タイヤ規制スタートの裏事情!?

山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.30「予選タイヤ、排除できません!」

ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、そのタイヤ開発やレースを回想します。ブリヂストンのMotoGPクラス参戦3年目となった2004年ごろから、タイヤに関する規制案が浮上。その裏側で、各メーカーや選手の思惑が入り乱れていました。

タイヤ本数制限は、導入までに3~4年もの期間が必要だった

前回のコラムで、ブリヂストンのMotoGPクラス参戦5年目となった2006年は、1大会で各ライダーが使用できるタイヤの本数制限が導入されたと記載しました。しかしじつは、その後に再度検証したところ、これは一部間違っていたようです。まずは、読者のみなさまにお詫びいたします。2006年の規制導入開始に向けて、ミシュラン、ダンロップ、ブリヂストンのタイヤメーカー各社およびMotoGPの運営権利を所有するドルナスポーツによる合意があったことは間違いありません。しかしその後、スペック数の制限や本数のコントロール方法が難しく、実際には導入延期となっていたことを忘れていました。

そしてタイヤの本数制限については、翌2007年に実際の運用を開始。2006年に向けて、使用できるスリックタイヤの最大本数をフロントが3スペック18本まで、リヤが4スペック24本までとすることになっていたのですが、2007年にはこれがさらに厳しくなり、スリックタイヤの使用本数はフロント14本、リヤ17本ということになりました。当初合意したスペック数に関しては、コントロールの難しさがあることに加え、最大本数をさらに減らしたことからそれほど多くのスペックを持ち込めないだろうということで、規定から除外されました。

この規定には、2005年以降に2勝以上を挙げたタイヤメーカーが対象という取り決めも付加。本数の他には、ドルナの強い要望で、各社の最低供給義務ライダー数が規定されました。タイヤ社にとっては、強いチームやライダーを少数サポートするほうが効率は良いのですが、それでは下位チームが困ってしまう可能性があるからです。この付け加えられた取り決めは、チームから要望された場合、最低ライダー数までは供給しなければならないというもの。この年はブリヂストンが10人、ミシュランが11人、ダンロップが7人と規定されました。

この時期、じつに3~4年をかけてタイヤの本数制限に関する議論が重ねられていて、各メーカーやドルナなどの思惑が入り乱れて混乱。私自身、その過渡期に関する記憶が一部曖昧になっていたようです。そしてタイヤ使用本数制限については、2004年10月の基本合意からずいぶん経過した2007年に、ようやくスタートするわけですが、その裏ではさらに、予選用スペシャルタイヤを排除する動きもありました。たしか、最初に議題となったのは2005年のシーズン中だったはずです。

予選用タイヤを排除せよ!

何人かのライダーから、「予選用タイヤは危ない」という声が浮上。当時は1時間の予選セッションで何度もタイムアタックを繰り返し、そのベストラップタイムで予選順位を決めていたので、予選用タイヤをどこで導入するか、そのタイミングが予選順位に大きく影響することが頻繁にありました。せっかく予選用タイヤを履いても、コースが混んでいてクリアラップが獲得できなければ、思うようなタイムを残せないこともあります。

午後に設定された1時間の予選は、決勝レースに近いコンディションとなる場合が多いため、決勝に向けたシミュレーションも重要。そのためロングランをこなすライダーもいて、タイムアタックをするライダーとの速度差があるのです。その結果、決勝レース用のタイヤではたいして速くないライダーが予選で上位に進出することがあり、トップライダーたちはそれがおもしろくなかったのでしょう。これを「決勝で速くないライダーが前のほうからスタートするのは危険」という言葉に置き換えることで、問題提起を図ったわけです。

一方で、もちろん決勝レースでのスタート位置は大事ですから、ライダーが少しでも前でグリッドに並びたいと考えるのは当然のこと。予選用タイヤは2周程度しかライフがない代わりに、使用するとラップタイムが1秒以上は縮まります。だからライダーとしては、「予選用のいいタイヤがあるなら、とにかくたくさん供給してほしい」となるわけです。

我々は各ライダーに対して、例えば予選用タイヤは2セットまでと決めて、ブリヂストンユーザーの中での公平性が保たれるようにしていました。でもこれは、はっきり言ってそうしないとキリがないからです。そしてこのように対処しながら我々には、「レースで使用しない予選用タイヤを開発しても意味がない」という思いもありました。同じように予選用タイヤを導入していたミシュランなども、このように考えていたはずです。

