、内部の部品一つひとつまでが自分の頭の中にある。またキャブレターはその構造が感覚的に理解できるので、ガソリンがどうやって燃えて、自分が組んだパーツに対してどんな運動エネルギーを与えているかを感覚的に理解できる。
今となっては温暖化の温床とまで言われているが、人間は原始時代の頃より、物質を燃やすのが大好きなのだ。それはDNAに深く刻まれているのだろう。
「やはり、プロショップさんは凄い」
勘違いしてはいけない。今回、旧車エンジンを作って知ったのはプロへの対抗心ではない。その逆であり、これだけ多大な費用と情熱をかけ、8カ月の時間がかかる「仕事」を、日常的な商いとしている「プロ様」へのリスペクトであった。正直、こんなことを定期的な商売にすることは私の器では無理だ。精神崩壊するだろう。それは、自分でリアルに作ったからこそ湧き出る思いだ。
「辛いことがほとんど、3回戦」
中古エンジンを手に入れてから約8カ月、マニア道垂涎の「予備エンジンオーバーホール」が完成して、新生した空冷カタナが走り出した。
とは言っても、まだ走行距離500km弱・エンジン回転数を抑えたナラシ段階なのだが、とりあえず変なトラブルはなく元気に走っている。300kmを超えたあたりから、エンジンのフケがいきなり変わったのが印象的だった。贔屓目ではあるが、相対的なレベルは分からないが、悪くないエンジンになったと思う。
友人にも協力してもらいながら、3回も組み上げたエンジン。
異常な高騰の純正部品(排気バルブが1本/1万円)や廃番ラッシュもあり、すべてを新品部品に交換したわけではないが、面研・ホーニング・シートカットと擦り合わせ・クランク修正・ポート研磨・ピストン重量合わせに始まり、絶対に必要と思われる摩耗部品やシール類はすべて交換したこともあり、パリッとした新しい感触のエンジンだ。それまでのエンジンよりも、明らかに振動がない。その外観もノーマルとは少し違う色の「軍用ガンコート塗装」で、異様なオーラを放っている。
しかし思い返すと、思い通りにいかないことや、知識不足からの失敗の連続で、半分以上は辛いことや悲しくなることばかりだったと思う。
アマチュア仕事と言うこともあり、結局、テストや誤作業、組み間違い、新たに手に入れたピストンへの変更なども入れて、バラしたエンジンを「3回」も組み上げることとなった。その度に再使用不可になったガスケット類等、無駄な出費も多々あったが、その分だけウィークポイントへの対応や特殊な作業の知識が蓄積されたのはいうまでもない。
「まず失敗」しては「再び学ぶ」と言う果てしない繰り返しだった。一回で成功することの方が少ない。直しているのか壊しているのか。その度にお金もかかる。友達にもたくさん協力してもらった。結果、3回もバラしては組むことに。
だがそんな苦労を抜けて組み上がったエンジンのクランクを手で回して、軽やかに16バルブ一つひとつが時計仕掛けのように動く様を見ると、それまでの苦労が一瞬にして快感へと「化学変化」していくから不思議なものだ。
そしてエンジンがかかり、気持ちの良い音と共に、そのエンジンが空冷カタナと自分を加速させると、身体の奥で何かが暖かく溶けていくような快感。これは知った者だけが陥る、とんでもない中毒だ。
アマチュア遊びゆえに可能な酔狂で、そもそも数カ月の間に、同じ空冷カタナのエンジンを3回も組み直すような「無駄」なことは商業ベースでありえない。バイクが好き云々よりも、「工芸」や「美術」の領域に近い部分もあり、私自身もこの作業に8カ月も関わっていて、気がつくと完成が目的なのか、作業し続けることが目的なのか分からなくなっていた。
まるで永遠に完成しないガヴティのサグラダファミリア建設。
「旧車エンジンのツボ」
8カ月この作業に関わって感じたことは、究極のチューニングエンジンというようなことでない限り、新しいノーマルエンジンを組み上げること自体は、新車工場のライン組み立てと同じで、決して難しくはない。
専用道具をケチらずに買い集め、指定された数値通りに、手順を間違わなければ良いだけ。巨大な費用をかけて、すべてが上手く組み合わさるように緻密に設計されている。人間は指定された通りに組めば良いだけ。だが、それは新しいエンジンでの話で、旧いモノとなると話は違う。
大前提として、この手の旧い空冷大型バイクはエンジンが熱で歪んでいることも多く、スーパースポーツ・レベルの精度が出る訳がない。「R」がいくつも続くようなイマドキ系とは違う。
溶接されたかのように固着しているスタッドボルトの引き抜きや、その逆に指定トルクで締めたというのに、ネジ山が飛んでヘリサート作業となることもある。熱による歪みの修正などは、内燃機ショップに頼むことになるが、目に見えない歪みを見つける作業自体がとても難しい。
古い紙ガスケットなどは、石のように固着していて、傷つけずに剥がして表面をキレイに研磨するだけで半日くらいかかる。実際には数日に分けての作業だ。その手の作業はエンジンを組み上げるというよりも「清掃作業」のような感覚で、メカ好きにとっても決して楽しいものではない。それも含めての「旧車エンジン」なのだ。
「レストア道の始まり」
バイクいじりや四輪のチューニングは若い時代から当たり前のように関わっていた。だが、この年齢で旧車レストアを始めたのは良いタイミングだと思っている。レストアは覚えてしまえば年齢制限がないからだ。
バイクを乗りこなすことに関しては、残念ながら「年齢」からは逃げられない。これはすべてのスポーツに然り。
先輩たちの「轍」を見ていても、生粋のバイク乗りからバイクを取り上げてしまうと、とても悲惨な結果となる。大きなアイデンティティが消失するからだ。
私も先日免許の書き換えをしたが、次の免許の書き換えは「還暦」だという事実に驚愕した。オフロードを楽しめるのはその先10年あるかないかだ。だが、バイクレストアは普通に暮らせる体力があれば一生モノだ。また、自分が乗れなくなったとしても、作った者を次の世代に託すこともできる。
仕上げにキャブレターを手で磨いてみた。
「完成ではなく、始まり」
冒頭で「完成」とは書いたものの、空冷カタナエンジンとの関りは終わったのではなく、新たなフェーズの「始まり」だと思っている。一応、今のナラシ段階ではまともに動いてはいるが、1000kmくらいナラシをしたら、キャブのセッティングや同調が必要だろう。そしてこの先にさらに負荷をかけて動かし始めたら何が起きるかは予想不可能だ。だが何かあれば、2時間もあればヘッドとシリンダーを外して、ピストンと御対面すことなども簡単なことだ。クランクを割ることも、そこから半日もあれば可能。気がつくと、もう何も怖くなくなってしまった。
そして元々載っていた絶好調エンジンは、新たに「軽め」のオーバーホールを始めている。外装を「ガンコート」とは違う別の専用塗料で塗り替える予定で、ピストンやバルブその他を計測すると、ほとんど「健康」な状態だったので、ヘッドの清掃と傷んだ部品やシール類のみを交換する予定だ。
また今積んでいるエンジンはこのまま問題なければ、夏前にシャシダイで計測をして、夏以降あたりに、実験的に軽くボアアップ(1135仕様)などもしてみようかと思っている。
たった8カ月ではあるが、それでもかなり多くのことを「孤軍奮闘」で覚えた。この先は、あえて色々なエンジンには手を出さずに、とにかくカタナエンジンだけを何機も作る予定だ。
奥に佇むのはポルシェ718 ケイマンGT4。ボアアップした1135仕様なら……
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