
コーナリングは、バイクに乗る楽しみがふんだんに詰まった醍醐味のひとつであると同時に、操作法に正解のない永遠の命題とも言える。ヒザ出し、腰ずらし、ヒザ擦り、足出し、ヒジ擦り……各時代のトレンドはあれど、ライダー&マシンの進化スピードは目覚ましく、あっという間に次のトレンドへ刷新されてきた。そこでGPシーンの50年を振り返り、曲がり方の変遷を分析してみた。サーキット走行に限らず、街乗り派のキミにも何かヒントになるものがあるはずだ!
●文:伊藤康司 ●協力:青木宣篤
開けやすさや姿勢コントロールで安定したコーナリングを追及
80年代のGPシーンはラジアルタイヤの登場やアルミフレームなど様々な方向性でマシンが変革。またライディングフォームもハングオフが一般化したとはいえ、ヒザを開く・開かないなどライダーの個性が明確だった。
対する90年代は「バランス重視の熟成の時代」。前半を3連覇したウェイン・レイニーと後半を5連覇したミック・ドゥーハンという二大ライダーがいながら、どちらかというとブレーキング勝負などアグレッシブなイメージの強いケビン・シュワンツの人気が高かったのも、その辺りが影響しているのかも。
しかし派手さが無いように見えたウェイン・レイニーだが、コーナーの立ち上がりではトラクションを活かして力強く立ち上がる走りが勝利に結びついたのは間違いなく、これに貢献したのが90年代前半にトレンドとなったエンジンの“同爆”。80年代までの2スト4気筒は基本的に等間隔爆発だが、2気筒を同時に爆発させたり、同時に近い近接爆発によってトラクション性能を高めたのだ。
トラクションで“開けて曲がる”
そして90年代後半にタイトルを独占したミック・ドゥーハンは、右コーナーは頭も身体もイン側に入れたハングオフだが、左コーナーは着座位置こそイン側にズラすが頭や上半身はリーンアウトと、別人のようにフォームが異なるのが特徴。本人的には意識して変えているのではなく“速く走るために最適なフォームを取っただけ”というのが興味深い。
またドゥーハンは92年に右足を骨折した影響でブレーキペダルの操作が困難になり、以降はハンドル左側にリヤブレーキ用のレバーを装備した“サムブレーキ”を使用。当時は彼専用の装備だったが、他のライダーが試したら“足より繊細に操作できて姿勢制御がしやすい”と評判になり徐々に浸透。とくに4ストロークのMotoGPに移行してからは“左手リヤブレーキ”は標準仕様になった。
大けがを乗り越え、94~98年まで連続でチャンピオンに輝いたミック・ドゥーハンは、左右コーナーでフォームが大きく異なる。
[青木宣篤’s Voice]タイヤの進化で走り激変!
2000年代は「タイヤを滑らせて走る」のが普通になったけれど“その前”は大変でしたよ。ちょうど僕がブリヂストンでタイヤの開発に携わった頃だけど、当時はとにかくグリップ性能を追求していた。タイムを出すにはグリップが必要なのは当然だからね。
じつはグリップには専門的な用語でいうと「一次限界」と「二次限界」があって、アクセルを開けていってチョロチロっとタイヤが滑り出すのが一次限界。そして完全に滑って転倒するところが二次限界。当時は一次限界を高めて、滑らずバチっとアクセルを開けられるのが最高だと思っていたんだけど、それを突き詰めていったら、一次限界と二次限界がほぼイコールになって「滑ったら即転倒」。これじゃ怖くてライダーは攻め切れません。
そこで敢えて一次限界を下げて、滑り始めてからのコントロール性を高めたんです。するとラップも良くなりレースタイムも安定するようになった。
90年代はウェイン・レイニーとケビン・シュワンツのバトルで、リヤを流しながらコーナーを立ち上がる名シーンがあったけれど、あれも天才的な技ではなくて、タイヤ進化の方向性から、理論的に滑るのをコントロールできるようになったからなんですよ!
レイトブレーキでインを刺す!
豪快なフォームが人気のケビン・シュワンツ(93年チャンピオン)。ブレーキングを遅らせてインを刺す“ 突っ込み勝負”も有名。
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