速さはある。だが、強さが足りない──。’19年型の反省を生かし、全面的な見直しを受けたヤマハ’20年型「YZR-M1」は、しかしながらライディングとのマッチングに苦しむ結果となった。本記事では、ヤマハモトGPグループリーダー・鷲見崇宏氏へのインタビューを通じて、山と谷が大きかったヤマハの’20シーズンを振り返る。
山と谷が大きかった’20シーズン:もっとも多く勝利しながら王座には届かず
’20シーズンのヤマハは、まずはレースでの強さを身に付けることを目的に開発を進めました。具体的には、ブレーキングやコーナーリングといったヤマハの長所を維持しながらも、最高速を高めて強豪に立ち向かうつもりでした。
エンジン/車体ともに大きく手を入れた’20年型YZR-M1でチャンピオンを奪還すべくシーズンを戦いましたが、残念ながら叶わず、現場に行っていたスタッフ、そして開発に関わっていたすべての人間が非常に悔しい思いをしました。
シーズンオフの段階では、マーベリック・ビニャーレス選手が’20年型のプロトタイプモデルでベストタイムを更新するなど、マシンの準備は整っていると思っていました。
開幕戦となった7月の第2戦スペインGP(ヘレスサーキット)は気温38℃/路面温度65℃と、マレーシアでも体験したことがないような非常に厳しい状況でしたが、YZR-M1は高いパフォーマンスを発揮してファビオ・クアルタラロ選手が優勝。
翌週、同サーキットで行われた第3戦アンダルシアGPはクアルタラロ選手をトップにヤマハが1-2-3フィニッシュ。「これを弾みに短いシーズンを勝ち抜くぞ」という思いでした。が、8月の第4戦チェコGP(ブルノサーキット)では純粋なパフォーマンス不足で優勝を逃し、第5戦オーストリアGP(レッドブルリンク)ではトラブルも多く抱えて、開幕からのいい流れが失速してしまいました。
9月の3連戦はミザノサーキット/カタルニアサーキットとも絶好調で誰かしらが勝ってくれて、再び非常にいい波に乗れたと思っていました。このあたりからはチャンピオンも意識しながらの戦いでした。
ところが10月のルマンサーキットとモーターランド・アラゴンでの3連戦では新型コロナウイルスの状況が悪化。ライダーも含めてチームに感染者が出るなど、コロナ危機が身近なものになり、非常に難しい状況になったレース運営と合わせて、マシンのパフォーマンス面でも非常に苦労しました。
残念ながらチャンピオン獲得の望みがほぼ断たれた中、11月の3連戦は来季に向けてポジティブなヒントや流れをつかむことを目標に戦いました。
月ごとに3連戦を戦いましたが、ポジティブ/ネガティブがキレイに交代にやってきて、ひとことで言うと非常に山/谷が大きいシーズンでした。
山/谷の”谷”で言えば、ヤマハとして特にチャンピオン獲得に期待していたビニャーレス選手とクアルタラロ選手が後半戦に低迷してしまったことが大きかったですね。
“山”の面では、フランコ・モリビデリ選手が後半戦によいパフォーマンスを発揮しながら安定性を高め、ランキング2位まで上り詰めてくれました。
結果は全14戦戦った中で7勝ですから、ヤマハとしては勝率は5割。ポールポジションは9戦で獲っています。ヤマハトータルで見れば、速さと強さを発揮できる場面は’19年よりは増えたと言えると思います。
最大のライバル、マルク・マルケス選手が不在のシーズンでしたが、戦略は変えませんでした。ただ、’20年は毎戦異なるライバルが現れ、レース展開も毎戦変わりました。決まった強烈な相手の攻略と違い、自分たちの課題が見えにくかったことが開発にいくらか影響したのかな、と感じています。
強みを維持しつつ性能の枠を広げる難しさに突き当たる
’20年型YZR-M1は、エンジンのパワーアップと、ヤマハの強みであるドライバビリティとハンドリングを両立し、決勝での戦いやすさ/強さを提供することが開発の狙いでした。
’19シーズン終了直後のテストでは、ライダーからは「今までよりパワーアップが感じられるよ」というコメントをもらえ、それがハンドリングに影響していないかも確認していきました。
曲がる/止まるに関しては、その時点では「もうちょっと煮詰めが必要だね」という評価でしたので、そのあたりを’20年になってからのマレーシア/カタールのテストで開発を進めました。
ミシュランがリヤタイヤを変更してきましたので、そこは注意を払いました。しかし思っていたほどキャラクターに変化はなかったので、ゼロからやり直しということはなかったですね。
