
世界を転戦するF1、MotoGPを追い続け、現在は全日本ロードレースや各メディアを中心に活動するフォトグラファー・折原弘之さんによる写真コラム。モータースポーツ好きに沁みる写真と文章をお届けしていく。
●文/写真:折原弘之
美しく静かな4秒間
1990年くらいから、撮影の場をWGP(現MotoGP)からF1にシフトし始めた。F1撮影歴が100戦を超えた、1999年F1イタリアGPの予選でのことだ。ジョーダン・無限ホンダのハインツ・ハラルド・フレンツェンとマクラーレン・メルセデスの絶対的エースであるミカ・ハッキネンの2人が激しいポールポジション争いを展開した。あの時の予選は、僕にとって生涯忘れられない出来事となった。
イタリアGPの舞台となったアウトドローモ・モンツァは、全開率80%超えの、グランプリでも名うてのハイスピードサーキット。3つの高速コーナーを繋ぐ直線に、3個のシケインを設けただけのシンプルなコース設計だ。それだけにコーナーひとつの持つ意味が大きく、一度のミスでライバルから大きく遅れをとることにもなる。最高速からシケインに飛び込むブレーキング技術や、低速からパワーを逃さず加速させる技術が問われるサーキットだ。
いつもなら予選はピットでドライバーの表情を撮影することが多いのだが、この時は何故かファーストシケインに足が向いた。予選時間の残りも少なくなる頃、有力ドライバーたちがフライングラップに入る。ポールシッター候補のハッキネンも、少し早めのタイミングでコースに姿を現した。
僕の待つシケインは、300km/h超から70km/h前後までの減速をたった70mでこなさなければならない。体にかかる減速Gは4Gを超えてくる。つまり自重の4倍以上の荷重が、シートベルトで縛り付けられた体に襲いかかる。その状況で暴れるマシンをレコードラインに乗せるだけでも至難の業だ。
そんな中、予想通りハッキネンが最初にトップタイムを記録した。だがその直後、フレンツェンがそのタイムを上回ってきた。
当時最速と言われたホンダエンジンとフレンツェンのコンビは、指折りの高速サーキットを見事に攻略。1分23秒を切る1分22秒926で、フライングラップを完成させる。それまで彼を除くドライバーが誰も23秒を切ることができなかったことを考えれば、このタイムは驚異的だ。レースをよく知る熱狂的なファン達もフレンツェンのポールポジションを疑わなかっただろう。
1コーナーに設置された大型ビジョンが、コックピットに座ったままのハッキネンを映し出した。ヘルメットの奥の目は、光を失うことなくモニタを睨みつけている。もう一度アタックしてくる。そう直感し、僕の緊張も最高潮に達した。
予想通りハッキネンはバイザーを下ろし、ピットアウトしてきた。マシンを速く走らせるという観点で言えば、ハッキネンと肩を並べる現役ドライバーは皆無と言っていい。彼がいったいどんなアタックをしてくるのか、高揚する気持ちを抑えることができなかった。アウトラップを終え、ストレートを全開で踏んでくる。いったいどんなコーナリングを見せるのだろう。カメラを握る右手に力が入る。
暴れるマシンを押さえつけ、激しいブレーキングで1コーナーに入ってくるマクラーレンの姿が脳裏をよぎる。ところがそのドライビングは、考えられないほど静かなものだった。タイヤスモークが上がるでもなく、スキール音もしない。そして寸分の狂いもなくレコードラインをトレースしていく。
シケインに入ってから2つのコーナーをクリアする間、ブレーキングから加速まで1mmもタイヤがずれることなくクリアしていく感じ。時間にして4秒くらいだろうか。その間、エンジン音も歓声も、全ての音が消えた。いや正確には音が消えた気がした。
これほど美しく静かで、何も起こらないアタックは経験したことがなかった。一体どれほどのタイムが出るのだろう──。興奮するどころか寒気がした。
結果は、フレンツェンのタイムをコンマ5秒も上回っていた。当時でも2位にこれほど差をつけたポールタイムは記憶にない。それでもあのアタックを目の当たりにすれば、当然の結果と思えて不思議なほど驚きはなかった。それほど完璧なラップだった。
夕刻に行われる囲み取材が終わった後、ハッキネンに声をかけてみた。
「ミカ、一体どんなマジックを使ったんだい?」と僕。するとハッキネンは、少しの間を置いてこう話してくれた。
「最初のアタックは、ほぼ完璧だったんだよ。でもフレンツェンにタイムを越えられた。だから最後のアタックは、トラクションコントロールをキャンセルして行ったんだ。ポールを取るためにね」
その返事に動揺しながら「でもそれはギャンブルだよね」と僕。すると彼は、いつも通りニヤッと笑い「どうかな。でも自信はあったよ。あの時は、それがベストな選択だという確信があったからね」と言いながら控え室に消えていった。
僕は、軽くパニックになっていた。トラクションコントロールを切って走った? 路面をガッチリ掴んで少しもスライドする事なく加速していくマクラーレンの後ろ姿からは、全く想像できなかった。F1のエンジニアたちはオックスフォードやハーバード、MITの主席卒業者の集まりだ。そんな世代最高峰の頭脳が作り出したシステムでも届かなかったラップタイムに、人の感覚が届かせたのだ。
どれほど集中し、感覚を研ぎ澄ませばそんなことが可能になるのだろう。天才を超えたバケモノ。この言葉以外に彼を形容する言葉は思いつかない。1999年のモンツァで出会った、音が消えるほど静かで美しいフライングラップは、今でも鮮明に思い出せる。こんなシーンに出会うたびに、人間の可能性の素晴らしさを感じさせてもらえるのだ。
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