
ライディングスクール講師、モータージャーナリストとして業界に貢献してきた柏秀樹さん、実は無数の蔵書を持つカタログマニアというもう一つの顔を持っています。昭和~平成と熱き時代のカタログを眺めていると、ついつい時間が過ぎ去っていき……。そんな“あの時代”を共有する連載です。第33回は、ホンダのスクーター「フュージョン」を取り上げてみます。
●文/カタログ画像提供:柏秀樹 ●外部リンク:柏秀樹ライディングスクール(KRS)
1986年、異端児の誕生。「融合」の名を持つスクーター
ホンダの250ccスクーター「フュージョン」は1986年に登場しました。フュージョンは1970年代後期にかけて流行したジャズとロック、ラテンなどを組み合わせた音楽用語でもあり、「融合」という意味を持っています。
フュージョンに初めて乗ったのは、鈴鹿サーキットで他のホンダニューモデルと一緒にバイク雑誌向けにお披露目された時です。
エンジンは先行販売していた「スペーシー・フリーウエイ250」(型式MF01)に搭載していた20馬力の水冷OHC単気筒エンジンを流用。乾燥重量125kgしかないコンパクトなフリーウエイに対して、型式MF02のフュージョンは156kg。31kgの重量アップにも関わらず、パワーフィールはそれでも十分な印象でした。
何よりも新鮮だったのは1625mmという、大半の大型バイクよりも長いホイールベースによる、実にゆったりした走り味でした。私はすでに初期型スペーシー・フリーウエイ250のオーナーとして、このエンジンの味はよくわかっていたのですが、車体の作りが違うとここまで乗り味が変わるのか、と感心することしきりでした。
1986年に登場した最初期型はスチールホイールを装着。フロント12インチ/リヤ10インチのワイドタイヤが組み合わされている。
フォントと色彩が絶妙な「カラー液晶」の機能美
初期型フュージョンは、ホイールがキャスト式ではなくプレス合板によるもの。フリーウエイの前後輪10インチに対して、フュージョンは前輪12インチの設定。
ブレーキは、フロントがディスク式でリヤはドラム式というオーソドックスな組み合わせ。なお、リヤブレーキはペダル式でした。
現在のスクーターのような、前後ブレーキともハンドブレーキという方式を採用していません。
北米市場も狙って開発されたフリーウエイとフュージョンのため、当時の北米車両規定に合わせたフットブレーキだったわけです。
メーター周りには、速度のほかに時計やトリップメーターなどのデジタル情報が集約されています。さらに、燃料残量計を含むすべての情報がカラー液晶で表示されるため、非常に見やすく、ひと目で状況を把握できます。
文字サイズの大きさとカラーが絶妙でした。雨や逆光、直射日光などあらゆる走行環境でテストしましたが、情報が読み取りやすいトップレベルのメーターと思います。
フリーウエイは、初期型のアナログ式からマイナーチェンジ時にデジタル式メーターに変更を受けていますが、ともにウインカーはオートキャンセル式でした。交差点右左折後や追い越し後では自動的にウインカーの点滅が終了します。このオートキャンセル式ウインカーは、ハーレーダビッドソンなど北米市場向けのバイクでは常識の装備。ホンダや他社も、この時期の北米向けモデルの多くは、オートキャンセル式を採用していました。
1990年の改良時にアルミキャストホイールを採用。
1990年10月にはホイールをアルミダイキャスト式に変更。カタログスペック的には乾燥重量数値がプラス1kgの156kgになりました。安全性アップのためにサイドスタンド格納忘れを防ぐ、インジケーターランプを新設されています。
1994年には、スペシャル・エディション仕様が限定1000台で登場し、その価格は56万円でした。ハイマウントストップランプ内蔵のリヤスポイラーを装備。ゴールドの立体エンブレムをセットした黒と茶のツートーンタイプ。665mmの低いシートには、クッション性を高めたゴージャスな専用クッションを採用していました。
1996年4月には1994年の限定1000台モデルと同じ装備で、パールシーシェルホワイトのSE仕様を54万円で発売。ボディカラーはホンダのフラッグシップモデルであるゴールドウイングSEと、同色のホワイトとシルバーのツートンカラーを設定。
しかしながら、このモデルを持ってフュージョンは一時生産を終了となってしまいました。
1996年モデルのフュージョン。その後、1997年に登場した「フォーサイト」にポジションを譲るカタチで、ラインナップから一時消えることになる。
ブームが動かしたメーカーの意地。2003年に異例の再登板
