俳優・大鶴義丹さんがスズキGSX-1100Sカタナを入手。最近はビッグアドベンチャーでハードなオフロード遊びがメインだったが、そこに空冷カタナを買い足す理由とは? その顛末をミリオーレwebで連載開始。
●文:大鶴義丹
大鶴義丹(おおつる・ぎたん)/1968年4月24日生まれ。俳優、作家、映画監督など幅広いジャンルで活躍。バイクは10代の頃からモトクロスに没頭。その後、ハヤブサやGSX-Rシリーズでカスタム&サーキット走行も楽しみ、最近はハードなオフロード遊びがメイン。2012年に公開された映画「キリン」では脚本監督を手がけた。映画「キリン」から10年が経過し、スズキGSX1100Sカタナを入手した。
「カタナという原風景」
この春にカタナを買った。言うまでもなく新しい水冷カタナではない、空冷GSX1100S、1990年式のアニバーサリーと呼ばれるモデルだ。縁あって我が家に来ることになったこのマシン、幾つかの部分をカスタムされてはいるが、基本ノーマルという極上モノである。
千葉のスズキ系有名店、テクニカルガレージRUNで、前オーナーが長い期間フルメンテを委託していたもので、同店を介して私が新たなオーナーとなった。タイミングとしても、この手の絶版大型空冷バイクは高騰を続けているので、今を逃したら次はないと決断した。
空冷カタナの原風景というものを考えると、80年代の青春を過ごした世代としてはどうしても「バリ伝・ヒデヨシ」と「あいララ・首都高キング」の2台に戻ってしまう。奇しくもその2台はナナハンなのだが、当時の社会背景では、1100は存在自体が非現実的であったから仕方がないだろう。
個人的には可哀そうなビデヨシよりも、崇高な感じのするキングの青いカタナが好きだった。しかし、「バリ伝」「あいララ」「キリン」にしても、カタナというマシンは、いつもどこか暗い影を持っているライダーが乗っているのはどうしてなのであろう。
そんな印象もあり、あの時代、私にとってカタナに乗るということは、どうしてなのか現実的なことではなかった。あえて言うと、私は単なる「カタナオタク」ではない。空冷カタナに対する思いは複雑というか、単なる好き嫌いでは言葉にできない存在のようで、簡単に口にしたらバチが当たるような神々しさがある。
極端な話、カウンタックなどと同次元の凄みと存在感だ。それに乗る資格を問われるのが怖くて、いつかは乗りたいという気持ちを、仲間にも告げずにいた高校生の一人であった。
そんな高校生だった私が今から10年前、映画キリンにおいて、プロデューサー・監督・脚本・スタントライダーと、尋常ならぬ領域で深く関わることになる。
しかしその映画を作った原動力と言うのは「カタナ映画」を作りたかった訳ではない。そんな不純なものではなく、規制が本格的に厳しくなる前に、日本最後の「公道実写撮影」でのバイク映画を作りたかっただけだ。故に、映画を発表して以後、あらためてカタナオーナーになるまでには、10年という心の整理の時間が必要であった。
大人の財布にとって、空冷カタナを買うこと自体は特別なことではないだろう。今の時代、それ以上に高額のバイクも、それ以上高性能で大排気量のバイクも巷にあふれ返っている。
また20年以上前に、とある縁で某有名カタナ専門ショップのフルノーマルカタナを1カ月ほど乗り回していたことがある。当時はエンジンまでチューニングしたフルカスタムハヤブサに乗っていた時期で、普通のバイクに感じた。高校生のときから、ずっと持ち続けていた憧れがボヤけたような気がした。
だが不思議なもので、そのカスタムハヤブサにもその後飽きてしまい、さらに高性能なスーパースポーツに乗り換えたがそれもサーキットで廃車にしてしまい、先祖返りで油冷1100も2台ほど嗜み、今に至るという迷走の果てだ。
ここ数年は巨大なアドベンチャーマシンでのハードなオフロード遊びがメインであった。現在もスズキVストローム1050XTで林道は当然、獣道まで走破している。そんな私が再び空冷カタナを買い足す理由とは。
「あのカタチがあらわすもの」
空冷カタナの本当の魅力や意味に気がつき、実際に所有するまでには、漫画誌面での出会いから、40年近い時間がかかった。そして現在、私の空冷カタナは完全室内保管という甘やかしぶりだ。
一階の客間の隅に現代アートのように鎮座している。我が家を訪れた客人は一様にその迫力に言葉を失う。乗る以上に見るだけで人をそこまでひきつけるバイクというのも珍しいだろう。また、外からそこに出し入れするための特殊な「家具」も自作した。
そもそも空冷カタナというバイク、その中身は「牛・ベコ」とも揶揄されたGSX1100Eであるのは言うまでもない。1980年当時は世界最速を謳ったほどのスーパーマシンであるが、何ともデザインが「愚直」過ぎて、その時代に色々と心無い言葉を言われたらしい。実際に、開発責任者の横内二輪設計次長はその当時の状況を、スズキは大型バイクの歴史がまだ浅く、マシンの性能に一生懸命過ぎで「外観までは手が回らなかった」と語っている。何とも涙の出る昭和スズキ列伝だ。
そして悔しがったスズキ陣営が、恥も外聞もなく、外装だけを外人さんにデザインし直してもらったのが空冷カタナ。今や名車中の名車とも言われるカタナだが、そんな屈折した歴史を持っている。だがそんな背景を吹き飛ばすほどに、スズキ特有の質実剛健の車体と、外人さんの考えた宇宙船のようなデザインのマリアージュは予想以上に効を奏した。すべての昭和バイク小僧たちが腰を抜かした。
私もやはりその一人で、あの形が何であるかというのは、所有した今をもってよく分からない。デザイナー談として、モチーフは「ブーメランだ」というものあるが、私は自分の空冷カタナにブーメランを感じたことは一度もない。それは前記したカウンタックのようものでもあり、「カッコイイ」とか「速そう」などという表現の先にある存在感で、男の子の心を本能レベルで鷲掴みにする。
また余談であるが、空冷カタナは有名バイク漫画において主要アイコンを幾つも演じているように、日本人の空冷カタナ好きは世界一だ。しかし海外ではそこまでの人気がある訳ではない。あのデザインが何かしら日本人の奥底にあるものをくすぐるのかもしれない。
次回は「あのエンジンと19インチの味」
50代半ばになって、やっと理解できた、空冷カタナの乗り味と性能について書かせていただきます。
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