減らないシリンダー「ICBM®」:旧車再生ではもはや当たり前の技術に〈連載Vol.5〉

減らないシリンダー「ICBM®」:旧車再生ではもはや当たり前の技術に〈連載Vol.5〉

iB井上ボーリングが積極的に展開中のICBM®技術。内燃機ファンの間ではもはや当たり前であり、“高性能な技術”としても認識評価されている。その技術にあらためて注目し、未体験ユーザーへお届けしよう。


●文/写真:たぐちかつみ(モトメカニック編集部) iB井上ボーリング ●外部リンク:iB井上ボーリング

熱膨張率の均一化によって様々なアドバンテージがある

2ストローク/4ストロークエンジンを問わず、エンジン性能を向上するためには様々な課題や問題がある。特に大きな課題は、“熱膨張率”に関わる問題だ。

「エンジン性能の向上」と記したが、それは単純な馬力アップではなく、様々なユニットが持つ耐久性の向上なども大きな要素となる。具体的には、シリンダーを構成するすべての部品が“アルミ製”になることで、様々なアドバンテージを得られることが立証されたのだ。

カワサキZ1/Z2を例にすると、アルミ製シリンダーバレルと鋳鉄製スリーブの間には、長期に渡る使用で“隙間(すきま)”が発生していることが多い。ファンの間でもよく知られている問題である。ボーリング加工の受注で、ユーザーやショップから届いた部品を開梱すると、嵌合が緩んでいる鋳鉄スリーブがシリンダーから抜けていたり、抜けかかっている例が頻繁にあるそうだ。

シリンダーに保持されている鋳鉄スリーブでも、軽い衝撃で簡単に抜けてしまうことが多い。抜けていない鋳鉄スリーブでも、そのままボーリングやホーニング仕上げを行うと、加工時のツール回転によって鋳鉄スリーブが回ってしまい、危険なことが多い。現実的に、加工できない場面が多々あるそうだ。

オーバーサイズ加工を施せても、エンジンを組み立て始動することで熱が入り、シリンダーバレルと鋳鉄スリーブの間には隙間の発生が想像できる。そんな状況では、鋳鉄スリーブからアルミシリンダーバレルへと効率良く熱を逃がせなくなってしまう。

つまり、“熱伝導性が低下”し、さらに鋳鉄スリーブとアルミシリンダーの嵌合部は隙間が大きくなってしまう。そんな状況では鋳鉄スリーブが不安定になり、上部のツバ部分だけで支えられる状況になることも。これでは効率良く放熱できず、スリーブの振動によってシリンダーバレルが異常摩耗してしまうことになるのだ。

この問題は、アルミと鋳鉄の“熱膨張率の違い”によって発生する。そこで、鋳鉄スリーブをアルミ素材のスリーブに変更することで、問題発生を根本的に解決できるのだ。

現代のメーカー純正アルミシリンダーと同様に、ニッケルシリコンカーバイト系の特殊めっきを施したアルミスリーブが入手できる現代なのだから(まさにICBM®スリーブがこれ)、重くて摩耗も早い鋳鉄スリーブを選択する理由は、“コスト差”以外に考えられない。

言葉は悪いが、中古車を“売り逃げ”するのではなく、末永く乗り続けるためにオーバーホールするのなら、コストをかけてでも高性能なアルミめっきスリーブを採用するべきだろう。

指定ピストンに対してホーニング完成済みスリーブとして販売されているカワサキZ1 用のEVERSLEEVE®pat.。井上ボーリングへの依頼だけではなく、他の内燃機業者でもICBM®化が可能になるアルミめっきスリーブキットだ。

性能維持に貢献するピストンクリアランス問題

ホーニング仕上げ時には、ピストンとスリーブの間にクリアランスが存在する。エンジンによってクリアランス数値に違いはあるが、ノーマルエンジンならメーカー設定データに準じることで問題はない。メーカーでは連続耐久テストを経た後に、正式なクリアランス数値が決定されているからだ。

エンジン始動前は冷えていて、始動後に発生した熱によって部品各部が熱膨張する。ピストンには熱膨張率が大きなアルミ素材を採用し、摺動するスリーブには熱膨張率の少ない鋳鉄素材を採用する例が多い。

しかし、これは理に適ったものではない。爆発を受け止めたピストンが大きく熱膨張しても、シリンダースリーブが半分程度しか熱膨張しないので、ピストンクリアランスを大きく設定しないと焼き付きトラブルが発生しやすくなる。そんな状況を踏まえたときに、理想的な組み合わせと呼べるのが、ピストンと同じアルミ素材を使った“アルミ製スリーブ”の採用になる。