ところが、その後にマジェスティやフォルツァを中心とした大型スクーターブームが到来。その中でも、とりわけフュージョンをベースにした改造モデルが大流行しました。
そこでフュージョンの再登場を望む声にホンダが対応して、2003年2月にフュージョンのタイプXとスタンダードタイプの2機種が再販となりました。この時には、バイク盗難の増加に合わせて国内初の盗難抑止アラームを標準装備しています。
再販されたフュージョンは、2次エア導入システムと新型サイレンサーの採用により、新しい排気ガス・騒音規制をクリア。これに伴い、最高出力は従来の20psから19psへと変更されました。
カラーバリエーションが豊富なタイプXは、従来より240mm短いショートスクリーンを標準装備。ベースの3色(ホワイト、ブラック、ブルー)に加え、プラス2万円で7色から選べるカラーオーダープランも用意されています。
再販を求めるユーザーからの声に押されるカタチで、フュージョンは2023年2月に復活。
この勢いに乗って、ホンダは500台限定の特別仕様車タイプX カスタマイズ・エディションを追加。
各部にあしらわれたメッキパーツ(スクリーンガーニッシュ、左右ピボットカバー、エンジンLカバー)や、ブラック塗装のホイールが足元を精悍に引き締めます。車体色には2色を用意。ピュアブラックには赤のパイピング、パールシーシェルホワイトには白のパイピングを施した専用シートがそれぞれ装備され、価格はベース車から1万円アップの52.9万円に抑えられています。
500台限定の特別仕様車タイプX カスタマイズ・エディション。
2006年3月のマイナーチェンジではスタンダードタイプが廃止され、ラインナップはSEとタイプXの2種類に集約されました。
今回の変更では両仕様ともに、スモークタイプのショートスクリーンやボディ同色のアンダーカバーを採用。さらに、マルチリフレクター式のヘッドライトやクリアレンズの前後ウインカー、ロー&ワイドなクロムメッキハンドルバーが与えられ、バックミラーも従来のボディマウントからハンドルマウント式の砲弾型へと刷新されました。サイドの「FUSION」立体エンブレムも書体が変更され、より洗練された印象となっています。
各仕様の差異として、SEにはクリアレンズ仕様のハイマウントストップランプ一体型リヤスポイラーを装備。タイプXにはリヤシートにバックレストが装備されています。
価格はSEが57.75万円、タイプXが55.65万円。1986年に49.9万円でデビューした初代モデルと比べると5万〜7万円ほど高価になりましたが、むしろ20年もの間、車体・エンジンなど基本構成を変更せず多くのファンに支持され続けたことが驚きです。
残念ながらこのモデルを持って、フュージョンの歴史を閉じることになりました。
2006年に最後の改良が加えられたフュージョン。1986年4月から2006年7月末の国内累計販売台数は約5万8600台を記録するなど、20年に及ぶロングセラーモデルとしてふさわしい実績を持っている。
フランスでは「SPAZIO」北米では「HELIX」として販売
さて、フュージョンのフランス仕様はSPAZIO CN250と呼び、ヘッドライトはイエローバルブをセットしています。
そして北米での名称はHELIX(ヘリックス)でした。HELIXにはホンダ純正「ホンダライン」のオプションとしてAM・FMステレオレシーバーとスピーカーが用意されていました。
HELIXは北米レギュレーションに合わせてフロント両サイドは黄色、リヤの両サイドには赤のリフレクターを装備。日本仕様とフランス仕様にはサイドリフレクターの装備はありません。
北米市場で走る日本製自動車もサイドランプを装備しています。濃い霧や夜の雨などでも横方向からの被視認性を重視した法規制による装備です。
海外でも活躍したフュージョン。フランスではSPAZIO CN250の名で販売されている。
そもそもフュージョンはデビュー当初からカタログのキャッチコピー(謳い文句)で「クルージング2シーター」を強調していました。再販で登場したフュージョンもいずれのカタログも男女2名のタンデムシーンが主体。タンデムで走るには最適なスクーターであることをアピールし続けたのです。
実際にCVTならではの変速ショックの無い滑らかな走りはパッセンジャーにも快適性をもたらし、リヤシート両サイドのグラブバーとバックレストも大きな安心感となりました。
リヤトランクは広大ではないですが、ホンダ推奨の専用ヘルメットであれば2つ入れることができます。
