1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第77回は、1997年以来となったインドネシアGPについて。
TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Honda, YAMAHA, DUCATI, Red Bull
わずかなメカニカルグリップの差が明暗を分ける
MotoGP第2戦インドネシアGPは、決勝日朝のフリー走行でのマルク・マルケスのハイサイド転倒が衝撃的でした。スロットルをオフにしたタイミングでのハイサイドだったので、エンジンブレーキ制御かタイヤの問題ではないかと思いますが、骨折がなかったのが奇跡的なぐらいの大きなハイサイドでした。複視が再発したとの情報もありますが、早期に回復してまた力強い走りを見せてほしいものです。
決勝はレインレース。雨はライダーの得意、不得意がはっきり出ますね。KTMのミゲール・オリベイラはぶっちぎりの速さで、完全にレースをコントロールして優勝しました。終盤、ヤマハのファビオ・クアルタラロが追い上げ、あと数周あったらオリベイラを抜きそうな勢いでしたが、どうかな……。今回はオリベイラがレースを支配し切ったでしょうね。クアルタラロはリヤのトラクションが足りていない感じでした。
ヤマハのリヤのトラクション不足は深刻なようです。アンドレア・ドヴィツィオーゾは、「フロントは今までにないほどいいが、リヤは大きな問題だ」と言っているそう。トラクションがかからないからホイールスピンが多く、タイヤのライフも保たない、という状態だとか。バレンティーノ・ロッシも指摘し続けていましたよね。
しかもリヤのトラクションがかからないと、トラクションコントロールの介入が多くなってしまい、加速にも問題が生じます。雪道を車で走っている場面を想像してほしいんですが、1度滑り出したタイヤを止めるのはすごく難しいですよね? それと同じです。初期に十分なメカニカルグリップが得られなかったら、タイヤは滑るだけ。トラコンがないとスピンは止まりません。でもトラコンが介入すると、どうしても加速が鈍ります。
レインコンディションだとこの出来事が極端な形で発生しますが、実はドライでも同じことが起こっています。限界域が高くなるので分かりにくいものの、シチュエーションとしては同じです。ドライではメカニカルグリップの差はわずかだし、それによる加速の鈍りもわずかでしょう。でも、その「わずか」が勝敗を分けるのが今のMotoGP。ドヴィはそこを「ヤマハの大きな問題」と指摘しているのでしょう。
ライドハイトデバイス禁止に対する僕の見解
今回のレースウィークでスタート練習をチェックしましたが、クアルタラロのYZR-M1はかなり極端に車高が下がっていましたね。決勝ではブラッド・ビンダーのマシンのライドハイトデバイスが下がりっぱなしになるなど、今は車高調整が注目を集めています。つい先日、フロントの走行中のライドハイトデバイスは2023年以降の禁止が決定されましたが、僕個人としてはもったいないな、と思っています。
MotoGPはプロトタイプマシンで争われるレースですから、技術開発に関しては「何でもアリであるべき」というのが僕のスタンスです。開発コストの問題はちょっと脇に置くと、MotoGPでは自由で高度な技術の進化を見てみたい、というのが本音。量産車へのフィードバックは気にせずに存分に突っ走ってほしい、というのが、いちファンの気持ちです。いろんな技術が見られるのもモータースポーツの楽しさですからね。
ライドハイトデバイスも、ライダーの安全が守られているなら存分にやってほしいものだと思います。速さを競うための技術なので量産車にはあまり関係がないかもしれませんが、車高が可変すれば足着き性の向上に貢献するかもしれません。停車している間は車高が下がり、走り出すと車高が上がる仕組みが、ライドハイトデバイスのように電子制御ナシで実現できたら、足着き性に悩む多くのライダーには朗報になるでしょう。
MotoGPマシンのようなプロトタイプモデルで実験的に採用された技術は、そのままの形ではなくても、いずれ量産車に生かせるものがあるかもしれません。「レースは走る実験場」とはよく言ったものですが、MotoGPには間違いなくそういう価値があるはず。禁止、禁止ではもったいないな、と思います。繰り返しになりますが、ライダーの安全確保は最優先。そのうえで、技術的なチャレンジも推し進めてほしいと思います。
それにしてもインドネシアGPは盛り上がっていましたね! プレイベントからたくさんのお客さんが押し寄せ、決勝日も雨とは思えないテンションの高さでした。僕は’96年にセントゥールサーキットで行われたインドネシアGPで勝っていますが、あの時も熱狂的なファンがたくさん来ていました。翌’97年には500ccクラスで岡田忠之さんが勝っていますから、インドネシアGPは日本のファンの皆さんの印象に残っているかもしれませんね。
マンダリカサーキットに舞台を移しても、盛り上がりっぷりは以前のまま。国としての経済力も高まっている今、よりヒートアップしているように感じました。そんな中、Moto2ではタイ人のソムキアット・チャントラが見事に優勝! 彼はもう東南アジアのヒーローですね! タイ、マレーシア、そしてインドネシアは二輪レースがかなり盛り上がっていますから、チャントラの優勝でさらに熱が高まるでしょう。
チャントラのチームメイトは、小椋藍くん。予選は20番手と大苦戦したものの、決勝はジワジワとポジションを上げて6位。リザルト以上のいいレースだったと思います。僕たちの頃は、予選がイマイチでも決勝でポーンとポジションアップ、というレースがよく見られましたが、イコールコンディションの今となってはかなり大変なこと……と、僕は思っていません(笑)。たぶん小椋くんも同じじゃないかと思いますが、予選はただの通過点なんです。
昔のGP500マシンを操っていたライダーのほうがすごい?
