TEXT:Toru TAMIYA
ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、そのタイヤ開発やレースの裏舞台を振り返ります。今回は、カットスリックタイヤに関する裏話の続きと、ブリヂストンのMotoGPクラス参戦5年目となった2006年のシーズン終盤について!
タイヤにカッターナイフを当てて……!?
前回は、ウェットタイヤの開発はターゲットが難しいとか、カットスリックタイヤを用意していてもMotoGPクラスに参戦を開始してから7年間で2回くらいしか使用されなかった……なんて裏話をしました。その中で皆さんが疑問に思われたであろういくつかのことを補足しておくと、まずスリックタイヤに手作業で溝を掘るカットスリックは、基本的にはすべて現場で作成していました。レースウィークに入って、天気予報から判断して必要になりそうな場合に、ブリヂストンのサービススタッフがベースとなるスリックタイヤにひとつずつ加工。会社には手作業で溝を掘るスペシャリストもいるのですが、レース現場に連れて行くわけにもいかないので、現場では設計者などが自分たちで掘っていました。私もずいぶんやりましたよ!
掘るパターンは事前に決めてあり、型紙を当ててペンでスリックタイヤにそのパターンを描き、タイヤグルーバーなどと呼ばれる器具で溝を掘っていきます。たまにチームのほうから、「この部分にもう少し溝を!」なんてリクエストされることがあり、そんなときは現場対応で溝を追加することもありました。大変そうな作業に思えるかもしれませんが、慣れると意外に簡単。レースカテゴリーはまるで違いますが、舗装路(ターマック)と未舗装路(ダート)が混在したコースで競われるスーパーモト(スーパーモタード)では、いまでも自分たちでスリックタイヤに溝を掘っているライダーやメカニックがたくさんいると思います。
ただしMotoGPでは、コンペティション時代にはチームがタイヤを加工することをブリヂストンとして禁止。ワンメイクになってからは、レギュレーションにより供給するタイヤにいかなる加工もできないようにしたと記憶しています。まあもっとも、さすがにMotoGPクラスのタイヤを勝手に切ろうとするチームなんてありませんでしたが……。そもそも、1大会で使えるタイヤ本数規制がスタートした2007年以降は、本数制限に含まれているスリックタイヤを犠牲にしないといけないため、カットスリックの要望はほとんどなかったと思います。
ちなみにEWC(世界耐久選手権)では、タイヤはモールド品でないといけないというルールもあります。つまり、モールド(型)を用いて製造されるインターミディエイトタイヤは使用できますが、手彫りのカットスリックタイヤはもちろん、手作業によりなんらかの加工を施したタイヤも使えないことになります。
また、2009年にブリヂストンがMotoGPクラスの単独タイヤサプライヤーになって以降、各チームからハーフドライの路面で使うインターミディエイトの供給をリクエストされることがかなり多くなったのですが、我々はこれを拒否しました。というのも、簡単に言うと使い方が難しく、使われる可能性がかなり低いから。どのような路面状況に合わせて開発するか特定できないですし、使われる可能性がほとんどないタイヤを準備するというのも……。
ちなみに、これはカットスリックとは違うのですが、路面温度が低すぎてタイヤが温まらないという状況のときに、カッターナイフでスリックタイヤにスリットを入れるという作業もしていました。タイヤ表面のゴムを動きやすくすることで、発熱を促すというのがその狙い。こちらは、決勝のスターティンググリッドでライダーのほうから要望されることもありました。
普通のカッターナイフで5mm以下の深さで何本か線を入れていくのですが、これには方向があって、加速方向であまりスリットが効かないよう(影響を与えないよう)、リヤタイヤなら後ろから見たとき「ハ」の字になるようにしていました。これは、スリットが効くように入れてしまうと、その部分からどんどん摩耗が進んでしまうため。コースによっては左右片側とか、フロントまたはリヤのどちらかだけということも多かったです。このスリットは、もちろんないより多少はゴムが動きやすいのですが、我々としては気持ちの問題なのではないか……と思っていました。「スリットを入れておいたから大丈夫だ」とグリッドで声をかけると、ライダーがそれで安心するという、おまじない的なものに近かったのでしょう。そして、そういうことを頻繁に要求されたということは、当時のタイヤはまだまだ温度依存性が高かったということでもあります。
