「ターボ付きまで進化したド変態エンジンとは?」1980年代に向け、ホンダが作った縦置きVツイン【ホンダGL400/500シリーズを振り返る】

「ターボ付きまで進化したド変態エンジンとは?」1980年代に向け、ホンダが作った縦置きVツイン【ホンダGL400/500シリーズを振り返る】

●記事提供:モーサイ ●文:中村友彦 ●写真:八重洲出版アーカイブ、MCクラシック編集部

未知のジャンルへ挑戦した縦置き80度Vツイン

どうして縦置きVツインだったんだろう? ホンダGL/CXシリーズ対して、僕は昔から疑問を抱いていた。当時の技術資料を見ると「ウイングGLは1980年代の新しい時代を指向して開発した、高性能の中排気量スポーツタイプツーリング車です」と書かれているものの、そういうコンセプトならエンジン形式は何でもよかったはずだ。

とはいえ、この度クルーザーのGL500カスタムを試乗するにあたって、1970年代の雑誌を読み返してみたところ……、何となくではあるが冒頭の問いに対する答えが見えてきたのだった。

ウイングGL500デビュー当時に配布された技術資料より■デビュー時に配布された技術資料では、革新的な縦置きVツインとシャフトドライブの構成を強調。キャブレターは70年代後半から本格的な普及が始まった、新世代の負圧式ケーヒンVBで、ベンチュリー径は500:35mm、400:32mm。この図版ではわからないものの、フレームはダウンチューブが存在しないダイヤモンドタイプで、当時のホンダは並列6気筒のCBXにも同形式のフレームを採用していた。

そもそもの発端は、開発初期段階からシャフトドライブの採用が決まっていたこと、のようである。だからと言ってエンジン形式が限定されるわけではないが、74年にGL1000を発売したホンダは、シャフトドライブとクランク縦置きエンジンの相性のよさを、すでに熟知していたのだ。

もちろん、新しいエンジンにチャレンジしたい! という技術陣の意欲もあったはずで、当時のホンダにとってVツインは未知の分野だったし、欧米で人気のこのエンジン形式をモノにすれば、新境地が切り開けるのだから。事実、80年代のホンダは、VツインでパリダカとAMAダートトラックを制するのだが、その根源にはGL/CXシリーズで得たノウハウがあったのだろう。

さらに言うなら当時のホンダは、「ユニバーサルジャパニーズモーターサイクルからの脱却」という意識も持っていた。70代の日本車は、海外では「エンブレムを外すと見分けがつかない」などと揶揄されることが多く、それがホンダのヤル気に火をつけたのである。もっとも当時縦置きVツインは、モトグッツィのお家芸だったものの、すべてにおいて革新的だったGL/CXに対して、モトグッツィとの類似性を指摘する人は、ほとんどいなかったようだ。

ウイングGL500技術資料より、エンジン透視図

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