例え予選がビリッケツだったとしても、僕は絶対に諦めません。だって、レースは始まってもいませんからね。予選が終わっても、レースは翌日。たっぷりと時間はあります。夜中までミーティングして、どうすれば決勝で前に出られるセッティングになるか、チームと徹底的に煮詰めます。実際、深夜11時半過ぎになって、「やっぱりコッチに変えて」なんて言うこともありました。
ありがたいことに、決勝日の朝にはフリー走行まである。ここでさらにセッティングを進められます。そしてさらに、スタート直前には1周のサイティングラップがある。ここもやり過ごせないチャンスです。スターティンググリッドについてからも、最後の最後までセッティングを続けます。
僕は現役時代「クールデビル」なんて呼ばれていましたから、もしかしたらレースへの取り組みもクールだったと思われているかもしれません。とんでもない! スタートのギリギリ直前までジタバタジタバタしていたんですよ。なんなら予選がブッチギリのトップだったしてもまったく同じで、ジタバタジタバタ。だって、相手がもっとセッティングを煮詰めていたら負けてしまいますからね。その上を行くために、最後まで手を抜けません。
絶対に諦めず、最後の最後までやれるだけやる、というのが僕のスタイルだったし、それが決勝での勝ちにつながっていたと思います。何度も言っていますが、グランプリはいろんなレースのチャンピオンが集まり、さらにその中での勝者を決める場。そう簡単に勝てないのは、今も昔も変わりません。
ひとつ言えるのは、今のライダーの方がライディングスキルは高い、ということです。この話題、レースファンの間ではよく取り沙汰されますよね(笑)。「昔のGP500マシンを操っていたライダーの方がすごい」とか、「いや、重くてパワーのある今のMotoGPマシンを操っているライダーの方がすごい」とか……。
僕の見解は、どちらかといえば後者。以前の2スト500ccマシンは確かにそう簡単には乗れたもんじゃない暴れ馬でしたが、今のMotoGPライダーだったら、割とすぐに乗りこなしてしまうと思います。今のMotoGPマシンの方が速いのは間違いないですし、それを限界以上の領域まで持ち込み、世界でもっとも速く走らせてしまうライダーたちですからね……。
今回のMotoGPも、初開催のマンダリカサーキットで、事前テストがあったとは言えデータも十分に揃っていない中、ほとんどぶっつけ本番のレインレースでした。それなのにあんなにもハイレベルなレースが繰り広げられてしまうわけですから、MotoGPライダー、ハンパありません。
要は、その時代で常に世界最高のライダーが勢揃いしているのがグランプリだ、ということだと僕は思っています。その中で勝ち抜こうというからには、そりゃあジタバタもします、と。まぁ、ファンの間で「昔のライダーの方が速い」「いや、今のライダーだ」とレース談義するのは楽しいですけどね!
◆
最後になりましたが、高橋国光さんのご逝去、本当に残念です。直接お会いしたのは2回ほどで、あまり長くお話させていただいたことはないんですが、「世界チャンピオンっていうのは、すごいことだね~」と優しく声をかけていただき、感激したものです。
国さんは偉大すぎる大先輩です。二輪レーサーとして活躍し、世界グランプリで日本人初優勝を果たしたのは、僕もまだ生まれていない’61年のこと。海外に行くだけでも大変だった時代にグランプリに参戦し、しかも勝ってしまうなんて、信じられないほどの偉業です。国さんが先駆者として道を切り拓いてくださったから、僕たちは後に続くことができました。本当に、偉大としか言えません……。
直接お会いできたのは2回だけですが、実は国さんとの間には一方的な思い出のエピソードがあります。幼稚園の頃、父がどこかのモーターショーか何かで国さんのサイン入りスカーフをもらってきて、「すごいレーサーのサインなんだぞ」と僕にくれたんです。たぶんそれが僕の1番最初のモータースポーツとの接点。今も鮮明に記憶に残っています。
国さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
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