さて、雨に翻弄された2006年第14戦オーストラリアGPをきっかけに、ずいぶんウェットタイヤに関するエピソードを紹介しましたが、話を2006年の終盤に戻します。このオーストラリアGPこそ7位に終わったドゥカティワークスチームのロリス・カピロッシ選手でしたが、その手前まで第12戦チェコGPで優勝、第13戦マレーシアGPで2位と再び上向いてきた調子は維持され、第15戦日本GPでは圧倒的な強さでポール・トゥ・ウィンを飾りました。ブリヂストンはこの日本GPに、“もてぎスペシャル”と呼ばれた通常よりもソフトなスペシャルコンパウンドタイヤを導入。前年もカピロッシ選手が勝利を収めていました。このような背景もあり、彼はツインリンクもてぎのレースに対して絶対的な自信を持っていました。気持ちが上がっているときのカピロッシ選手は、本当に手が付けられないほどの速さを発揮してきたのです。
ただし、続く第16戦ポルトガルGPは、スズキワークスチームから参戦したジョン・ホプキンス選手の6位がブリヂストンとしての最上位で、カピロッシ選手は12位。カワサキワークスチームの中野真矢選手やドゥカティワークスのセテ・ジベルナウ選手がクラッシュでリタイヤに終わるなど、散々な結果でした。じつはこのポルトガルGPが開催されるエストリルサーキットは、ブリヂストンタイヤが苦手としていたコース。この年は一部路面改修が実施されていたのですが、改修部分もグリップが低い状態だったので、相性が悪いままでした。
ちなみにこのレースでは、バレンティーノ・ロッシ選手に競り勝ってトニー・エリアス選手が優勝したことをよく覚えています。エリアス選手はミシュランユーザーだったのに、なぜ印象的かというと、翌年から彼が所属するチーム・グレシーニ(2006年はフォルトゥナ・ホンダ、2007年はホンダ・グレシーニのチーム名)がブリヂストンと契約し、その後にこの優勝劇に関するタイヤ選択の裏話を知ったから。エリアス選手は、路面温度26度の決勝レースでソフトタイヤの使用を希望し、選手時代には世界選手権125ccクラスチャンピオンに2度輝いたチームオーナーのファウスト・グレシーニさんやチームスタッフ、もちろんミシュランからも、「絶対にグリップが持続しない!」と反対されていたそうです。ところが、最終的にライダーの希望を優先したら、なんとMotoGP初優勝。エリアス選手は身長163cmと小柄なこともあってか、ブリヂストンのワンメイクになってからも「タイヤが硬すぎてイヤだ。オレのためにソフトタイヤを開発してくれ」といつも言っていました。そんなこともあり、結果的にエリアス選手にとってMotoGP唯一となったこのときの優勝が、記憶に残っているのだと思います。
そしてもうひとつ、このシーズンで印象深い出来事は、最終戦となった第17戦バレンシアGPで起きました。このレースでは、ブリヂストンが初めてワン・ツーフィニッシュを達成。ただし優勝したのは、カピロッシ選手ではなく、ジベルナウ選手の代役としてスポット参戦したトロイ・ベイリス選手でした。2003~2004年にはドゥカティからMotoGPにフル参戦していたベイリス選手は、2001年と2006年に同じくドゥカティでスーパーバイク世界選手権のシリーズタイトルを獲得。速さも経験もあるライダーでしたが、とはいえレース前に一度だけテストで2006年のMotoGPマシンに乗ったスポット参戦のライダーですから、私としてはそれほど期待していませんでした。
ところが、予選ではロッシ選手に続いて2番手となり、決勝ではスタート直後からトップに立つと、そのまま誰にもその座を明け渡すことなく優勝。このシーズンは最終戦までタイトル争いが接戦で、ロッシ選手と最終的にチャンピオンとなったニッキー・ヘイデン選手が、ともにタイトルを意識した走りだったことも、ベイリス選手のMotoGP初優勝につながったのかもしれません。とはいえ、ベイリス選手が優勝、カピロッシ選手が2位となり、我々はシーズン4勝と前年まで苦手だったヨーロッパでの2勝、カピロッシ選手のシリーズランキング3位を獲得。シーズンを終え、チャンピオンを獲得する実力が備わりつつあることを、我々自身も強く実感したのです。
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