’20シーズンが開幕し、我々としてはエンジンパワーの改善をしたものの、当然ながら他社も同様に改善してきて、相対的に戦う環境を変えるには至らなかったのは力不足でした。ただ、サーキットによっては確実に差が縮まっているという実感があり、方向性は間違っていなかったとも思っています。
エンジンも車体も新しいファクトリーマシンをビニャーレス/ロッシ/クアルタラロ選手の3人に託しましたが、強みを維持しながらパフォーマンスの枠を大きく広げるのは非常に難しいこと、熟成されたマシンに比べると操縦性と乗り味の完成度の煮詰めが至らない面がありました。
ヤマハは常に、ライダーの期待通りに反応するマシンづくりを目指しています。ライダーがマシンを信頼できれば、限界まで攻められる。それが結果的に速さにつながるという考え方です。
’20年型に関しては、パワーを上げながらも今までの強みを維持することを目標にしていましたが、これがなかなか難しい。何かが突出すると、相対的に何かが凹む面があり、そこが整えて切れていなかったのかな、と。
つまりマシンに対して、ライダー側の適応をいくらか要求する状況だったことが、不安定な成績の要因のひとつだったと認識しています。新しいハードウエアには、プラス面もありマイナス面もあった、と。
実際、ベテランのロッシ選手いわく「’20年型はいいところと悪いところがはっきりある」と。彼はそれを特性として理解し、いかに速く走らせるか、という風に考えたようですが、若いライダーはマシンの変化に対して自分自身が変わってしまうところがあり、難しさを招いてしまったのだと思っています。マシンの変化の内容自体がライダーひとりひとりの好みに合わせ切れなかった、ということですね。
特にビニャーレス選手はタイヤや路面状況の変化に敏感で、人一倍苦労させてしまいました。ハードウエアとライディングのマッチングに関しては、来季に向けての大きな課題として取り組んでいるところです。
チャンピオンを獲り逃したとはいえ、マシンとしては最多勝ですし、予選も半分以上獲っている。開発の方向性が間違っているとは思っていません。イチからやり直しというイメージではない。今は冷静にチャンピオンを獲れなかった理由を見つめ直し、反省すべきところは改善を行い、’21年にきっちりと獲りに行くつもりです。
新型コロナウイルスとの闘い
言い訳にするつもりはまったくありませんが、ひとことで言えば本当にストレスの大きいシーズンでした。
7月にシーズンが始まることが決まった時点では、「本当に行くのか」という不安もありました。でも、特にヨーロッパが悲惨な状況の中、少しでもポジティブなエネルギーを世界に発信できるはずだ、そのために行くんだ、と興奮と不安がないまぜでしたね。
ただ、出発直前までフライトがどうなるか、ルールがどうなるかが手探りだったり、日々変化があったりで、まったく不透明でした。日本メーカー共通の課題だったので、共に戦う者同士としてホンダ/スズキと情報交換し、協力し合ってなんとか参戦にこぎつけました。
渡欧後も、サージカルマスクよりもさらに保護力の強いマスクを着用したり、日々の消毒など大変でした。それもいきなり酷暑のスペインでのレース。気温38℃でのマスクなど苦労もありましたが、少しずつ我々も対処できるようになっていきました。
ヨーロッパでも日本の各メーカーと情報を共有しました。お互いにライバルではありますが、同じ境遇ですから、言葉に出さずとも共に戦っているという感触がありましたね。
9月ぐらいから状況は悪化し、パドック内でも感染も散発するようになってきました。行動のルールが厳しくなり、ホテルとサーキットの往復だけに。レースでの緊張に加え、ホテルでの食事にすら緊張が伴い、休まる時間がなかったのが非常につらかったですね。
第10戦フランスGP直前にはチーム内に陽性反応者が出てしまい、かなり衝撃を受けました。幸い本人は無症状で他への感染もありませんでしたが、隔離期間を経るという未経験の環境で何とかレースを続けました。その後さらに状況は深刻になり、ロッシ選手に陽性反応が出てレースを欠場する事態となってしまいました。
ヤマハとしてはスタッフの健康最優先で最大限の対策を行ってきましたが、それでも感染を免れなかったのは非常に残念でした。
行動が厳しく制約されるストレスと闘いながら、スタッフはみんなできる限りのベストを尽くしてくれました。残念ながら陽性反応者も出てしまったものの、大事に至らなかったことには安堵しています。
来季も引き続きスタッフの安全と健康を第一に考え、働き方を含めて最大限のケアをしながらレースに集中できる環境を整えていきます。
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