
今でこそ通勤・通学の足として、あるいは便利なシティコミューターとして親しまれているスクーターですが、その概念を180度転換し、ストリートの主役に躍り出た伝説の1台が存在します。1983年に登場し、1984年にさらなる熟成を遂げたヤマハの初代「JOG(ジョグ:27V型)」です。今回は、歴史的名車として語り継がれるこのマシンの誕生背景、ストリートを揺るがした当時のエピソード、そして今見ても興味深いそのメカニズムと性能を、当時の熱気とともに紐解いてみましょう。
●文:石橋 寛(ヤングマシン編集部) ●写真:RM Sotherbys
HY戦争の終結と「若者のためのスプリンター」という未開の地
1980年代初頭の日本のバイク界は、ホンダとヤマハによる激烈なシェア争い、いわゆる「HY戦争」の渦中でした。それが落ち着きを見せ始めた1983~1984年、原付スクーター市場はひとつの転換期を迎えました。当時のスクーターといえば、ステップスルーで乗りやすく、おっとりと走る主婦向けの乗り物というキャラクターが一般的だったのです。が、ヤマハの開発陣はまったく異なる未来を描いていました。
1983年にデビューしたペリカンノーズの愛称で親しまれたヤマハJOG。その姿は今でもなかなかキュートです。
「スニーカー感覚で気軽に繰り出せて、しかもロードスポーツのようにキビキビと走れる、若者のためのスクーターが作れないか」。そんな想いから掲げられた開発コンセプトが『スタイリッシュ・スプリンター』。ジョギングのように軽快に、という願いを込めて名付けられたJOGは、まさに時代の閉塞感を打ち破るために産み落とされた異端児だったのです。
当時のカタログには「スタイリッシュ・スプリンター」と、JOGにぴったりなキャッチフレーズが載せられています。
1年半で30万台!「油断するとウィリーする」じゃじゃ馬に若者が熱狂
1983年のデビューから1984年のマイナーチェンジを経て、JOGが巻き起こしたムーブメントはまさに爆発的。スタイリッシュなルックスと圧倒的な速さ、そして9万9000円という若者でもアルバイトをすれば手の届く価格設定が、彼らのハートを完璧に射止めたのです。結果として、発売からわずか1年半で30万台を売り上げるという、現代では到底考えられない驚異的なヒットを記録したのでした。
当時はサンプルのホワイトに加え、このレッドをはじめ、ブラック/イエロー/ブルーの5色がラインナップしていました。
当時のストリートにおけるJOGの評判は、とにかく「原チャリのくせにめちゃくちゃ速い!」という一言に尽きました。車体が軽く、ホイールベースが短かったため、信号待ちからのスタートでラフにアクセルを開けようものなら、簡単にフロントタイヤが路面を離れて空を向くという、かなりのじゃじゃ馬キャラで知られていたのです。
驚異の49kgボディに2ストロークの爆発力を凝縮
とにかく、圧巻なのは乾燥重量わずか「49kg」という驚異的な軽さ。高張力鋼管を採用したコンパクトなフレームに、最高出力4.5馬力/7000rpmの空冷2ストローク単気筒エンジンを搭載したわけで、パワーウェイトレシオの凄まじさは容易に想像がつくことでしょう。
さらに、電装系や利便性にも先進的な機能が光っていました。2輪スクーターとしては初となる「オートチョーク」と「CDI点火」の組み合わせは、冬場でもセルボタン一発で目を覚ます抜群の信頼性を実現したほか、12V電装の採用や便利なシートロック機構など、クラスを超えた豪華な装備が自慢でした。
そして、忘れてはならないのがそのデザイン。フロントカウルとフロントフェンダーを完全に一体化させた斬新なフォルムは、そのクチバシのように尖った先進的なスタイリングから、のちにファンたちの間で「ペリカンジョグ」という愛称で親しまれ、JOGのアイデンティティとなったのでした。
そんな懐かしいマシンが、イギリスのオークションに出品されると、現地では大きな話題になったとか。しかも、走行距離3.1kmというまっさらな新車(出品者は疑義ありとしていますが)となれば、862.50ポンド(約19万円)ですぐさま売れてしまったことにも納得です。現地は日本製バイクの人気が高いことに加え、走行可能というのが大きなアドバンテージとなったに違いありません。
イギリスは日本製バイクの人気が非常に高いことでも有名。このJOGも瞬殺で売れてしまったのだとか。
ともあれ、単なる便利な足から、乗って楽しい「スポーツ」へとスクーターを進化させた初代JOG。ストリートを2ストロークの白煙と突き抜ける排気音で満たしたこの小さな韋駄天は、イギリスの地へ渡った後もバイク史に輝くエポックメーカーとして、私たちの胸をほっこりさせてくれるようです。
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