シートもホイールベースを極限まで伸ばしたことで運転席もパッセンジャー席も低位置に設定でき、足着き性も乗り降りも快適。
一人走行も、タンデム走行も快適!はまさにカタログの通りです。
クルマの流れに乗って走るなら1名でも2名走行でも至って快適ですが、実はちょっとペースを速めると話は変わります。速度上昇に沿って段々と車体が落ち着きをなくしてきます。
それでもフュージョンだけが持っている低くて長い車体そして滑らかな走り味による走行感は比類するものがありません。
ライバルメーカーの刺客が登場するも、良質のクルージング性能で返り討ち
ライバルメーカーはそこを見逃さなかったのです。相応の時間が経過してヤマハは2005年のマグザムで、スズキは2008年にジェンマで、タンデムを意識したLOW&LONGの特別なスクーターを投入しました。
直線の速さやカーブでの性能ならライバル2台が優れていました。後から登場したのでマシンとして優れているのは当然のことですが、それでもフュージョンならではの、とびきり上等なゆったり感あるいはクルージング時の唯一無二の開放感は誰にも真似のできない格別なテイストでした。
確かにフュージョンは、車体や足回りの剛性感に乏しく、接地感も薄いのですが、とりわけフロントサスのしなやかな動きがすべてをプラスにしました。優れたサスというよりホンワリとした乗り味の大元になっていたのです。
フリーウエイ同様のトレーリングリンク(ボトムリンク)式フロントサスペンションを採用。とにかく路面の凹凸に対してしなやかに衝撃を吸収する特性が特徴でした。
1980年代前期はアンチノーズダイブ機構がロードスポーツモデルで大流行りしていたのですが、フリーウエイやフュージョンにもTRAD(トレーリングリンク式アンチダイブ)機構が採用されました。
トレーリングリンク式は、リンクゆえに前輪車軸が円周方向の動きとなり、フリクションが少なく微細な凹凸路面をスムーズにいなしてくれるのです。剛性は低いのですが12インチという小径ホイールの乗り心地ハンデを解消したシステムと言っていいでしょう。
他のスクーターが採用している、直線往復の伸縮運動となるテレスコピック式フロントフォークのゴツゴツくる動きとは別格なのです。
振動が少なく静粛性に富むエンジンの回転フィールも、しっとりした走り味に大きく貢献していました。静かに水面を滑るように走る心地良さと言えば良いでしょうか?
ただし、車体や足回りの剛性が低いためちょっとでも走行ペースを上げた場合は走行ラインやブレーキやアクセルの開け加減も含めてラフな操作は厳禁!となるのです。
とりわけ雨の日などはイチかバチか。接地感は極薄!ちょっとでも無理をすると早めに「それ以上はアウトですよ!」と教えてくれるのです。
大陸的な大らかでホンワカした乗り味に、唯一無二の魅力あり
デリケートなスロットル&ブレーキ操作、そして穏やかに車体のバンキングに徹底すること。これさえ極めてスピードを少しだけ控えれば前後タイヤの希薄すぎる接地感もカバーできるというわけです。
1960年代から70年代のアメリカのフルサイズカーと言えば、イメージ的にはホワホワのサス。大きな車体は流麗だが、ちょっとペースをあげると足回りが心許ない。フュージョンはそんな古き良き時代のアメリカン・フルサイズカーのDNAに近寄せたのか!と勝手に解釈しています。
ガッチリしたフレームとサスでは車重が重くなりすぎて、今度はパワー不足によるストレス増大と天秤にかけた結果で、この作りになったと読んでいます。
そこにあるのは良い悪いとか好きとか嫌いとかという2択のジャッジではなく、壊れにくい日本製ならではの作り込みとホワホワな乗り心地の文明・文化を巧みに融合させたものと言えるでしょう。
カチッとしたスーパースポーツの走り味を知るほどにホンワカとフュージョンに魅了されてしまったのは多分、私だけではないでしょう。
スクーターといえば小さな車体にチョコマカ、イソイソ、キビキビなど言葉が続く感じで、生活の道具としての役割は大きいです。 一方のフュージョンは、やたらに車体が長くて、乗れば乗ったでまったりしています。走る・曲がる・止まるの性能は、今は当然、昔でも優れていなかったけれど、流す走りをするほどに心が穏やかで体までほぐされてしまうのです。
そんなスクーターって、世界中どこを探しても見つからないでしょう、多分。これから先も出てこない特殊な立ち位置にいた二輪車だったと思います。フュージョンはその意味で忘れえぬ昭和・平成の名車の一台なのです。
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