2006年、シーズン前テストにて。タイヤウォーマーに包まれた中には、各社各様の戦略が隠されていた。

そこでタイヤメーカーとドルナは、予選用タイヤを排除するための方法について、1大会での使用本数と同様にかなり議論を重ねました。例えばひとつの案として、予選で使用したタイヤをそのまま使用して決勝をスタートするというものがありました。これは四輪レースのF1に導入された方式です。しかしMotoGPでは、基本的にレース中のタイヤ交換がありません。予選日がとても暑く、決勝日にいきなり涼しくなった場合、ライダーは路面コンディションにまるで合わないコンパウンドのタイヤで決勝を走り続けなければならず、これはバイクのレースとしては非常に危険。この案は実現不可能という結論に至りました。

あるいは、予選の方式を1周のタイムで決めるのではなく、最低何周と決められたラップを走り続け、その中のベスト3ラップを平均して……なんていう案も浮上しました。しかしこれは、興行としてふさわしくないという判断に。観戦するほうとしては誰がトップになったのか計算が終了するまでわからず、予選を見る楽しさやそこでの興奮が減るからです。

このように数々の案をみんなで提案しながら落としどころを探ったのですが、結局のところ、予選用タイヤは排除できないという結論に至りました。当初の合意では2006年にタイヤ本数制限がスタートするはずだったので、それほど極端なことができなくなるという予想もあっての判断ですが、本当は基準づくりが難しすぎたためです。

事前登録の方法を練りに練った

2007年のタイヤ本数規制に関して、コントロール方法を説明すると、まずはレースウィーク最初の走行がスタートする前日の木曜日に、各ライダー分の全タイヤをバーコード登録して、そのリストをFIMに提出。ライダーが使用するタイヤのバーコードをオフィシャルが読み取って、登録タイヤと同一か確認していました。この小さなバーコードステッカーは、FIMが一括して製造してタイヤ各社に大量送付され、製造時にすべてのタイヤに貼り付けていました。簡単に剥がれないよう、タイヤ製造の加硫(最終工程)前につけるので、ステッカーの材質や大きさや厚さが問題ないか、何年も前から検討しました。

じつは事前登録については、ブリヂストンサイドから強く要望した結果です。当初の規制案は、使用する本数とスペック数に関することだけで、それを事前に決めるという項目はありませんでした。そのためミシュランは、実際にこの方法をいつごろから取り入れたのかは不明ですが、金曜日のプラクティスでテストしてから新しいタイヤを製造し、土曜日や日曜日に搬入するという戦略を導入してきたのです。

新しいスペックのタイヤを供給するとき、通常は同じタイヤを各ライダーにつき4本、最低でも3本は用意します。まずプラクティスで試して、そのタイヤが高評価だった場合にはもう一度同じタイヤを履いてマシンをセッティング。やむを得ず用意できたタイヤが3本の場合は残り1本が決勝用ですが、4本あればさらにセッティングを煮詰めることができます。前後ともニュースペックの場合、それだけでひとりのライダーに対して8本ずつ持ち込む必要があるわけです。

ところがミシュランは、何種類かのタイヤをとりあえず1本ずつ契約ライダーに供給して、これらを各ライダーが金曜日最初のプラクティスでテスト。それぞれのライダーが選んだタイヤを、土曜日や日曜日までに製造して持ち込むようにしてきたのです。使えるかどうかわからないタイヤを何本も用意しなくてよいので、これは極めて効率的な戦い方ですが、ヨーロッパに工場があるミシュランだからできること。そんなことをされたら、航空便で運んでも製造から会場到着まで2日くらいを必要とする我々は、まるで太刀打ちできません。

MotoGPが開催されるコースは半数以上がヨーロッパ。イコールの状態になるのはカタールやオーストラリアや中国などヨーロッパ以外で開催された数戦のみで、我々のほうが有利になるのは日本GPの1戦だけしかありません。これはあまりにアンフェアであり、我々はいろんな方面に働きかけ、事前に登録する方式に変更することに同意してもらいました。

この時代に設けられたタイヤ使用本数規制は、我々ブリヂストンにとって結果的には追い風となり、それが2007年の忘れもしない初めてのシリーズタイトル獲得につながるわけですが、その裏側では各社ともタイヤ使用本数制限には賛成する一方で、それぞれのメーカーが有利になるようし烈な主導権争いを続けていたわけです。しかしそもそも、制限が施行される以前の2006年時点で、ブリヂストンはチャンピオンを一時夢見るほどの大きな飛躍を遂げていました。次回は、そんな2006年シーズンを振り返ります。


TEXT:Toru TAMIYA ※本内容は記事公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。

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