温度域に関わらず、ピストンとスリーブは常に同じように熱膨張する。以上のことから、ピストンクリアランスを少なめに設定することが可能になり、しかもめっきシリンダーなら焼き付きにくいといった特徴も得られるようになる。

また、ピストンクリアランスが少なくなると、往復運動中のピストンの首振りが抑制され、それによりピストン摺動部の摩耗も減る。エンジンコンディションの良し悪しに大きく関わる圧縮圧力の維持においても、ピストンクリアランスが少ないほうが、条件的に優位なのは明らかだ。

さらに鋳鉄製ウェットライナー(水冷エンジンのスリーブを冷却水が直に冷やす)を採用しているモデルの中には、高温化したエンジンの鋳鉄スリーブを支えるアルミシリンダーバレルが熱膨張することで、冷却水漏れを起こしてしまうケースもある。

GPZ900RニンジャやGPZ1000RXなどにそのようなトラブル例が多いが、エンジン内部の水漏れは修復か困難なので、あらかじめアルミめっきスリーブを採用しておけば、このような問題も起こりにくくなる。

熱膨張率に関する研究を進めることによって、iB井上ボーリングでは、EVER SLEEVE®pat.(エバースリーブ)の特許取得に至ったのだ。様々な裏付けをテストによって得ることができたからだ。

サビ、サビ、サビ…。サビが及ぼす影響も大きい

休眠中のバイクを復活させようとエンジン始動を試みたところ“キックが降りない”とか“セルが回らない”などの状況に直面することがある。車両の保管状況にもよるが、露天保管だったわけでもないのに、シリンダー内壁にサビが発生し、最悪でピストンリングとシリンダーがサビで固着しているケースもある。

始動できたとしても、サビによってピストンリングがシリンダーのサビをかき落とし、エンジン内部へ送り込んでしまうことから、二次的な被害が起こることも多い。仮に、僅か数年の休眠期間でも、吸排気バルブが開いている隙間から湿気が流れ込み滞留すれば、シリンダー内壁はサビてしまうものだ。

しかし、アルミめっきスリーブなら、シリンダー内壁が赤サビに侵されることはない。ウェットライナー式シリンダーのモデルでも、サビが原因によるトラブル例がある。

たとえば水冷GPZ系エンジンを例にすると、ウェットライナー式鋳鉄シリンダーのサビが進み、冷却水が赤茶色く濁ったラテ状態になってしまうことがある。そのまま放置し続けた結果、サビ水がウォーターポンプのインペラを腐食させてしまうことも珍しくない。

なので、冷却水交換を含めた一般整備を施し、車検を取得して公道復帰。

ところが、常にオーバーヒートが続いてしまう!? そこで、ウォーターポンプカバーを取り外したところ、何と、ウォーターポンプのインペラが「なくなっている!!」といった例もある。

過去にそんな実例を聞いたことがある水冷モデルファンもいるはずだ。そんなエンジンこそ、アルミめっきスリーブの採用が最適とも言うことができる。

ボーリング依頼でシリンダーが届くと、すでにスリーブが抜けていたり、シリンダーバレルからスリーブがズレている例が頻繁にあるそうだ。この程度のズレは当たり前らしい。

スリーブが抜けてしまったシリンダーバレルを見ると、スリーブが回転時に残したキズが目の当たりになる。輝いた部分はさらに深刻で、クリアランス過大と考えられる。

オーバーサイズ加工中にスリーブが回ってしまうことが多いZ1/Z2。以前はイモねじによるスリーブ固定を請けたが、根本解決にはならないので、現在は受注していない。

エバースリーブで仕上げられたカワサキZ1 シリンダー。オールアルミシリンダーになったことで、圧倒的な放熱効果を誇る。アルミスリーブなのでピストンクリアランスを詰めることも可能だ。

水冷エンジンのウェットライナー仕様は、鋳鉄スリーブのサビによる弊害が見えない部分で起こっていることが実は多い。4輪ホンダスポーツS800のウェットライナーをICBM®化した実績もある。

アルミ3Dプリンターによるシリンダー作りも実績があるiB。完全自社製の削り出しシリンダー+ICBM®の実績もある。これは750SS/H2用で柱付き吸排気ポートを持つ削り出しシリンダーだ。

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