
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第169回は現役時代のバトルへの想いや現代MotoGPの接触問題、文化の違いがもたらすチーム関係の重要性、そして小椋藍選手の活躍に見る日本レース界の未来を語ります。
Text: Go TAKAHASHI Photo: Michelin
実は独走状態が嫌いだった?原田哲也が明かす意外なレース展開
現役時代、僕は「クールデビル」と呼ばれ、「冷静沈着な男」と見られていたようですが、本人としては「こんなに熱いのに、なぜ!?」と思っていました(笑)。確かに冷静さを保つようにはしていましたが、それはむしろ内面が熱いから。闘争心はめちゃくちゃありました。
意外に思われるかもしれませんが、僕はバトルが大好きでした。ギリギリの走りをしながらの競り合いは、楽しい。自分やライバル、そして路面のコンディションを見極め、「どうやったら前に出られるかな」と考えるのも、楽しい。そして、作戦が見事にハマッて前に出られた時の優越感は、たまらないものがあります。
逆に、先行逃げ切りになってしまった時は、「早く終わらないかな……」なんてことを考えていました。それはそうですよ。残り10周で後続に10秒、15秒も差をつけていたら、「今レースが終わっても、あと10周走っても、結果は同じなのにな……」と思ってしまいます。もちろん最後の最後まで何があるか分からないのがレースですが、走っている側の正直な気持ちは、そんな感じ。
それなら、最終ラップの最後の最後までバトルが続いて、「あーっ、裏ストレートでも抜けなかったか!」「あのコーナーならどうだ!?」「走り方変えてみるか!?」なんてやっていた方が、はるかに楽しい。そして最後の1発勝負に懸けて届かなかったとしても、「今日はオレの日じゃなかったな」と、清々しく諦められます。
バトルという点で、とにかくクリーンだったのは大ちゃん(故・加藤大治郎さん)でした。同じタイミングでレースをしていた頃は大ちゃんの方が先を走ることが多く、そんなにバトルにならなかったのが残念ですが(笑)、とにかくクリーン。全面的に信頼してインに飛び込めたし、ぶつかることもぶつけられることもありませんでした。
現代のMotoGPで見られる、高密度で激しいバトルシーン。原田さんはギリギリの競り合いを愛する一方、近年の接触が当たり前のような風潮には警鐘を鳴らす。トップライダーだからこそ接触は避けるべきと。
なぜ海外勢は押し出すのか?文化の違いとクリーンな走りの真価
今のMotoGPは、接触が当たり前のようになっていますよね。マシンが重いし、空力パーツによって意図しない動きになることもありますが、僕としては、あまり美しいとは思えません。やっぱりプロ中のプロ、トップの中のトップですから、ギリギリのところで接触は避けてほしいものです。
相手にぶつかる前提での突っ込みも見られますが、僕からしたら論外です。多少のラフファイトはレースの醍醐味……と思われるかもしれませんが、ちょっとしたことで大事故につながるのがバイクレース。接触はしないに越したことはありません。
大ちゃんも小椋藍選手(SuperFile Trackhouse MotoGP Team)も、そしてたぶん現役時代の僕も、バトルはクリーンだと思いますが、個人のキャラクターに加えて、日本人のお国柄もあるかもしれません。欧米のライダーは、基本的に「押し出しもやむを得ず」というワイルドさ。これはもう、そういう文化だとしか言いようがない部分があるんです。
ヨーロッパには長く住んでいますが、いまだに馴染まないのは順番を守らないこと(笑)。何としても人の前に入ろうとするのは、遺伝子に組み込まれているのではないかと思うほどで、まさに文化です。飛行機に乗るにも、たいていは我先に搭乗口に殺到して大混乱。それが当たり前の光景です。
そういう「押し出し文化」が、レースでもある程度の強さは発揮するでしょう。でも僕は、長い目で見た時には決して得策とは思えません。というのは、自分本位が過ぎるライダーは、ライダーとしての評価は別にして、チームスタッフに愛されないからです。
もしかすると、日本人ライダーは押し出しが弱く、それゆえに、競り合いには弱い部分があるのかもしれません。しかし、チームではみんなが助けてくれます。チームスタッフを味方に付けることができれば、より走りやすい環境が整う。長い目で見れば、そっちの方が得ではないかと僕は思います。
そして日本人ライダーは、伝統的にチームに愛されやすいイメージがあるんです。基本的に真面目だし、礼儀正しいし、引くべきところは引き、ポイポイとそこら辺にゴミを捨てることもありません(笑)。
小椋藍選手(右)らのように、クリーンな走行で信頼を築く日本人ライダー。原田さんは、チームスタッフに愛される誠実さやお国柄の美徳こそが、長期的には走りやすい環境と真の強さを生むと。
チームに愛される理由とは?文化の違いと洗面台拭き取り事件
急に思い出しましたが、僕がアプリリアのファクトリーチーム入りした時、トイレの洗面台がビシャビシャになっていたのが気になって、つい拭き上げたんですよね。そうしたら「おい、新しくきたライダーは自分からトイレ掃除をしてたぞ!」と話題になったらしいんです。
僕としては、本当に無意識に、何の気なしにちょっと拭いただけでしたが、ヨーロッパの人たちには衝撃的だったようです。そういえばモナコの学校に通った娘たちは、学校で掃除をしたことがありません。掃除は清掃員の人がやってくれるんです。一方の日本の学校は、みんなそろって雑巾掛けですからね。それこそ、文化が違います。
これは個人的な意見ですが、いろいろな意味で日本の道徳の授業がかなり効いているように思います。自分が子どもの頃は「つまんないな〜」なんて思っていましたが(笑)、いざ大人になっていろいろな国の文化に触れると、かなり大事なことだったんだな、と。
どんな物事にも良し悪しはありますから、一概に「いい」とばかりは言えません。道徳教育によってスポイルされる部分もあるでしょうし、飛び抜けた人を生み出しにくい面もあるかもしれません。ただ、僕は自分が日本人であることを差し引いても、日本の文化は素敵だな、と思います。
真剣な表情でピットに立つ小椋藍選手。礼儀正しく真面目な姿勢はチームスタッフの信頼を集め、強い味方とする。優れた文化と理論的な走りを備えた新たなレーサーの誕生に期待したいとのこと。
少子化でも未来はあるか?小椋藍の活躍から見える新たな希望
スポーツの指導のあり方も、だいぶ変わりました。こちらも良し悪しの両面があると思いますが、根性論や押しつけではなく、理論的なトレーニングを重ねて自主性をもって活躍する今のスポーツ選手の姿を見ると、「本物だなぁ」と感じます。
日本のバイクレースの将来を考えると、正直、なかなか厳しい状況です。バイク人口、レース人口の減少はもちろんですが、それ以上に子どもの数自体が減っているのですから、先行きは明るいとは言いにくいものがあります。
でも僕は、小椋藍選手の活躍を目の当たりにしながら、日本本来の素晴らしい文化をベースに、本物のレーシングライダーが育つ土壌ができつつあるように感じています。厳しいことは理解しながらも、すごく楽しみでもあります。
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